131 / 191
第5夜 第23話
「実優ちゃん」
「……ん」
「お粥少し食べて、薬飲んでおこう?」
寝てるのに悪いなって思ったけど、起こしてお粥を食べてもらって。
「美味しい」
ほとんど食べれてなかったけど、たぶん味覚もなさそうな気がしたけど、それでも実優ちゃんは嬉しそうにお粥を食べて笑顔になった。
きっと実優ちゃんはもう何回も優斗さんの手料理を食べてるんだろうな。
って、すっげぇ当たり前のことを考える。
「実優ちゃん、薬飲んだらまた寝るんだよ?」
「ん……。捺くん、ありがとう」
「早くよくなって。松原と優斗さんも心配してるからさ」
「うん」
素直に頷いて、薬飲んでまた横になる実優ちゃんを見届けて食器を片づけにキッチンに戻る。
皿とコップだけだからすぐに洗い終えて、空腹感じた。
来る前にコンビニで買ってきてたパン食って、優斗さんが帰ってくる前には帰ろうって時計見た。
疲れてんのにわざわざ送ってもらうのも悪いし。
それに。それに――ここは優斗さんと実優ちゃんの"家"で。
わかってはいるけど、昔のことだってわかってはいるけど――ここでずっと二人は一緒に住んでたんだって考えてしまう。
実優ちゃんが松原と暮らしてるときにはなかった実感が、どうしても沸く。
二人はもうただの叔父と姪なんだからなんもねーってわかってんのに。
実優ちゃんは風邪で寝込んでるってわかってんのに。
一緒にこのマンションで過ごしてるっていうのが……単純に嫌だった。
"しょうがない"のに。
実優ちゃんに触れる優斗さんを、見たくなかった。
俺って――……まじで馬鹿だな。
いつからこんな女々しくなったんだろって自分に呆れながらパンを食べた。
紙パックのカフェオレ飲んで参考書広げる。
静かなリビングでの勉強ははかどるような、そうでないような。
早く帰りてーような、もうちょっといなきゃいけないような、変な気分。
実優ちゃんの具合が思ったより悪そうだったから、優斗さんもきっとすげえ心配してるだろうなって思うと――もう少しいなきゃかなって。
とにかくまじで明日のテストは勉強しておかなきゃヤベーから、集中して勉強に取り組んだ。
そして時間も忘れてひたすら問題集の問題といてたら、小さい物音がした。
何気なく音のした方に視線を向けるとリビングのドアが開いてて相変わらず顔を赤くした実優ちゃんが立っていた。
「どうしたの、なんかあった?」
シャーペンをテーブルに投げだして立ち上がると実優ちゃんは咳き込みながら首を振った。
「ううん。トイレに行っただけなの。そしたら捺くんの靴がまだあったからびっくりして」
声は張りが全然なくて弱々しい。
壁時計見るともう4時を指してた。
俺どんだけ集中してたんだ。すげーな。
なんてどうでもいいこと思いながら、立ってるのもきつそうな実優ちゃんの傍に歩み寄った。
「ああ、勉強してたんだ。もう帰るよ。実優ちゃんひとりで大丈夫?」
「……うん。捺くん」
「なに?」
とりあえず部屋に戻ろうって実優ちゃんの部屋に向かいながら見上げてくる実優ちゃんを見下ろす。
「ゆーにーちゃんからメールきてたんだけど」
「……ん」
「今日は早く帰ってくるって。もう…ちょっと待ってたら会えると思うよ……?」
ごほごほと咳しながら口元を押さえて、詰まりながらも喋る実優ちゃん。
「あー……」
優斗さんは定時に終わるって言ってたから、あと二時間くらい居れば余裕で帰ってくるだろーな。
「今日は帰るよ。勉強道具ほとんど家だし。明日の英数どっちも俺苦手だからさ。勉強してないとヤバイから」
「……そっか」
ベッドに座った実優ちゃんは残念そうに俺を見つめる。
「鍵は俺が締めるから、実優ちゃんはゆっくり寝てて」
それに笑顔で返しながらベッドに横になるよう促した。
「……捺くん、ごめんね」
――なにがごめんなのかが、わかんねー。
深い意味なんてないだろうし。
単に心配かけてごめんって意味なんだろうけど。
平気だよ、って言葉のかわりに笑顔のまま首を振った。
それから実優ちゃんにちゃんと寝てるようにって言って、目を閉じるのを見届けてから部屋を出た。
帰る準備を始める。
カバンに教科書や参考書やら突っ込んで、ちゃんと片付けてから玄関に向かった。
「……」
靴履いて、ドアノブに手をかける。
無意識にため息が出て外に出た。
「……雨かよ」
曇り空から雨が降ってきてた。
でもそんなにひどくない。
小雨だ。
駅まで走ってもたぶんたいして濡れないよな。
傘持ってきてないし、仕方なく雨の中走って帰った。
ともだちにシェアしよう!