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第5夜 第9話

「なに食べる?」  映画が終わって少し買い物して夕方、いつもより少し早いけど夕食にすることにした。  優斗さんと並んでだいぶん陽が長くなってまだ明るい街並みを歩く。 「んー……たまには飲むとか?」  そういや優斗さんと飲みに行ったことないよなー。  ふと気づいて何気なく言ったら苦笑された。 「捺くん、未成年」 「……あ」  そりゃ優斗さんと飲み行くはずがねーか。  俺だって優斗さんに迷惑かけるようなことしたくねーし。 「でも、たまには居酒屋なんかもいいかもしれないね」 「えっ、まじで? でも」 「捺くんはソフトドリンクで」 「……えー」  明らかにからかうような口調だったから、俺も口尖らせて拗ねてみる。  優斗さんが楽しそうに可笑しそうに笑ってくれるから俺もすぐに笑うけど。  それにしても――優斗さんと一緒に歩いてると女の人からの視線をすっげぇ感じるんだよな。  まぁ自分で言うのもなんだけど俺もモテるほうだから女の子からちらちら見られることあるけど。  ……優斗さんも明らかに好意の視線寄せられてる。  しかも「兄弟そろってカッコイイー」とか、たまに聞こえてくるんだよな。  兄弟じゃねーっつーの。  歳の差あるし、男同士だし、そう思われてもしょうがねーんだろうけど。  なんかちょっと悔しい気もする。  そんなこと考えながら優斗さんと喋ってたら――前から来る女の人と目があった。  20代半ばくらいの美人さん。  緩いウェーブの落ち着いた茶色い髪、結構胸でかそうなスタイルいいおねーさんだ。  その人が俺見て、優斗さん見て、俺見て、そしてまた優斗さん見て――。 「優斗じゃない?」  いきなり声かけてきた。  ……え。  知り合い、って驚いて優斗さんを見たら、俺以上に驚いた顔している優斗さんが、 「……百合」  って呟いた。  ぽかんとする俺に"百合"って人は会釈すると優斗さんの傍に立つ。 「久しぶりね」 「……ああ。4年ぶりくらいかな」  懐かしそうに目を細める優斗さん。 「そうね。それにしても変わってないわね、優斗は」 「百合こそ」 「そう? 嬉しいわ」  ――この百合さんってもしかして、っていうか……たぶん優斗さんの昔のカノジョ……なのかな。  ただの知り合いじゃなさそうな雰囲気を感じるっていうか……。  でも正直意外にも思える。  百合さんは結構セクシー系で気が強そうっていうかサバサバしてそうっていうか。  なんか優斗さんの好きなタイプと違いそうな気がした――って優斗さんの好みをはっきりと知らないけど。 「それにしても可愛い子連れてるわね。"甥"じゃなかったわよね?」  笑顔で俺のことを見ながら百合さんは首を傾げる。  "甥"ってことは"姪"のことを知ってる、ってことだよな。  そんなことを考えてたら優斗さんがちらり俺に視線を向けて、 「ああ……。彼は俺の」 「え、えと、親戚です!!!」  絶対いま恋人って言いそうになってた優斗さんを遮った。  嘘つかずに言ってくれるのはめちゃくちゃ嬉しいけど、優斗さんの立場とか考えたらそんな簡単に言っちゃだめだと思うし。  もしかしたら百合さんにはそういうことを話してもいいくらいの間柄なのかも知れねーけど。 「親戚?」  不思議そうに百合さんが呟いて、優斗さんが少し眉を下げて苦笑すると曖昧に頷いた。 「……捺くん、彼女は俺の大学時代の友人の長瀬……って、あれ、いまはなんだったかな?」 「春木よ、春木。ちゃんとハガキ送ったでしょ。覚えておいてよね」 「ああ、ごめん。"真依"ちゃんていう名前は覚えてるんだけどね」 「……」 「今日は一緒じゃないのか?」 「主人が見てるわ。たまにはゆっくり友達とディナー」  ……この人結婚してるんだ!?  つーか、話の内容からすると子供もいるんだよな。  ぜ、全然結婚してるように見えねーんだけど。 「そっか。じゃあごゆっくり」 「ええ。優斗も。――ごめんなさいね、引きとめて」  そういや大学時代の友人ってことは三十路?!  ますます見えないんだけど!!  ぽかんと百合さんを見てたら、俺に向かって百合さんが笑顔で謝ってくる。  慌てて、「いいえ」って首を振った。 「それじゃあ、元気でね」 「ああ」 「"捺くん"、優斗と仲良くね」 「は……い……?」  百合さんは手を振るとあっさり去っていった。  その後ろ姿を見送ってたら優斗さんが俺の肩を叩いて、「行こうか」って歩き出す。  頷いて俺も歩き出して――。 「ね、ねぇ、優斗さん! あのさっきの"仲良くね"って、あの」  変な意味じゃねーよな。  そう言ったときの百合さんが、なんか微笑ましそうな、頑張ってね、とでも言うような眼差しをしてて、俺達の関係気づいてるんじゃないのかって気がした。  優斗さんは小さく笑うと、 「たぶんそのままだよ。ちゃんと俺達の関係気づいていると思うし」  気になってたことをあっさり肯定した。 「ええ?! まじで?」 「百合は洞察力に長けてるっていうか、そういうの敏感だからね。気にすることはないよ。彼女は同性だからとかいう偏見ないから」 「……そ、そうなんだ」  俺、普通にしてたつもりなんだけど周りからはそうは見えねーのかな? 「……ほんとに大丈夫?」 「なにが?」 「だってさ……、その男同士だから」  俺はただの高校生だけど、優斗さんは社会人で"世間体"ってものがあるだろうし――。 「大丈夫だよ。百合は」 「……そっか」  断言するからホッとして、でもそう言うほどにやっぱりさっきの百合さんとは深い関係だったんだよなあって思う。 「……あのさ、百合さんって元カノ?」  そしていちいち訊かなきゃいいのについ訊いてしまうバカな俺。 「……違うよ」 「えっ、まじで?」  優斗さんは頷くけど……ちょっと信じられねー。 「……別に俺、元カノだからってどうこう言わないよ?」  もしかして俺に気を使ってるのかな。  それはそれで子供扱いされてる感じで不本意っつーか。  本当に昔の女とたまたま再会したからってどうも思わないのに。  単純に、優斗さんの昔のことが知りたいって思った――なんてそっちのがウゼェかな。 「――……いや、本当に付き合ってはいなかったんだけどね」  優斗さんは苦笑いを浮かべて俺から視線を逸らす。 「……」 「……」 「……付き合っては?」  思わずボソッと呟いたら、やっぱり優斗さんは苦笑したままで……。  って、まさかセフレ!?  優斗さんがセフレ!?  まぁ俺も……付き合う前はそんな感じだったけど、でも優斗さんはちゃんと俺のこと好きだったって言ってくれてたし。  だから好きじゃない相手と……。  セフレがいたとか信じられなくてつい優斗さんの横顔を凝視してしまった。

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