「はい、あーん」 「………」 　智紀さんと一緒に文化祭をまわり始めて30分。 食べたがっていた焼きそばと、あとクレープを買って中庭のベンチに俺たちはいた。 そして、 「ほら、捺くん、あーん」 「………」 　焼きそばを食べさせようとしてくる智紀さん。 「食べないの？」 「……一人で食べられます……」 　27歳で松原と同級生だったらしい智紀さんは、ぶっちゃけ27には見えない。 　つーか、優斗さんと同い年って言うのも信じられない。 「俺の焼きそば食べれない？　せっかく捺くんに食べてもらおうと思って買ったのに」 　おおげさにため息をつく智紀さんに、苦笑いしてしまう。 一回り違うはずなんだけど、やたら親しみあるっていうか。 いやていうかこの人って。 「ほら、いま捺くんは女の子なんだから、素直にあーんして」 「………」 　しょうがなく智紀さんの押しの強さに口を開けた。 すぐににっこり笑った智紀さんが焼きそばを食べさせてくれる。 「おいしい？」 「……ん」 　もぐもぐと口を動かしながら頷くと、嬉しそうに笑うから俺もついつられて笑ってしまう。 「じゃ、はい、次捺くん俺にあーんしてね」 「はぁ？！」 「俺、あーんしてあげたよね」 「あげたって……。あの男同士であーんとか虚しくないっすか？」 　思わず本音を言ってしまう。 　だっていくら女の格好をしてたって智紀さんは俺のこと男って知ってる。 　傍目からは男女に見えても、お互い男って知ってて"あーん"しあうなんて……。 　あほらしくねーのかな。 　でも俺の戸惑いを気にするようすもなく、智紀さんは「ぜんぜん」と笑顔のまま首を振る。 「俺たちのこと美男美女カップルって周りは思ってるんだよ？　せっかくならそれに乗っからないと」 「……」 　美男美女って……、普通自分で自分のこと美男って言うか！？ 俺はまじまじと智紀さんの顔を見つめて――たまらず吹き出した。 　不思議そうに首を傾げる智紀さんに、悪いって思いながらも笑いが止まらない。 「そんな笑うところだった？」 「だって、智紀さんおもしれーんだもん！」 「心外だなー。俺、めっちゃくちゃ真面目なんだけどね」 「嘘だー！」 「ひどいなぁ。捺くん。俺ちょっと傷ついたよ」 「ごめんなさい。じゃーお詫びに」 　わざとらしく哀しそうにそっぽを向く智紀さんがおかしくて、笑いながら焼きそばを手に取った。 　箸で少し取って「はい」って智紀さんの口元に持っていく。 智紀さんはちらっと俺の顔を見る。 　その目がなんか期待してんのがわかって、やっぱり笑いながら 「あーん」 って言ってあげた。 　満足げに智紀さんは頷いて焼きそばを食べる。 　すんげえバカバカしいコントみたいなやりとり。 　まわりにいる生徒たちは俺たちのことを見ていて、「らぶらぶ！」なんて女の子の声まで聞こえてくる。 「ありがと、捺くん」 「いえいえ」 　男同士だけど、カップルごっこの遊びだと思えば確かにちょっと楽しい。 「カノジョ、かわいいなー」なんて言う男の声も聞こえて来たりして俺は笑いを抑えきれないまま智紀さんと焼きそばを食べさせあっていた。 　結構ボリュームあった焼きそばもあっという間になくなってしまう。 　そのあとは一緒に買っていたクレープを文化祭のパンフレット見ながら食べて、智紀さんの高校時代の文化祭の話を聞いたりした。 智紀さんもこの学校の出身で生徒会長を務めてたそうだ。 「智紀さんが生徒会長ならめちゃくちゃ学校楽しそう」 　わりとチョコが多めにかかってたクレープを食いながら智紀さんを見る。 　明るくって気さくな智紀さんならすっげえ人気あったんだろうなって想像できる。 「ありがとう。俺も捺くんと同級生だったらすごく楽しそうって思うよ。――あ」 　智紀さんは笑いながら言って、ふっと目を細めて手を伸ばしてきた。 　その手が俺の頬に触れて、指が口元をぬぐう。 　ぽかんとしてしまった俺に、 「生クリームついてたよ」 と指先についた生クリームを見せた。 「あ、ごめ……」 　言いかけた言葉は途中で途切れた。 　ぺろり、と生クリームを舐め取る智紀さんと目が合って思わず固まる。 　その表情が一瞬妙に色気あるように見えたから――。 「いま捺くんは女の子の格好してるんだから、もうちょっとおしとやかに食べないとね」 　悪戯っぽく片目をつぶる智紀さんにハッと我に返った。 な、なんで固まる必要があるんだよ！ 首を軽く横に振って、苦笑いしながら頷いた。 「じゃあ、そろそろ捺くんのクラスに行こうか。あんまり自由行動しすぎてたら晄人に怒られそうだしねー」 　ゴミを片付けて立ち上がる智紀さんに、また固まってしまう。 ていうか、あえて動かなかった。 「どうしたの、捺くん」 　不思議そうに見下ろす智紀さんにできるだけ引き攣らないように気をつけて笑顔を向ける。 　いまここで戻ったって――会ってしまうし。 「あの、俺もうちょっと休憩してるから、先行ってください」 　優斗さんと会いにくい、って思ってたのに……。 　いまは会いたくない、に変わってた。 　さっきのことを思い出すと全身が重くなったみたいに感じてしまう。 　俺のことを"女"と思って接してきた優斗さんを思い出すと、息苦しい。 　やっぱり、あたりまえだけど同じ男より、女のほうが……いいに決まってるんだ。 　優斗さんにいま会ったら、なんだか自分でもよくわからないままにとんでもないことを言いそうな気がした。 　だから、だから――。 「なんで？　戻りたくないの？」 　自然と顔を俯かせていた俺に、智紀さんが小さく笑って優しく訊いてきた。 「えと……別に。ただまだちょっと……」 　本当のことなんて言えるはずないから言い訳って思うけど、なんにも思いつかなくて濁すだけになってしまう。 「晄人？」 「え？」 「会いたくないのは」 「……別に」 　確かに松原と顔を会わせるのは正直気まずい。 　あの夜以来で会ったのが、あの痴漢の時で、あのときはあのときですっげぇダサい姿見られたし。 「ま、いいや。わかった」 　うじうじと考えている俺に、あっさりと智紀さんが「先戻るよ」って安心させるように笑ってくれた。 　それにホッとして――。 「あっ、そうだ！」 　念のために用意してポケットに入れていたものを思い出した。 白のフリルエプロンのポケットかた1万円札を取り出す。 「あの、智紀さん。これ松原に渡しててくれない？　この前……借りて。本当なら直接返さなきゃいけないんだけど」 　優斗さんが来てるんだったら渡せないかなって思ってたお金。 松原にまた会いに行くのはなんとなく気が引けて、できたらこの文化祭で返せたらって思ってた。 　差し出したお金を受け取った智紀さんは万札をじっと眺めて、そして「いいよ」って頷いて。 「渡しておいてあげるよ。そのかわり今度、俺と―――デートしてよ」 「……はぁ！？」 　満面の笑顔でとんでもないことを言いだした。