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第47話
「うまい!!」
柔らかくって溶けるような肉に思わず叫んでしまってた。
とたんに前に座っていた智紀さんが吹き出す。
「そう?」
「うん! だって俺んちケチだからこんな上等の肉食べれないもん!」
「上等……って、そうなんだ」
笑いながら智紀さんは鉄網の上の肉をひっくり返していってる。
網の上には特上ロースだとかカルビだとかホルモンとかが乗って、うまそうな匂いをもくもくと漂わせてた。
「いっぱい食べてね」
「はーい!!」
文化祭があった週の土曜日、俺と智紀さんは焼き肉屋にいた。
文化祭の日、ご飯でも行こうって誘われてたけど、実際こんなに早く智紀さんと再会するとは思ってなかった。
『晄人にお金返しておいたよ』
っていう連絡メールはその日のうちに来てて、そしてその流れで今日会うのが決まったんだ。
智紀さんは会社経営してるし、今日も仕事だったみたいでスーツ姿のまま。
『今日は肉の気分』
そう言った智紀さんが連れてきてくれたのは入ったことないような高級な焼き肉屋さんで、もうまじでウマい!!
ほっぺが落ちるってこういうこというんだなってしみじみなるくらいウマいー!
「ほんと美味しそうに食べるね」
智紀さんも食べてはいるけどいまはビールを飲んでた。
店に入って30分ほどだけど、もう3杯目に突入してる。
「智紀さんって酒強そうだよね」
「うーん、まあまあかな? 捺くんも確かイケる口だっけ?」
「うん、従兄がバーしてるから、それなりに」
でもいま俺の手元にあるのはジンジャーエール。
さすがに店員さんの目もあるし、智紀さんの立場もあるかなぁと思ってソフトドリンクにしてた。
「じゃ、今度はお酒でも」
「でも俺、未成年だからなぁ……」
一緒に飲みに行ったら迷惑じゃないかなって視線を向けたけど、あっさり智紀さんは平気って感じで微笑んだ。
「俺のマンションで秘密で飲めばいいよ。晄人にも秘密ね」
軽くウィンクしてくる智紀さんに俺は嬉しくって笑いながら頷いた。
それから肉を食いまくりながらいろんな話を智紀さんとした。
俺と智紀さんは結構似てると思う。
智紀さんと違って俺は頭もよくないけど、なんか考え方とか女の子の好みとか、話してるとすっごく共通点が多くってめちゃくちゃ盛りあがった。
「今は好きな子はいないの?」
肉をたらふく食って、店員さんに可愛い子がいたから、可愛さについて話してたらいきなり智紀さんが訊いてきた。
ビビンバの焦げ目のところをスプーンでこすり取ってた俺は、ぽかんとして智紀さんを見た。
少し酔いが回ってるのか智紀さんの頬がほんのり赤い。
「え?」
「好きな子、いまはいないの?」
返事がとっさにできないでいたら、もう一度訊き返された。
「好きな……子」
好き――?
ふ、と浮かんだのは優斗さんの顔。
無意識にぎゅっとスプーンを握りしめて、首を横に振ってた。
「いまは、いないかな……」
優斗さんは違う。
優斗さんは女が好きなんだし、もしかしたらまだ実優ちゃんのこと好きなのかもしれないし。
俺は、俺と優斗さんは、そういうんじゃないから。
――男同士だし。
セックスしてるのに……意味なんてねぇし。
「ふうん」
「と、智紀さんは? いまは誰もいないの?」
なんでか焦って、声が上擦っちまう。
焦る必要なんてないのに。
あほじゃねーの、俺!
自分に胸の内でそう言いながらビビンバを口いっぱいに頬張ったら熱くてむせてしまった。
ゲホゴホしながらジュース飲んで落ち着く。
視線を感じて顔を上げたら智紀さんが楽しそうに笑ってる。
いまのあほな行動を見られてたのかなって思うと恥ずかしくってごまかし笑いを浮かべた。
「気にいってる子は、いるよ」
「へ?」
「たぶん好きになると思う」
自分から話振ってたのに、忘れてた。
「……あ、ああ、どんな人なんですか? やっぱり智紀さんくらいになるとすっげぇ美人?」
「いや。可愛いタイプ」
「へぇ」
「全部食べちゃいたくなるくらい可愛い」
にこにこした智紀さんと目が合った。
食べるっていうとなんかエロい想像しちゃいそうになるけど、智紀さんが爽やかなせいか全然変に感じない。
「智紀さんなら相手の子も喜んで食べられちゃうんじゃねーの?」
ビビンバを食いながら笑った。
かっこいいし、気さくで話しやすいし楽しいし、絶対女の子とかすぐ落とせそうだもん。
「そうならいいんだけどね」
焼酎のお湯割りを飲んでいた智紀さんも首を傾げて笑う。
「絶対だいじょーぶだよー! 俺、女だったら付き合いたいって思うもん!」
「女だったら?」
「うん」
もぐもぐ口を動かしながら頷くと、智紀さんは笑顔のまま焼酎を飲みほして俺のほうに手を伸ばしてきた。
「捺くん」
その手が俺の口元に触れる。
ほんの少し指が唇を滑って、反射的にビクッとしてしまった。
「ご飯ついてる」
「えっ、あ、ごめ――…」
口端についてたらしいご飯粒を取ってくれた智紀さんが、それをそのまま口に入れた。
――俺の口に。
喋りかけてた最中だったから開いてた口に智紀さんの指が入ってきて、噛みそうになって慌てて歯を立てないように口を閉じた。
「はい、食べて」
え、って思うより先に舌が動いて智紀さんの指からご飯粒を取ってた。
智紀さんは俺の口から指を抜き取って、俺の唾液で濡れた指先をぺろりと舐める。
それは自然な動作で、智紀さんの雰囲気は変わらず爽やかなのに――。
なんか、なんか――……。
「捺くん?」
「へっ」
「食べないの?」
「あ……うん」
どうしたの、と笑いかけられて慌ててビビンバを口に大量に詰め込んだ。
でも舌の上にさっきのご飯粒の感触がまだ残ってて。
それになんでか妙にドキドキしてて、さっきまで美味しかったはずのビビンバの味が急にわからなくなっていた。
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