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第60話

「……だめ……っていうか……んっ」  喋るために開いた口に親指が滑り込んでくる。 「なんで、だめ?」  訊いてくるくせに指は俺の舌を弄ぶように触れてくる。  喋れないでいるとようやく指を抜いてくれた。 「なーつ? なんで、だめ?」 「……それ、は。あの俺……は智紀さんのこと……兄貴みたいな友達みたいに思って……」 「俺としてはいろいろとモーションかけてたつもりなんだけどなぁ」 「……え」 「まぁ捺は俺のことは対象外だったんだろうけどね。優斗さんだけで頭いっぱいみたいだったし」 「……」 「でも、いまは俺とキスして感じてるんだからいいんじゃない?」  当たり前のように俺の唾液で濡れた指を舐めとり、そして今度は俺の腰に手を回してくる。  ほんの少し力が込められて俺と智紀さんの距離が近づく。 「……それは。……俺は、でも、あの」  身体は正直に感じてしまってる。  それは認める。  けど、けど――……。 「ああ、優斗さんのことか。捺は優斗さんのことが"好き"かもしれないんだったっけ」  視線を伏せると俺の顔の横にあった智紀さんの手が顎にかかって、上向きにさせる。  無理やり顔を合わせる形になるけど、視線を返すことはできなくてきょろきょろさまよわせた。 「だけど、昨日言ってたよね、捺」  ……酒のせいでほとんど覚えてない。  俺、なに言ったんだよー!? 「"好き"かもしれない、けど――男同士のセックスが初めてだったから……気持ちよくて勘違いしているだけかもしれない、って」  智紀さんの言葉に、俺は言葉を失った。  なにも、言えなかった。  それはそのまま事実だったから。  優斗さんと会うたびに、セックスするたびに、溺れていって。  それが"好き"になっていってた気もするし、ただ気持ちよさにハマりまくってるだけの気もして。  なんかモヤモヤしてたまらなかったときに――あの痴漢にあったんだ。 「ただ気持ちよさに溺れてるっていうだけなら、俺とシてみればわかる」 「……それは」  だって、もしヤって、やっぱ違うって思ったら……。  やっぱり優斗さんが――……。 「それに、優斗さんも同じかもしれないしね」  俺の思考を遮るように続けられた言葉に、意味がわからずつい視線を合わせてしまってた。  智紀さんはいつもと同じ穏やかで、でも熱を帯びた目で俺を見つめてる。 「……同じって?」 「優斗さんはノーマルなんだろ?」 「へ? ……たぶん」 「だから、捺と同じように男同士のセックスが意外に気持ちよくてハマってるだけかもしれない。案外初心者ってハマるんだよね、後の味を覚えると」  挿れるほうも挿れられるほうも、って智紀さんは目を細めた。 「だから、優斗さんはセックスにハマってるだけで、捺のことはなんとも思ってないかもしれない」  ゆっくりとした智紀さんの声が落ちてくる。 「それにまだ優斗さんはまだ実優ちゃんのことが好きかもしれない」  淡々と続く言葉は重く俺の中に沈んでいく。 「アナルセックスにハマってはいるけど、本当は女の子の方がいいかもしれない」 「……」 「だって優斗さんと捺はただセックスしているだけ、だろ?」 「……」  なんにも――言うことができない。  その通りだから。 「ごめんね、虐めるようなこと言って。でもね」  顎を掴んでた智紀さんの手が離れていって俺は顔を伏せた。  胸の中が淀んだようにモヤモヤしてる。 「俺は男女関係ないし、優斗さんはどうか知らないけど、俺は――」  耳にかかる吐息。 「捺がいい」  囁かれて、俺は戸惑って視線を上げて、目が合う。  欲に濡れた目が俺をつらぬいて――そしてまた唇を塞がれた。  今度のキスはさっきまでのが遊びだと思えるくらいに激しくて、熱くて、俺の中のなにかが崩れるように溶け出すのを感じた。

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