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第5夜 第10話

「……言い訳をさせてもらえば」  ちらっと気まずそうに優斗さんが俺を見て言葉を濁す。 「20代前半のころ……ちょっといろいろ忙しくて彼女をつくる余裕がなくてね。でも……ね、その男だから……」 「……はぁ」  優斗さんの言いたいこと同じ男だしわかる。  性欲はどうしようもねーし……な。 「百合とは大学卒業してから……2年くらいかな。そういう関係だったのは」 「……そうなんだ」  予想外の過去だな、ってちょっとびっくりしてたら優斗さんが立ち止まる。  俺もつられて止まったら困ったような顔で優斗さんが俺を見つめた。 「……引いた?」 「え?」 「いや……そのセフレ……とかね」 「あー……大丈夫! 昔のことだし。人生いろいろだよね!」  つーか、俺もあっち方面の過去は人のこと言えたもんじゃねーし。  いや優斗さんに言えないことのほうが多い。  俺の方がどん引きされそう……。 「そう?」  やけに真剣な顔をしてる優斗さんに大丈夫だよって笑いかけて、 「うん! 平気だって。だっていまは優斗さん俺のことが大好きでしょ!」  とかわざと言ってみたら、ようやく表情を緩めてくれた。  目を細めた優斗さんが俺の耳元で「大好きだよ」って囁いてきて、俺の顔もやばいくらい緩む。  あー居酒屋なんか行かないで、帰ってゆっくりしたいような気もするな。  再び歩きはじめながら街中でくっつくこともできねーから少し空いた距離を恨めしく思って。  そしてさっきの百合さんのことを思い返した。  いまは結婚して子供もいるみたいだったけど、優斗さんのこと好きだったのかな。  あーでもさっぱりしてそうなタイプに見えたし向こうも割り切った関係だったのかな。  "大人の関係"ってやつ?  でもやっぱり優斗さんにセフレなんて似合わないよなぁ。  20代前半って大学……いや、関係は卒業してからって言ってたし――って、あれ?  その頃って……。  はっきり優斗さんから聞いたことはないけど、たしか20代前半のときに――優斗さんのお姉さんは事故で亡くなって。  それで――……。  それで、か。  不意に納得できた。  優斗さんのお姉さんで実優ちゃんのお母さんが亡くなって、優斗さんは実優ちゃんを引き取った。  だから、彼女を作る余裕もなければ、きっとそんなもの必要もなかったんだろうなって気がした。  たぶん彼女よりも――大切だろうし。 「捺くん」 「うん?」 「お店、どこにする?」 「――ああ。そうだなー」  未成年だから優斗さんに任せます、って悪戯っぽく笑って言って、優斗さんのお勧めの店に行くことになった。  他愛のないことを喋りながら"百合さん"っていう優斗さんの過去をひとつ知って、優斗さん知識が増えたなーなんてくだらねーこと思いながら。  知らなきゃよかったことも増えて、少しだけ胸にあるモヤモヤも増えた気がした。  それから優斗さんが美味しいって言う焼き鳥屋に行ってたらふく食べてから帰った。  結局酒は二杯くらい飲んだけど、それくらいじゃぜんぜん酔っぱらわない。  マンションに戻ってからもうちょっと酒飲みたいなって思ったけど、優斗さんからダメって言われてしょうがなく風呂入ってコーラ。  明日も休みだからソファーに寝転がってテレビをだらだら見る。 「捺くん、髪」  今日は別々に風呂入って、上がってきた優斗さんが全然拭けてない俺の髪を見て苦笑しながらタオルを乗せてきた。 「あ、ごめん」  家ではいつも適当だからついついちゃんと乾かすの忘れてしまうんだよな。  でも――。 「捺くんの髪って柔らかいよね」  いっつも優斗さんがタオルでぐしゃぐしゃと髪を拭いてくれるから、それが好きでわざとっていう部分もないわけじゃない。  犬か小さい子供にでもなったみたいな気分だけどなんか嬉しい。 「そうかな? すぐ跳ねるから俺は優斗さんみたいなサラサラがいーな」  頭拭いてもらいながら優斗さんの髪に手を伸ばす。  もうちゃんと乾かしてきている髪は指通りがいい。  ふわっと漂ってくるシャンプーの香りは当たり前だけど俺と同じで、そんなことさえもニヤける――って、俺ってほんと乙女過ぎるだろ。  自分にツッコミいれるけど、でもこうして優斗さんと過ごす時間ってすっげー幸せだなって思える。  なんとなく優斗さんの髪を弄ってたら、目を細めた優斗さんが顔を近づけてきた。  自然と目閉じて、唇が触れ合う。  ぺろっと唇を舐められて舌が入り込んできて絡めて。  風呂上がりでもともと火照っていた身体が一層熱くなっていく。  ざらついた舌の感触とかぬるっとした唾液のまじわるのとか、全部が気持ちいい。  キスしたままソファーに押し倒されてのしかかってくる重みに身体が疼いて。  あっという間に臨戦態勢になる俺の息子を感じてたら――固定電話が鳴りだした。  唇が離れてって至近距離で見つめ合う。 「またあとでね」  そう言って離れていく優斗さんに「うん」って笑い返して内心ため息をついた。  家の電話に、しかももう夜10時を回ってる。  こんな時間にかけてくるのは一人しかいない。 「――もしもし。ああ、どうした?」  それはもちろん"姪の実優ちゃん"で、俺はテレビに視線を移した。  GWスペシャルとかって映画をしていてそれを見るともなしに眺める。  二人がどんな会話しているか、とか興味はない。  いつでも俺と優斗さんが一緒にいるけじゃねーし。  優斗さんと実優ちゃんの会話を俺が全部知ってるわけじゃねーし。  さすがにそれ全部知りたいとか思うほど小さい男でもねーし。  ただ喋っている声を聞くのが――ウザイ。  もちろん、そんな俺自身も。 「……捺くん」  集中してテレビ見ているわけでもなかったけど話し声を聞きたくなくってぼうっとしていたからか、呼びかけられてることになかなか気づかなかった。  ハッとして顔を上げると、もう電話が終わったらしい優斗さんが隣に座った。 「実優ちゃん?」  別にどうでもいいけど、とりあえず訊く。  優斗さんは頷いて、「実優がね」って話しだした。  別にどうでもいいけど、聞かないわけにはいかないから、うんって頷いて。 「6月頭の土日に一緒に温泉に行かないかって言ってきたんだけど、どうする?」  言われた内容を理解するのに数秒かかって、一瞬顔が引きつりそうになって、どうにかそれを笑顔に変えた。 「……温泉? 土日ってことは泊りでってこと?」 「そう。なんでも晄人が今日招待券を貰ったそうでね。もちろん部屋は俺達とは別々らしいけど」 「ふーん」  それにしても松原ってしょっちゅうなんかもらってるよな。  あいつんちって金持ちだからいろいろ流れてくるんだろうか。 「どうする?」  どう――って。  優斗さんと二人なら行きたいけど――……。 「行く」  でも、俺がここで拒否する意味なんてない。  できるはずがないし。 「みんなで温泉とか楽しみだね」  笑う俺に優斗さんもそうだねって笑う。  別に――俺は実優ちゃんや松原と出かけることがいやなわけじゃない。  実優ちゃんのことが嫌いなわけでも、もちろんない。  ただ――。  泊りで、ずっとっていうのが、メンドウクサイナ、って思った。  そんな最悪な俺に優斗さんが"続き"とキスしてきて、全部忘れるようにそれに没頭した。 ***

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