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第55話

 キッチンからリビングをなんとなく見るとテーブルは綺麗に片づけられてた。  俺が起きた後すぐに起きたんだろうか。  なら、俺が長時間トイレにこもってたの……長いトイレだと思われてるよな。  な、なんかそれもまた恥ずかしいー! 「お皿だして。食器棚の二段目のホワイトのプレート」  言われるままに皿を出す。  フライパンには厚切りベーコンと卵二個でつくられた目玉焼きが焼かれてる。 「半熟でいい?」 「……うん」  智紀さんの態度はいたって普通で、昨日までとまったく変わらない。  だからちょっとづつ俺も落ち着いてきた。  不安はまだあるけど……。  それから焼き上がった目玉焼きは半分に切られて皿に一個づつ乗せられた。  厚切りベーコンと、あとはトマトときゅうり。  ちょうどトーストも焼き上がって、昨日と同じローテーブルのほうで食べることになった。 「いただきます」 「いただきます……」  手を合わせて朝食をとりはじめる。  座ってから時計を見て朝の10時ってことを知った。  智紀さんの作ってくれた目玉焼きはほんとうにちょうどいい半熟で綺麗に焼けてた。 「おいしい」 「目玉焼きなんて誰でも作れるよ」 「そうかな? うちのお袋とか裏面いつも焦げてるよ?」 「そうなんだ」  食べながら智紀さんは喉を鳴らして笑う。  本当に……昨日までと変わらない。  優斗さんのことやいろいろ喋っても、俺を変な目で見ない智紀さんにホッとして。  そして――なんであんな智紀さんに……フェラされる夢なんて見たんだろ。  欲求不満過ぎんのかなーなんて自分に呆れながらもお、穏やかな朝食に自然と笑顔になれた。  箸で目玉焼きの黄身の部分を突く。  じわっと溢れる固まってない部分。  本当は黄身と白身をぐちゃぐちゃに混ぜて食べるんだけど、いつもお袋から汚いっていわれてしまう。  さすがに人様の家でそんな食べ方できないよなぁ、って目玉焼きを見下ろしてた。 「捺くん?」 「へ?」 「目玉焼き見つめてどうしたの」 「え、あ!」  やばい、恥ずかしすぎる。 「なんでも……」  そう言いながら黄身をつついてしまってる俺のダメな手。  智紀さんは俺と目玉焼きを交互に見て吹き出す。 「好きに食べればいいよ」  見透かしたような言葉に顔が赤くなってしまう。  でも「遠慮はいらないだろ、べつに?」って言ってくれるから、ちょっと躊躇って家で食べるみたいに目玉焼きグチャグチャにした。 「なんかスクランブルエッグだね」 「スクランブルエッグは卵焼きじゃん」 「目玉焼きも卵焼きでしょ。焼いてるんだから」 「……そ、その、白身と黄身がちゃんとわかれてて、でもまざってるのが好きなんだ!」  俺って、ガキくさくないか?  小学生かよって自分にツッコミいれながらもぐちゃぐちゃにした目玉焼き口に放り込んだ。 「美味しい?」  からかうように智紀さんが目を細めて見てくる。  ちょっと口を尖らせて「うまいよ」って言い返した。  途端ににっこり笑った智紀さんが、 「俺にもちょうだい」 って、俺のほうへと身を乗り出す。 「……へ」 「はい、あーん」 「……ハ、ハイ」  前もしたことあるし、いつもみたく冗談のノリで食べさせてあげればいいだけなんだけど……。  なんでだろう。  変に緊張してしまった。  ぐちゃぐちゃの目玉焼きをとって、あーんって口を開けてる智紀さんに食べさせてあげる。  ぱくりと食べる智紀さんの目が一瞬伏せる。  瞬きしただけ。  それだけ、なんだけど……。 「――どうかした?」  俺はじーっと智紀さんを見つめてしまってて、不思議そうに智紀さんが訊いてきた。  慌ててトーストをかじりながら首を振る。  なんでもない、なんでもない、って心の中で呟きながら。  