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第56話
「ごめんね、捺くん」
申し訳なさそうに眉を寄せる智紀さんに俺は笑顔で首を振って、後に続いて足を踏み入れた。
そこは智紀さんが経営する会社のオフィス。
ビルの7階にあるそこは「小さい会社だけど」って言ってた割に広いし綺麗でびっくりした。
モダンつーかなんていうのか、なんかオシャレな感じ。
モノトーンでまとめてあって、ちょこちょこのぞかせてもらったけど応接室とか円形だし、小物とかも変わったデザインのだったりして物珍しさにきょろきょろしまくってた。
なんでいま智紀さんのオフィスに来たのかっていうと30分くらい前に智紀さんの携帯に仕事の電話がかかってきたからだ。
休日用だっていうワーゲンに乗ってあてなくドライブして喋りまくってたらかかってきた電話。
車を道路脇に止めて俺に断りを入れてから智紀さんは電話に出て。
『ご無沙汰してます。――紘一さん』
一瞬で仕事モードに切り替わった智紀さんは妙にカッコよかった。
よく知ってる相手なのか気さくに話してる。
だけど、言葉の使い方っていうか雰囲気がいつもと違ってて爽やかなだけじゃないんだなぁなんてことを思ったりした。
俺がわかんねー単語がポンポン出てて、会社名とかはいってたから仕事の話だろうっていうのはわかった。
そして電話を切った智紀さんが言ったのはやっぱり急な仕事が入ったってこと。
『一時間……二時間もあれば片付くんだけど。捺くんを待たせるわけにはいかないしね……、送るよ』
ため息混じりに呟いた智紀さんがすごく残念そうな顔をしてて、俺は気づいたら『待ってる』って言ってた。
『どうせ家帰っても暇なだけだし……。俺がいて迷惑じゃなかったら、だけど』
きっと一人になったらぐずぐず優斗さんのことを考えてばっかりいそうな気がしたし、智紀さんの会社ってどんなとこなんだろうって興味あったから。
『……そう?』
『うん!』
俺が勢いよく頷くと、ようやく智紀さんはいつものように笑顔を浮かべた。
そうして俺たちは智紀さんの会社に来たわけだ。
「ここは休憩室。飲み物はあるのを適当に飲んでて」
白で統一された明るい休憩室はソファと4人掛けの丸テーブルと仕事関係の難しそうな本や普通の週刊誌なんかも置いてあるラックとかあってわりと過ごしやすそうだった。
「俺はプライベートルームにいるから」
「プラ……?」
「まぁ、大げさだけど社長室みたいな? 小さいけどね」
苦笑する智紀さんに、こんな立派なオフィス持ってるなら十分って思いながら「わかった」って頷く。
「のんびりしてるから、お仕事頑張ってクダサイ」
「ありがと」
微笑んでから智紀さんは休憩室を出ていく。
その横顔はもう笑顔も消えて完全に仕事のことだけ考えてる感じで。
大人って大変なんだなぁ――なんてガキな俺は雑誌を手にしてソファに腰掛けた。
ぱらぱらめくって雑誌を読む。
「……」
経済雑誌で、即返却。
メンズファッション誌があったからそれを取って今度は目を通していった。
基本的に雑誌は流し読みするタイプだからあっという間に数冊読んでしまった。
まだ30分くらいしか経ってない。
案外暇だなあ、ってスマホを取り出していじりながら――時間が目について勝手にため息が出てた。
いまは午後2時をまわったところ。
智紀さんの仕事がどれくらいかかるかはわかんねーけど、3時は過ぎるんだろうなぁ。
そうすると1時間くらい一緒にいて、そんで家に帰るのが5時くらいで。
そして優斗さんが迎えに来るのが6時。
……あっという間すぎる。
ソファにごろんと横になって、またため息。
――別に会いたくないわけじゃないけど。
一か月あの文化祭以外まったく会ってなかったから、どんな顔して会えばいいのかわからない。
別に普通にしてればいいんだろうけど……。
優斗さんは何のために俺に会うんだろう、とか思ってしまう。
だってさ……優斗さんは女の子が好きなんだよな、きっと。
なんで俺なんかとあって、ヤるんだろう。
「……あーあ」
今日もスるのかなぁ……。
そんなことを思ったら、連動するように行為の最中のことをぽんぽん思い出して――身悶えた。
「やべぇ……」
もう一か月禁欲生活だから下手にエロいこと考えるとすぐに息子が反応してしまいそうになる。
つーか……思い出すだけで勃ちかけるとか、ほんと俺あほじゃねーのか。
頭をかきむしりながら身体を起こす。
やっぱり一人でいたらいろいろ考えてしまうから休憩室を出てみた。
智紀さんのいる部屋は刷りガラスになってる。
電話しているのか話し声が聞こえてきて、なんかすごく忙しそうな雰囲気。
邪魔しちゃ悪いから声はかけずに、ちょっとだけコンビニでも行ってこようかと俺はオフィスから出ていった。
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