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第57話

 近くにあったコンビニで30分ほど時間をつぶした。  漫画読んで、それからちょっと腹も空いてきてたからパンとかいろいろ選ぶ。  智紀さんに差し入れするならなにかなーって思うけど思いつかない。  コーヒーはあったし……。  パン食うかな?  甘いものって好きだっけ?  あ、さきいか?  って、昼間っから食わねーか。  そんなことをぐだぐだ悩みながらバカでかいエクレアがあったからそれを買ってみた。  コンビニ袋下げてオフィスに戻る。  仕事進んでるかなぁ。  ぼんやり考えながら中に入ったらちょうど智紀さんがフロアに出てきてた。 「コンビニ?」  俺が下げてる袋を見て智紀さんが笑う。 「うん。ちょっと気分転換に。仕事は……」  エクレア渡そうかなって思ったけど智紀さんの手には書類があって、まだ終わってないっぽい。 「もうすぐ終わるよ。俺の部屋で待ってれば?」 「じゃあ、コーヒーついでくる」 「了解」  そう言って智紀さんはプライベートルームに戻っていった。  俺は休憩室に行って二人分のコーヒーを作る。  コーヒーとコンビニで買ったものを持って智紀さんのところへ行く。  大したものじゃないなんていってたいわゆる社長室は結構広かった。  デスクと応接セット。でも校長室みたいなドラマで見かけるようなゴテゴテしたかんじじゃなくってやっぱオシャレっぽいの。  智紀さんはパソコンうちながら電話をしていて、視線だけ俺に向けるとソファに座るように促した。  テーブルにコーヒー置いて、だんだんマジで腹が減ってきてたからパンを食って。  時計見たら3時を少しすぎていた。 「……」  勝手にため息が出る。 「どうしたの」  そして智紀さんの声がかかって、視線を向けると智紀さんはデスクに頬杖ついて俺を見てた。 「ため息ついて」 「べ、別に……」  なんでもない、って首を振る。  でもそれに智紀さんは見透かしたように小さく笑う。  きっと俺のため息の理由がなにかわかってるんだろう。 「もう、仕事終わったの?」  誤魔化すように訊き返す。 「終わったよ。ちょっと疲れたな」  言いながら大きく伸びをする智紀さんにコーヒーと買ってきたエクレアを持っていった。 「これ、差し入れ。甘いもの大丈夫だっけ?」 「ありがと。甘いものは大好きだよ」  デスクの上に置くと、智紀さんはコーヒーを飲んで、そしてエクレアを見てから俺を見た。 「捺くん、エクレア食べさせて」  相変わらず爽やかな笑顔。  なのに相変わらず変なことを言いだす智紀さん。 「えー」 「えーって、なに? 今朝だってあーんって食べさせてくれたのに?」 「……しょうがないなぁ」  智紀さんってほんとに変わってるよなぁってちょっと失礼なことを思ってみたりする。  だってさ、男の俺に食べさせてもらって嬉しいのかな?  仕方なくエクレアを袋から出してたら、 「ここ、座って食べさせて」 って智紀さんが言った。  ポンポンとたたいた場所は――智紀さんの膝の上。 「……はぁ!?」  さすがにそりゃないだろ!  でも智紀さんは笑顔を崩さずに首を傾げて俺を見つめる。 「だめ?」 「だめもなにも。ないない」 「なんで」 「なんでって」 「じゃー、俺がじゃんけんで勝ったら乗って」 「いや、意味わかんねーし」 「疲れると人恋しくなるんだよね」 「いやいや、ほんと意味わかんないって!」 「とりあえず、はいじゃんけーん。あ、ださなかったら負けだよ? じゃんけーん」  ポンって俺の話しを聞かずにいきなりじゃんけんしだす智紀さん。  出さなかったら負け、って言われたから焦ってパー出して。  そして智紀さんはチョキだった。 「……」 「……はい、ここおいで」  少しゆったりめに座りなおした智紀さんが膝の上をまた叩いて促してくる。 「……いや、それはちょっと」 「じゃんけん負けたのに?」 「……俺するって言ってないし!」 「じゃんけんした時点で同意だよ」  あっさり智紀さんは言ってのける。  ていうか口で言って智紀さんに勝てる気がしない。 「……でも。だって重いし」 「平気平気」 「いやでも意味不明だろ。男同士でとか……」 「平気平気」 「でも……」 「仕事で疲れて、癒しが欲しいんだよね。俺を慰めると思ってさ。お願い、捺くん」  俺で癒しになるのか?って疑問でしかない。  ていうか、絶対無理。  恥ずかしいし! 「じゃんけんで負けたのに……」  どうしても俺がしぶってると智紀さんは恨めしそうにため息つく。  あげくには泣き真似までして俺のことを見上げる。 「だって……」  男同士だろ!?  女の子に膝の上乗ってもらってあーんとかならわかる。  わかるけど! 「と……智紀さん」 「捺くんケチ」 「……だー! もう!」  いい大人なくせに!  なんでそんなに拗ねるんだよ、ってくらいに智紀さんはわざとらしくまたため息ついて顔を背ける。 「わ、わかったよ!」  もうヤケクソだって、しょうがなく俺は恐る恐る智紀さんの膝の上にのった。  ――あとで後悔することになるって知らずに。

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