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第46話
いま、デートって言ったよな!?
顔が引きつってしまう。
智紀さんは変わらずに爽やかな笑顔を浮かべてるから、訊き返した。
「で、デートって?」
「捺くん、デートしたことないの?」
「……あるけど」
「じゃあ、今度デートしようね」
「……あの、俺……男なんですけど」
いま女装してるから、まさか"女"って勘違いしはじめたとかないよな!?
だけど智紀さんはあっさり頷く。
「知ってるよ」
「……」
俺と智紀さんは突っ立って、たぶん傍から見たら見つめ合ってるように見えると思う。
なんて反応を返せばいいのかわからなくって戸惑ってたら、いきなり智紀さんが噴き出した。
「そんな困った顔しないでよ、捺くん」
心底可笑しそうに笑いだす智紀さん。
「え? え、だって」
男が男にデートなんて言われたら困るに決まってるし!
どうやらからかわれたみたいで、ムッとして黙りこんだ。
「ごめんごめん。デートっていうのは言葉のあやだよ。ま、今度メシでも食いに行こうってこと。歳は離れてるけど捺くんと喋るの楽しかったし、それに晄人にちゃんと金返したっていう報告もしたいしね」
ようやく大笑い終えた智紀さんが「それだったらいい?」って首を傾げて微笑む。
「………うん」
智紀さんが言ってくれたように、俺もすっげぇ楽しかったし、また会って喋りたいなっていうのは思った。
松原とも優斗さんとも違う、本当に友達感覚でいられるから自然と頷いてた。
「よかった」
嬉しそうに智紀さんは目を細めて、ケータイを取り出す。
「とりあえず番号交換しよう」
「はい」
そして赤外線で通信して、俺のケータイに智紀さんの番号が登録された。
「メールするよ」
登録を確認してから携帯をポケットにしまった智紀さんがそう言って顔を上げて、ほんの少し不思議そうな顔をした。
その目線が俺じゃなく、俺の後を見てるような気がする。
どうしたんだろう?
「……捺くんさ、もしかして」
智紀さんは俺を見ずに呟いて途中で口を閉じる。
もしかして、なんだろうって思いながら、なんとなく智紀さんが見ているほうが気になって後を振り返ろうとした。
「捺くん」
「へ?」
だけどそれより先に智紀さんが俺の腕を掴んできたから、智紀さんを見上げた。
「捺くんって、いま恋人いる?」
「……え……、……いないけど」
一瞬、優斗さんの顔がよぎった。
でも――優斗さんと俺はそんな関係じゃない。ヤってるけど、優斗さんは……きっと……。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、平気だね」
重く沈みかけた気持ち。
それを吹き飛ばすような智紀さんの明るい声がして、首を傾げた。
智紀さんは目を細めて、ゆっくり口角を上げて。
なんだろう?
なんかその笑い方に、違和感を覚えたけど、すぐに智紀さんは屈託のない笑顔に変えて俺を見つめた。
「今度デートしようね?」
ウインクまでつけてまたそんなことを言ってくる智紀さんに、今度は俺も笑いながら頷いた。
「美味しいもの食べさせてね」
できるだけ女の子っぽく見えるように声まで作ってみる。
智紀さんは「もちろん」ってにこにこしながら俺に顔を近づけて。
「………っ!?」
頬っぺたにキスされた。
驚いて固まる俺。
離れていった智紀さんは平然としていて、なにがなにかわからない。
まわりに見られてたみたいでキャーキャーいう声が聞こえてくるし、恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じた。
「と、智紀さん!?」
「うん? 約束の頬チューね」
「だから俺男だってば!」
「気にしない気にしない」
気にしないって、気にするだろう!
智紀さんってちょっと変わってんのかな?
そう思うけどそれでも憎めないっていうか、可笑しくってつい顔が緩んでしまう。
「本当にメールするからね」
「楽しみしてます」
そして、じゃーね、って智紀さんは軽く手を振って去っていった。
それを見送って、なんとなくまわりを見渡した。
文化祭の賑わいが溢れてて楽しそうだけど、急に寂しくなった。
なんでだろう。
もう少し――……智紀さんが一緒にいてくれたら紛れたのに。
そんな自分勝手なことを考えてたらポケットに入れていたスマホが振動した。
見てみると羽純ちゃんからのメールだった。
『優斗さん、急用が出来たらしくて帰ったよ』
メールの内容に、勝手にため息が出た。
優斗さんが帰ったんなら俺も教室に戻らなきゃいけない。
でもますます戻る気力がなくなって、またベンチに座り込んだ。
そしてスマホをもう一度見る。ここ数時間で入ってきたメールは羽純ちゃんからだけで、他はない。
――来るって教えてくれなくって……。来てたのに、なんの連絡もない。
「……」
俺って、バカじゃねーのかな。
わけもわからずに胸のあたりがモヤモヤして息苦しい。
結局そのあともずっとサボって、あとで七香たちにめちゃくちゃ怒られて文化祭は終わっていった。
***
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