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番外編第3話
「捺くん、ちょっといい?」
昼休みのざわついた廊下。
トイレに行こうとしていたら良く知った女の子の声が俺を呼びとめた。
「どうしたの? 羽純ちゃん」
へらって笑顔を向けると、「話があるんだけどいいかな」って羽純ちゃんが言って俺はとくになんにも考えずに頷いた。
次の授業であるらしい小テストの話しなんかをしながら羽純ちゃんと並んで歩く。
教室から離れて行くことに、話ってなんだろう?、って思いだす。
それから人気が途切れたところで羽純ちゃんは立ち止まった。
羽純ちゃんは俺に向き直って、満面の笑みを浮かべた。
――なんとなくその笑顔に嫌な予感がする。
「あのね、捺くん……。お願いがあるんだけど……」
笑顔のまま、でも少しだけ言いにくそうに羽純ちゃんは瞬きを繰り返して言った。
「お願い?」
「うん」
「どんな?」
「あのね……実は知り合いがパーティを今度開くんだけど、人手が足りないらしくって、それで私にだれかバイトしてくれそうな子がいないかって連絡があったんだ」
「ふーん」
ま、用は俺にそのバイトを頼めないかってことか。
「どんなことするの?」
「飲み物とか料理の補充とか、あとは簡単な接客なんだけど」
正直ホッとした。
こんなこと言っちゃなんなんだろうけど、羽純ちゃんってちょっと腹黒なところあるし読めないところあるから、無理難題押し付けられんじゃねーかって思ってた。
でも別に接客業ならいままで経験あるし、パーティってことは一日だけだろうし断る理由もない。
あ、でも平日じゃねーのかな?
金曜とか土曜の可能性が高いな。
まあ優斗さんのところには終わってからいけばいいし。
俺は頭ん中で整理していって、羽純ちゃんに笑顔を返した。
「いーよ、別に」
一応考えはしたけど、完璧な安請け合い。
俺が後悔するのはほんの数秒後――……。
「ほんとう!? よかったぁ! その知り合いね、文化祭で捺くんの働きぶり見てぜひ頼みたいって名指しだったの!」
「へぇ、そうなんだ~……?」
――文化祭?
なんか妙な引っかかりを覚えて、なんだろう、って首を傾げる。
「それでね、時間なんだけど。準備とかあるし3時くらいに集合でも大丈夫? パーティ自体は6時からなんだけど。あ、でもね捺くん未成年だし遅くても10時には終わらせてもらうように言ってるから」
羽純ちゃんは珍しくフォローに必死そうで、俺はさっき感じた違和感も忘れて苦笑した。
「だいじょうぶだよ。俺でよければ任せて!」
「ありがとうー!!!」
「いいよー。それで、いつ?」
3時ってことはやっぱり休みの日か。ああ、もしかしたら冬休み中かな?
嬉しそうに笑顔を浮かべてる羽純ちゃんにつられて俺も笑顔になって―――。
「12月24日」
「24日かぁー」
羽純ちゃんはめっちゃにこにこしてて。
俺は――俺は――………。
「24……?」
「クリスマスイブね」
「……」
「ありがとう! 捺くん!」
「……イブ?」
「そう。イブね。3時からだいたい10時までね。バイト代は期待しててもいいよ? イブだし奮発してくれると思うから」
「……あ、あの……羽純ちゃん。俺、イブは……」
優斗さんが定時に終わるとすれば5時。
定時は無理だろうけど、早めに上がれるようにするって言ってたから遅くても7時には会える……はず。
「あの、俺、ゆう……」
「ありがとう、捺くん」
優斗さんと会う予定があるんだけどー……、っていう俺の言葉は羽純ちゃんのキラキラスマイルに邪魔される。
いや、確かに安請け合いした俺が悪い。
期待させて撤回するなんていうのも悪いと思う。
でも、だ!
なんやかんやあってようやく恋人になって初めてのクリスマス!!
そりゃ25日だってクリスマスだけど、やっぱイブから過ごすもんだろ!
酒にケーキにプレゼントに、でもって優斗さんとイチャイチャイチャ……。
「は、羽純ちゃん! あの、俺っ!!」
らぶらぶするんだー!!
気合いれて、申し訳ないけど断ろうと拳を握りしめた。
そんな俺に、満面の笑顔の状態でさらに目を細める羽純ちゃん。
「捺くん」
「……はい」
「文化祭のこと覚えてる?」
「文化祭?」
「ほら、文化祭で捺くんが優斗さんに会いたくないって言ったから、私協力してあげたよね?」
「……」
――した、してもらった。
あのとき俺は……羽純ちゃんに"借り"を作ることに不安を覚えたけど、協力してもらって……。
今考えればなんで逃げてたんだよ、俺!な感じだし、いくら切羽詰まっていたって羽純ちゃんに借りを作ったのはまずかったって思うけど。
「こんなこと言いたくないけど――捺くんが困ってるときに私、協力したよね?」
羽純ちゃんはずーっと笑顔だ。
「……はい」
「私ね、すごくお世話になった人からの頼まれごとだから困ってるんだ。もちろんイブだから捺くんも予定あったらどうしようって思ってたけど。でも――大丈夫なんだよね?」
俺もたぶん一応笑顔で――ひきつってる。
「ね?」
って笑いかけてくる羽純ちゃんが……怖い。
ちょっとマジで泣きそうかも。
明らかに断るなよ、な雰囲気。
遠のいていくあまあまイブの予定。
俺にビシバシと羽純ちゃんから突き刺さってくる圧力が、怖くて気づいたら頷いていた。
「バイトしてくれるの?」
「……」
いーやーだー!!!
でも"借り"もあるし、一度OKしたし……。
「……はい」
腹黒魔王……いや悪魔? な羽純ちゃんに俺が拒否することできねーで……、俺はそのバイトを受けてしまった。
「よかったぁ! 本当にありがとう!!」
羽純ちゃんが俺の手を取って作りものじゃねーちゃんとした笑顔でお礼を言ってくる。
俺は、俺は――呆然としながらヘラヘラ笑うことしかできなかった。
お……俺のらぶあまクリスマスがー……!
そうして魔の昼休みは俺の幸福を奪い去って過ぎて行ったのだった。
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