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第5夜 第20話
「お粥だけでいいかな」
松原のマンションのキッチンに立ってるのは七香と羽純ちゃん。
「いいでしょ。食欲ないみたいだから」
「そうだね」
そして俺と和はソファーに座って一応テスト勉強。
和は実優ちゃんのことが心配で心配で全然手についてねーみたいだけど。
実優ちゃんは1時間目のテスト中に具合悪くなって保健室でテスト受けようとしたらしいけど無理だったらしい。
昨日微熱程度だった熱は俺達がテスト終わって放課後迎えに行ったときは38度半まで上がってた。
松原は出張でいねーし、一人で帰らせるわけにはいかないから七香と和が一緒にタクシーで帰って、俺と羽純ちゃんはいろいろ買い出ししてから向かった。
女の子たちは料理とか役に立つけど、俺と和はとくに役に立つこともなく、
「勉強してな」
って七香に言われて今にいたる、ってわけだ。
「……ちょっと様子見てくる」
そわそわそわそわしまくってる和が立ち上がって実優ちゃんの部屋に行ってしまった。
……あいつって本当にまだ好きなんだよなあ。
正直きつくないのかなって思ってしまう。
実優ちゃんには松原がいるわけだし。
そんなこと考えてたら、ポケットに入れてたスマホが振動しだした。
取り出して見ると優斗さんからの着信。
「もしもし」
『ああ、捺くん。ごめんね、今日は』
優斗さんには帰り道にメールしておいた。
松原がいないし、保護者は優斗さんだから。
「ううん、大丈夫。実優ちゃん今寝てる。薬は昼に御飯のあとちゃんと飲ませるから」
『ありがとう。悪いね。七香ちゃんたちも来てくれてるんだよね。お礼言っておいてくれるかな』
「わかった」
『捺くん、あのね、悪いんだけど今日―――』
「心配しなくていーよ、優斗さん。俺は優斗さんが来るまで待ってるから」
緊急時だし、優斗さんがすっげぇ心配してんのはわかってる。
それにさすがに高熱の病人ひとりにしておけねーし。
『……ありがとう、捺くん』
「いいって」
正直――お礼を言われる方が、なんかイヤで。
俺は笑って「だいじょーぶ」って言って、ちゃんと実優ちゃんに冷えピタとか氷枕とかしてあげてることを伝えた。
そのあとお粥が出来て羽純ちゃんが実優ちゃんに食べさせてあげて、それから俺達もコンビニ弁当食べてしばらく勉強した。
俺以外は4時くらいに帰っていって、一人残った俺はたまに実優ちゃんの様子見ながら勉強を続けた。
とはいっても俺の集中力なんかたかが知れてるし、ほとんどつけっぱなしにしていたテレビを見ていたんだけど。
「みゆーちゃん、だいじょーぶ?」
一応ノックしてドアを開ける。
返事はなくて実優ちゃんは寝ていた。
ずっと寝ている―――けど、あまりよくはなってないのは顔色でわかる。
トマトみたいに赤くなった顔と熱っぽい寝息。
頬っぺたに手を当てたらめちゃくちゃ熱かった。
そういや七香に途中で氷枕変えておくように言われたの思いだして、実優ちゃんを起こさないように気をつけながら氷枕を取るとキッチンに行った。
新しい氷を入れてたらインターフォンが鳴った。
え、と思って壁時計見る。
6時ちょっと前をさしてる時計。
まさかな、って思いながら玄関に行きながら――でも優斗さんだよなっていうのはわかってた。
オートロックの暗証番号優斗さんは知ってるから中に入って来れるし。
そんでドア開けたら、
「……お帰り」
俺んちでも優斗さんちでもねーけど、そう言えば優斗さんはいつも通りの笑顔で「ただいま」って言ってくれた。
ぽんって俺の頭を軽く撫でて玄関に上がって。
「ごめんね、ずっといてもらって」
そう、謝られる。
「ありがとう。助かった」
そんでお礼言われて。
「――別に、大丈夫だよ。勉強してただけだし、実優ちゃん友達だし」
そう、答える。
俺って昔から要領いい方だと、思う。
にこにこしてんのは得意だし。
笑ってりゃ、そこそこ――クリアできるし。
「いま実優ちゃん、寝てるよ。熱はまだ下がってないみたい」
「そっか」
優斗さんは心配そうに視線を揺らす。
「様子見てくるね」
「うん」
実優ちゃんの部屋のドアを静かに開けて中に入っていく。
ドアは閉められずに半分くらい閉じかけた位置で止まる。
薄暗い実優ちゃんの部屋の中で、そのベッドの傍に膝をつく優斗さんが視界に入って――そういや氷枕用意する途中だったって思いだしてキッチンに戻った。
入れかけだった氷を足していく。
いつもより少し早い優斗さんの帰宅。
姪の実優ちゃんが高熱なんだし、そりゃそうだ。
俺と会うときだって、ちゃんと優斗さんは早めに帰って来てくれるし。
気にすることでもない。
氷枕はどんどん重くなっていって、触ると冷たさを取り戻している。
これくらいでいいかな。
氷を詰め終えて実優ちゃんのところに持って行こうかなと思ったら優斗さんがキッチンに入ってきた。
「優斗さん。これ氷枕」
「ああ、ありがとう」
優斗さんは笑ったけど、すぐに
「せっかく用意してくれたのにごめんね」
って続けた。
「もうつかわねーの?」
まだ熱高かったみたいだけど。
いいのかなって優斗さんを見ると、俺の手から氷枕を取った。
「使わせてもらうよ。とりあえず、実優を先に連れて帰るから」
「……」
一瞬、意味がわからなかった。
けど、表情は変えなかった、と思う。
「俺なんか持とうか?」
いま松原は日本にいなくて、実優ちゃんの保護者は叔父の優斗さんで。
優斗さんのマンションには実優ちゃんの部屋があって。
高熱の実優ちゃんをこのまま一人残すより、優斗さんのところで看病してあげるのが普通だって――ちょっと考えれば、わかる。
考えてもみなかったけど、わかった。
だからものわかりよく俺に手伝えることはないかって聞いて、そしたらまた優斗さんが謝る。
――なんで謝るんだろ。
「少し着替えとか準備してくるから、捺くんは待ってて」
くしゃくしゃと、俺の髪を遊ぶように触れてくる。
「うん」
頷く俺に笑いかけた優斗さんは氷枕をカウンターに置いて、また実優ちゃんの部屋に戻っていった。
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