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第89話

「別に……謝らなくてもいいよ。だって……俺も興味あったっていうか……その流されたんだし」  ちゃんと目を合わせては言えなくって、ぼそぼそと呟いた。 「だから、俺が悪いんだよ」  なのに優斗さんは首を振る。 「俺はそれをわかっててそこに付け込んだんだから。それに――……一度だけじゃなく、何回も。ちゃんとした関係でもないのに、週末を一緒に過ごして……君を抱いて……」 「……」 「会う回数を重ねるたびに手放せなくなるのがわかっていった。でも、言い訳でしかないんだけれど……捺くんにとって俺と会うことが"特別"なのか自信がなくて……はっきりさせて会えなくなったらと思うと踏ん切りがつかなかったんだ」  ――それは……。  胸の奥がズキズキ痛んだ。  なんか言おうって、言わなきゃって思うけど言葉が出てこない。 「ずるずると時間だけが経っていって、それで急に捺くんと会えなくなったから……罰があたったのかなって思ったりした」  優斗さんは苦笑いを浮かべて視線を伏せた。 「先週の土曜――俺が迎えに行ったとき、本当は君が智紀さんの車から降りるのも見てたんだ」  びっくりした。  絶句して、今まで以上に心臓が握りしめられたみたいに痛くて苦しい。  だって、あのとき……って、智紀さん別れ際に俺にキス――したよな。 「正直ショックで、一か月会わなかったのを後悔して、そして嫉妬した」  優斗さんは短くなった煙草をもみ消して、少し笑ってため息をついた。 「俺がどうこういう筋合いなんてないのにね。捺くんとの関係を有耶無耶にしたままなのに、責めて無茶させて……」  ずっと後悔しているような申し訳ないって感じの優斗さんの声。  違うって、言いたいけど喉が張り付いたみたいになって俺は首を小さく振る。  そんな俺に優斗さんの手が伸びてきて、ほんの少し指先が頬に触れかけて離れてった。 「捺くん、俺は君のことが好きだよ」  暗い車内だからはっきりと鮮明には表情はわかんねーけど、優斗さんは優しく微笑んだ。 「順序が逆になったけど……たぶん、最初から好きだった。ずっと、俺は――……君のことが欲しかった」  ――マジで、頭ん中が心臓が焼き千切れるんじゃねーかって思った。  そしてでもやっぱ、思う。  なんで、俺?  俺は優斗さんにそんな言ってもらえるような奴じゃねーのに。  ぎゅって拳を握りしめて俯いた。 「ゆっくり、考えて」  息を止める俺に優斗さんが静かに安心させるみたいに言ってきた。  それは智紀さんのことも含まれてるんだと思う。  優斗さんの手が伸びてくるのを感じる。だけどその手は俺の頭をなでようとしたみたいだったけど、髪に少し触れただけで離れていった。 「……どんな答えでも待っているから」  それに俺が頷いたのはだいぶ経ってからだった。  パニックっていうよりか頭ん中全部が真っ黒く塗りつぶされて、考えることもできないくらいになんか重たいものに埋め尽くされてしまった感じで。  俺に出来たのはほんとに小さく首を縦に振ることだけ。  沈黙だけ流れて、一番大事な話は終わったから、もう車から下りなきゃいけない。  いま、俺はどうすればいいのかまったくわかってないから。 「じゃあ、また」  車から降りると、寒い。  でももっと寒くてもいーのに、って思ってしまう。  笑顔を向けてくれる優斗さんに「うん」って小さく頷く。  もっと、もっと、突き刺すくらい寒かったら、俺の思考もちょっとは刺激受けて動くんじゃねーのかな。  それとももっと凍っちゃって動かなくなるかな。  笑えないまま、口端だけをなんとか持ち上げて「送ってくれてありがとう」とだけ伝えた。  優斗さんは首を振って笑って――、車は発進して――、見えなくなるまでその場に立ちつくして見送った。  見えなくなってもしばらく立ちつくしてた。

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