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第54話
「うー……ん」
ごろ、っと寝がえりを打つ。
途端に壁にぶつかった。
せめーな、おい。
なんて思いながら壁に頭を意味なく擦りつけて、なんか違和感を感じた。
ぼんやりまぶたを上げると、目の前にグレイのニット――。
「……」
恐る恐る視線を上げていったら、目を閉じて寝息を立ててる智紀さん。
「……」
なんか、いつかの再現みたいな。
ものすっごいデジャブを感じつつ、びっくりして声をあげかけ離れようとごろごろ転がりかけたら、途端にガツンとなにかにぶつかった。
「ってぇ!」
勢いよく額を打って痛みに声を思わず上げながら身体を起こす。
そこでようやくソファーとテーブルの間の狭い空間に二人で寝てたんだってことに気づいた。
テーブルの上はビールの空き缶や飲みかけたまま放置された薄まりすぎた水割りに食い散らかしたおつまみ。
たぶん昨日酔い潰れて二人して寝てしまったんだ――よな?
「……」
夜どうしたっけ?
ズキズキって二日酔い症状を訴える頭をさすりながら、なんとか思い出そうとしてみる。
とりあえずすっげえ酒飲んだことは覚えてる。
そういや利きさきいかしたよなー。
智紀さん負けて、罰ゲームだってなって……。
「ん……?」
罰ゲーム罰ゲーム……。
『俺ね、バイなんだ』
ふと、思い浮かんだ声、言葉。
「……うぇぇ!?」
叫んで、立ち上がった。
すぐにハッとして智紀さんを見る。
まだ眠ったままでホッとしながら、ここにいたらいろいろと叫びそうな予感がしてトイレに駆け込んだ。
便器に座って腕組み。
「……バイだって言ってたよなぁ」
確かに言ってた記憶がある。
でもそこから――なんかすっごい嫌な予感がヒシヒシするんだけど……。
衝撃的なカミングアウトされて、そのあと俺……また酒飲みまくったような。
そんで――。
「……あ」
思い浮かんでくる、断片的な記憶。
『……あの、……俺……いま付き合ってるわけじゃなくて……、でもその……男の人と……』
『ゆ、ゆーとさん……なんで俺と……』
「……ぎゃー!!!!」
――どう考えても俺もカミングアウトしてしまったっぽい記憶に、堪らず絶叫した。
や、やばい!
やばいやばいやばいやべー!!!
俺、俺、もしかして全部喋った!?
耐えきれずに便器からトイレの床に転げるように崩れ落ちて頭を抱える。
顔が燃えるように熱い。
いくら智紀さんがゲイってカミングアウトしてくれたからって……。
しかもなんか俺途中から、優斗さん優斗さん、って連呼してた気がする。
「……あああああ、どうしよ」
恥ずかしい。
どうしよう。
だって智紀さんは優斗さんと知り合いだし。
いくら智紀さんがバイって教えてくれたって、俺が優斗さんの秘密を喋っていいってわけじゃない。
相談するにしても名前は出しちゃいけなかった……。
ていうか。
俺、あれ?
『松原が……』
『痴漢が……』
沸き上がってくる記憶に――とりあえずトイレの壁に何度か頭を打ち付けた。
――……まじで、死にたいかも。
――……でも。
『そっか。たくさん悩んでたんだね』
智紀さんは優しく話しを聞いてくれてた気がする。
「……」
それに、智紀さんは誰かの秘密を他人に喋ったり、そのことでからかうような人じゃないって、思うし。
そう考えたら少しだけ落ち着いた。
しばらくうずくまって、それからせっかくトイレだしとションベン。
気恥ずかしいけど、智紀さん優しいから大丈夫だよな。
なんとか気持ちを奮い立たせる。
そうしないともう顔合わせる自信ねーし。
それにしても酒って怖い。
自分がなにやったか全然覚えてねーもん。
「あー……サイアク」
二日酔いで気持ち悪いし。
でもトイレを済ませたらスッキリした。
そういやなんかスッキリしてんなぁって思いながらドアノブに手をかけて。
まるで溜まっていたものが吐き出されたみたいなスッキリさに――……違和感覚えて。
『気持ちよくしてあげようか?』
身体を這う、手。
俺の息子を舐めまわす、舌。
妙にリアルに浮かんだ感触に、絶叫もできずに固まった。
――夢、だよな。
夢、じゃないと困る。
いや……夢でも困る。
だって、だってだって!
俺の頭ん中に浮かぶのは――智紀さんが俺のを咥えてる、映像。
「……な、ないないないない」
棒読みな否定が俺の口からこぼれていく。
ずっと握りしめたままのドアノブは俺の体温で温かくなってきてしまうくらい、立ちつくす。
夢。
夢だ。
でも、でも、いや、うん、夢。
夢じゃなかったら――ほんとに死んじゃうし。
心臓がありえないくらいに早く動いてて痛い。
夢だ。
智紀さんが俺相手にフェラなんでするわけない。
ないないないない!!!!
必死に自分に言い聞かせて。
たぶん軽く30分ほどはこもっていたトイレから出た。
まだ寝てますように……って願いながらリビングのドアを開けると――ジューってなんか焼く音と美味しそうな匂い。
「おはよ、捺くん。トイレ?」
キッチンから朝に似合う爽やかな笑顔で声をかけてきたのは、もちろん智紀さん。
「……」
「どうしたの?」
「……へ、あ、え、えと、お、おはよーゴザイマス」
うろたえながらカタコトで挨拶すると智紀さんは可笑しそうにクスクス笑った。
「腹減ってない? なんか俺すっごく腹空いててさ。とりあえず朝食作ってるんだけど、食べるよね?」
香ばしいバターの匂いに俺のお腹が催促するようにグーって鳴る。
でも声はいまいちうまく出せなくってただ首を縦に振った。
明らかに挙動不審な俺に智紀さんは首を傾げて笑いかける。
「捺くん、ちょっと手伝って?」
「あ……う、ん」
ぼうっとしてる場合じゃないとキッチンに――ドキドキしながら入った。
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