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第5夜 第19話

「あー、めんどくせー」  参考書を机の上に放り投げる。  途端に斜め前に座る七香から、 「うるさい!」  って、お前の方がうるさいっつーのってくらいでかい声で怒られた。 「七香、うるさい」  そう言ったのは俺の隣に座る和。 「そうだそうだ!」  すかさず頷くと七香が睨んでくる。  そしてそんな俺達のやりとりに手を止め笑うのが実優ちゃんと羽純ちゃん。  俺達は5人で実優ちゃんちに勉強しに来ていた。  正確には松原のマンションだけど。  温泉旅行から一週間たった土曜日。  来週は火曜から金曜までテスト期間で、その勉強会だ。  今日は優斗さんは休日出勤で、松原は昨日から出張に行ってるらしい。 「ちょっと休憩しようか?」  羽純ちゃんが言って、実優ちゃんがじゃあジュースとお菓子持ってくるね、って立ち上がる。  それに七香と羽純ちゃんも手伝うっていって女の子三人はキッチンへと騒がしく向かって行った。 「あー、だるい」  昨日は新作のゲームをほぼ徹夜でしてたからめちゃくちゃ眠かった。  今日はこの勉強会のあと優斗さんところに行く予定だ。  できるだけ早く帰るとは言ってたけど、どうなのかなー。  ぼうっと優斗さんのことを考えてたら視界に実優ちゃんをじーっと見つめてる和が目に入った。 「お前……見つめすぎ」  呆れて声かけたらハッとしたように和は視線を泳がせる。  和はまだ実優ちゃんのことが好きらしい。 「別に……そんなんじゃねーよ」 「……そんなんってなんだよ」  意味わからん、って俺がため息つくと、睨まれる。 「俺はただ心配しんだよ」 「なにが」 「なにがって、実優は1週間も一人なんだぞ?」 「ああ……」  松原の出張先はイタリアで、新規の取引先との契約がどーのこーの……ってよくわかんねーんだけど、帰国は再来週の日曜日だった。  9日間も家を空けて、実優ちゃんがお留守番ってことが和は心配らしくてこの前から実優ちゃんに『大丈夫か、平気か』ってことあるごとに言ってる。  そもそも実優ちゃんも優斗さんが海外出張してたころは一人暮らししてたんだし、別にいまさら平気だろ。 「1週間くらい大丈夫じゃねーの」  眠気防止にって淹れてもらって、もうぬるくなってるコーヒー飲みながら答えたらまた睨まれる。  何なんだよコイツは。 「女の一人暮らしとかあぶねーだろ」 「……」  お前はオカンか、ってツッコミたくなる。 「だいたいこういうときは、優斗さんが」 「実優ちゃんがいいって言ったんだからいーだろ」  和の言葉を遮る。  眉を寄せた和は今度は睨まずに俺から視線を逸らした。  松原が海外出張の間、優斗さんのところに実優ちゃんが戻るっていう話は出てた。  本当は出張は智紀さんが行くはずだったらしい。  けど土壇場でどうしても外せない商談が出来たらしくてそれで松原が代わりに行くことになって。  優斗さんと会ってるときに松原から電話があっていた。  内容は出張の間、実優ちゃんのことを頼むってことで。  でも、その優斗さんのマンションに来させるって話ではなかった。  たまに様子を見てやってくれ、なこと。  松原と実優ちゃんの間で、実優ちゃんが一人で過ごすって言ったらしいから、それだけだった。  もしかしたら実優ちゃんは俺に遠慮したのかもしんねー……なってちょっと思うけど。 「はい、ケーキとお菓子だよー」  トレイにケーキとグラスを乗せた実優ちゃんと、お菓子を大量に持った七香たちが戻ってくる。  テーブルの上はノート類から食い物に代わって。 「あ、これウマイ」 「こも美味しいよー」 「ねーねー、あの番組見たー?」  気づけばテスト勉強そっちのけで休憩時間は休憩どころの話じゃなくなってしまってた。  そしてその日はあっという間に過ぎて、実優ちゃんが一人で留守番するって状況が変わったのはテスト2日目のことだった。  テスト期間中はだいたい2~3時間で終わるからテスト自体はイヤだけど、早く帰れるのは嬉しい。  期間中は一人じゃ勉強する気おきねーから和とか七香たちと勉強したり、あとは優斗さんのマンションに行ったり。  優斗さんがいなくても、なーんか同棲ぽくて留守番も好きだった。  そんなテスト期間一日目――。 「大丈夫? 実優」  七香が心配そうに声をかけた実優ちゃんはマスクをしてた。 「うん、咳が出るくらいだから、平気だよ」  安心させるように笑うけど、マスクで半分隠れた顔は俺から見ても元気がないのはわかる。  テスト中も結構咳き込んでてきつそうだったし。 「今日はもう勉強しないで休んでたほうがいいよ。ちゃんとお薬飲んで」  羽純ちゃんが実優ちゃんのおでこに手を当てて熱を確かめてる。  少し熱っぽいかも、って呟く羽純ちゃん。 「とにかく早く帰るぞ」  心配でしょうがないって顔をした和が実優ちゃんのカバンを持って歩き出して。  その日は和が実優ちゃんを家まで送り届けてた。  俺はその日の夜、優斗さんと電話で話して――もちろん実優ちゃんが風邪気味だったこと伝えた。 『そっか。昨日の夜は寒かったから体調崩したのかもしれないね』 「熱はないっていってたけど、大丈夫かな」 『あとで電話してみるよ。捺くんも大事なテスト期間中だから気をつけて』 「うん」  そんな話をして、電話切って。  次の日――。 「……橘さん大丈夫?」  顔を真っ赤にした実優ちゃんはテスト中に保健室に行って、そのまま放課後まで帰ってこなかった。 ――――― ―――― ―――

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