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第5夜 第13話
「……」
あたりを見てみたけど、松原の姿は見えないから二人きりみたいだった。
別に――あの二人は叔父と姪なんだから二人でいたって全然おかしくない。
俺が寝てなかったらきっと俺もあの場所にいたと思うし。
わざと俺は置いて行かれたわけじゃねーんだから。
だから、別にいい。
それに、たまには優斗さんも実優ちゃんと二人でゆっくり話したいかもしれないし。
優斗さんは実優ちゃんを大事にしてるから。
「……風呂、行ってこようかな」
実優ちゃんと一緒ならまだしばらく戻ってこないかもしれねーし。
また昼寝する気にもなれないし、一人で部屋にいるのも暇だから大浴場に行くことにした。
温泉って湯上り浴衣着るんだよな?
タオルと浴衣持ってぶらぶら大浴場に向かう。
脱衣所にはあんまり人はいなかった。
もともと客室数多くないみたいだし、男風呂だからそんなにいないのか。
さっさと洋服脱いで中に入る。
どうせまたあとで風呂入るし適当に流して、やっぱ露天風呂だよなーって内湯にもつからねーで外に行った。
「……あ」
割と広めの岩風呂には一人だけ男が入ってて――。
「よお、お前も風呂か」
それは松原だった。
「……」
「なんだ、その目」
せっかくゆっくり入ろうって思ってたのに俺様松原と一緒かよ。
って、ちょっと思ったのが顔に出てたのか松原にすかさず睨まれた。
――やっぱ散歩、松原は一緒じゃなかったんだな。
露天風呂に、松原と少し距離をあけて入る。
ちょっと熱めのお湯が寝起きの身体には目がちゃんと覚める感じで気持ちよかった。
はー……なんて、オヤジ臭いため息ついて岩にもたれかかる。
露天風呂には俺達以外に人はいなくて、ゆっくりできた。
特に松原と会話はなくちらり見たら相変わらず程よく鍛えてある身体が目に映って、俺ももうちょい鍛えようなんて思った。
「視姦するなよ」
俺の視線に気づいていたらしい松原が無表情に言ってくる。
「……するか、ぼけ!」
「ボケじゃないだろう、松原様と言え」
「……」
なんでこいつって俺様なんだろう。
一時期好きかもなんて思ってたありえない時期は置いといて、付き合っている実優ちゃんはすげぇなって感心する。
「――向井」
「んー」
遠くに見える山並みを眺めていたら松原がまた声かけてきた。
「悪かったな。今日はつき合わせて」
「……は?」
さっきとは違って、少し真剣味を帯びた声に俺は不思議に思って松原を見た。
すぐに目があって松原はふっと笑う。
「いや、お前、優斗と二人っきりがよかっただろ?」
「……別にー」
そりゃ二人きりがいいけど、でもここに来れたのは松原が宿泊券を貰って来たからだから文句はまったくない。
「さすがに二人だけで旅行にっていうのは二人も俺達に気使うだろうしな」
「……」
――二人だけ……?
って、実優ちゃんと優斗さんってこと……だよな。
松原の言葉の意味はすぐには理解できなくて、頭ん中でごちゃごちゃ考える。
「でもまぁたまには遠出もさせてやりたかったから――……悪かったな」
そう、また松原は苦笑混じりに謝った。
「……別に……いいって。二人は家族、なんだから。ゆっくり二人でいる時間だって必要だって……わかってるし」
たぶん松原が言ってるのはそういうこと、だよな。
宿泊券貰ったっていうのは嘘じゃないかもしれねーけど、ようはこの旅行は優斗さんと実優ちゃんのために用意したって……ことだ。
「へぇ、性少年もわかってるじゃないか」
松原がからかうように口角を上げる。
顔を背けながら「ガキ扱いすんな」って呟く。
わかって――る。
でも、あれじゃね?
俺がいたら……邪魔じゃなかったかな。
俺結構、優斗さんにベタベタだから。
……つーか……やっぱり松原は大人だ。
俺とは違って二人がいま一緒にいるってわかってても全然余裕そうだし。
もし二人が二人きりで旅行とか行っても平気なんだろうな……。
――本当に?
「……松原は」
勝手に口が動いた。
頭ん中はもやもやごちゃごちゃしてるから自分が何言いたいのか言おうとしてんのかはっきりしてねーのに、勝手に動く。
「なんだ?」
「……実優ちゃんと優斗さんが……二人きりでいても平気?」
言って、すぐに自分のバカさに呆れてこのままお湯の中に沈みたくなった。
なに言ってんだよ俺は……。
さっき"わかってる"って言ったばかりなのに、これじゃ"わかってない"し。
予想通り俺の言葉に松原が俺を見ているのをびしびし感じる。
「平気だ。実優は俺にベタ惚れだしな」
だけど特にツッコんだこと言ってこなくてちゃんと答えてくれた。
「……ふーん」
さすが松原って感じの答え。
でも実際実優ちゃんはベタ惚れーって感じだけど。
「それで、お前は? 結局――気にしてるのか」
だけどやっぱり訊いてこられて、焦る。
松原の方を向けないまま笑って首を振る。
「……気にするもなにも、優斗さんと実優ちゃんは叔父と姪なんだし、二人が一緒いたってかまわねーし」
気にしてる、なんて思われたくなかった。
気にする必要なんてねーって、わかってるから。
「……叔父と姪、な」
そこに苦笑するような響きがあって思わず松原のほうを見た。
松原は岩にもたれて俺じゃなく遠くの景色を見ていた。
苦笑してるのは、でも俺のモヤモヤの意味とは違うような気がした。
「まぁ優斗にとって実優はたった一人だからな」
呟かれた言葉に、なんかすげえ胸が苦しくなった。
なんだろ――やっぱり実優ちゃんは"特別"って言われた気がして。
「……っ」
ぎゅって奥歯噛んで、やり過ごす。
二人の関係が、絆が、特別なんて、んなのわかってる。
「ゆ……うとさんにとっては実優ちゃん、お姉さんの忘れ形見だし。大切に想ってるってわかってるし」
俺だって。
って、声が上擦りそうになるのを我慢して言った。
ちゃんと、わかってる。
「――……向井」
いつの間にか松原は俺を見ていて、濡れた前髪をかきあげながらため息をついた。
「わかってるとしょうがないは違うぞ」
俺を見る目が真っ直ぐすぎて。
「……え……?」
目を逸らしたくなった。
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