あ、あれだ!  あんな変な夢見たからだ!  智紀さんが俺のをフェ――……。  って、朝っぱらからなに考えてんだよー! 俺はー!!!  つーか、なんであんな夢見るんだよっ!  どんだけ溜まってんだよ!!  それになんで智紀さんなんだろ。  優斗さんならともか……く。 「……」  ハッとしてちらっと時計を見る。  さっき見たとき10時10分だった時計は、まだそれから10分ほどしか経っていない。  優斗さんと待ち合わせは夕方過ぎ。たぶん6時くらいになるって言ってた。  あと8時間か――。  正直、なんか気分が乗らない。  俺ほんとどんだけヘタレなんだろう。  自分のネガティブさにイラついてると、突然吹き出す声が聞こえた。  顔を上げると拳を口元にあてて智紀さんが笑ってる。 「え……?」  目が合うけど智紀さんはしばらく笑い続けてた。 「ごめんごめん、でも捺くんが面白くってさ」 「……俺?」 「だって真っ赤になったかと思うといきなり青くなって。百面相っていうか感情豊かというか。見てて飽きない」 「……」  それって褒められてるのか……、いやけなされてる? 「褒めてるんだよ。素直だって」  まるで俺の心を見透かすようにウィンクされた。 「どうせ単純だし」  ちょっと拗ねる。  どうやっても俺はガキで、大人な智紀さんや優斗さんたちみたいにはなれそうにない。 「いいんじゃない、素直なほうが」 「そーかなぁ」 「素直が一番だよ。無駄に策を弄したとろこでどうなるかもわかんないしね」 「さ、さく?」  呟かれた言葉はいまいち理解できなくって訊いたのに、智紀さんはコーヒーカップを口に運びながら訊き返してきた。 「それで、どうかした。――優斗さんのこと?」  あっさりと言われ、俺は魚のようにぱくぱくと口を動かすことしかできなかった。 「違うの?」 「……ち、違わない」  やっぱり相談したよな……。 「今日会うの何時だっけ。緊張してる?」 「……6時くらい。緊張は……」  って、俺、今日会うことも喋ってんのかよー!  なら昨日俺が智紀さんに会いたいって言いだした理由も伝えてしまってるってことだ。  ああ……もう、ほんともうどっかに埋まりたい。  俯いてもぐもぐとトーストを食う。  顔を上げられないでいるとぽんっと頭を叩かれた。 「そんなに気を張らなくてもいいんじゃない?」  なんでもないことのように智紀さんは笑うけど、俺はいまいち笑えなかった。  なんで会うのを迷うのか――不安なのか自分でもよくわかんねーのに。 「捺くん。ほら笑顔!」  智紀さんの手がぐにゃーって俺の頬を引っ張る。 「ひ、ひたい」 「ごめんごめん」  ようやく智紀さんは手を離してくれたけど、頬は結構ひりひり痛い。 「痛い……」 「ごめん。だってさ、俺といるときは捺くんには笑っててほしいからね」  爽やか過ぎる笑顔で言った智紀さんは食べかけの目玉焼きを、俺のと同じようにぐちゃぐちゃにしだした。  そしてぽかんとする俺のほうへそれを箸で掴んで持ってくる。 「はい、あーん」  智紀さんと差し出された目玉焼きを交互に見る。  ちょっとびっくりしたけど、たぶん――俺のことを気遣って明るくしてくれようとしてるんだろうなって解釈して、大きく口を開けた。  ぱくりと食べて、半熟の黄身と絡まった白身を味わいながら自然と笑顔になった。  現金だけど好きなものを食べたら嬉しいし、優しい智紀さんに気分も落ち着いてくる。 「食べたら、出かけようか。夕方まで。デートしよ」  悪戯気に笑って片目をつぶる智紀さん。  一人でぐだぐだしてるより智紀さんと一緒にいればきっとなんも考えないで楽しくいられる。  だから俺はなにも考えずに笑って頷いた。  そしてそれから朝食を片付けて出かけたのは昼少し前だった。

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