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第75話
心臓が大きく軋んで、胸が苦しくなる。
ひとつじゃない、よくわかんねーいくつかの気持ちが混ざってぐちゃぐちゃになって、俺の頭ん中を焼きつけていって。
全身が心臓になっちまったんじゃねーかってくらい動悸が激しくて。
でも俺は……凍りついたように固まって。
そのままなにも言えなかった。
ただ呆然と、優斗さんが紫煙を吐き出して、そしてその煙草を消すのを見てた。
どれくらい経ったのか。
たぶんほんの数分だと思うけど、優斗さんが俺のそばに近づいてきた。
「部屋に入ろう。本当に風邪ひいたら大変だからね」
穏やかな声がそう言って、ベランダの窓を開ける。
「捺くん」
「……あ、うん……」
部屋の中は暖かい。
外は寒かったからホッとするはずなのに、身体は強張ったままだ。
「身体冷えただろう? お風呂、入りなおしたら?」
「……大丈夫」
「そう? 俺はまたちょっと入ってくるね」
「……ゆ、優斗さん」
俺に背を向けてリビングを出ていこうとする優斗さんを呼び止めた。
肩越しに振り返る優斗さんと目が合う。
「なに?」
「あ……の」
言葉が出てこない。
喉のあたりになんか張り付いてて、頭ん中にもなんかあって。
だけどそれが全然言葉になんねーで……。
「……なんでも、ない」
結局俯いて首を振った。
「……そう。先に寝てていいよ」
そう言って優斗さんはリビングを出ていっても、俺は動けないでいた。
頭ん中がほんとに、まじでもうグチャグチャになってる。
優斗さんが言った言葉の意味を考えようとするけど……。
――なんか、考えたらもっと頭ん中がグチャグチャになりそうで、怖かった。
文化祭で、俺は優斗さんから逃げて智紀さんと出会って。
それで――……。
「……ッ、ああっ!!」
もうまじでなんにも考えられねーくらい頭ん中に鉛でも詰められたみたいに重くて苦しい。
その場に座り込んでガシガシ頭をかきむしった。
でもなんにも考えられない中で、ひとつだけわかんのは――俺が最悪だって、こと。
俺が全部悪いってことだけ……わかる。
なにをどうすりゃいいのかも、どうしたいのかも、わかんねーけけど。
俺はそのままその場にうずくまって頭を抱えてた。
時間が経っても考えはまとまらないどころか、逆に考える隙間もないくらい苦しくなってくばっかりで。
結構長い時間唇噛んで、うずくまってた。
それから微かに廊下の方から物音がして、俺は慌てて寝室に入った。
寝てていい、って言われたし――っていうか、どんな顔して優斗さんの顔見ればいいのかわかんなかったから。
――……ここでも俺は逃げて。
自分のヘタレさにうんざりしながら乱れたままになってたベッドにもぐりこんだ。
でもしばらく優斗さんは寝室には入ってこなかった。
リビングのドアが開く気配はしたから、戻っては来てるんだろうけど。
布団を頭からかぶって息を潜める。
バカみたいに緊張してた。
そして結構時間経ってから――寝室のドアが開く音がして、足音が近づいてきてベッドが軋んだ。
だけどその体温は近いけど近くない距離に横になったってわかる。
同じベッドだから手を伸ばせば届くだろうけど、でもいつも一緒に寝てた時は空いてなかった隙間がいまはあって……。
なんか、それが寂しいって思うのは自分勝手……なんだよな。
「……」
寝室は静かで、静かすぎて俺の緊張や心臓の音さえも優斗さんまで届いてしまうんじゃないかってくらい沈黙してる。
優斗さんが横に寝て数分して、俺はそっと肩越しに横を見た。
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