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第5夜 第25話

 エンジ色のラインが入った上履きの女生徒。  エンジ色は一年生の印だ。  肩までの黒髪で、純粋そうな感じの女の子。  たまたま目があった。けど、俺はまた前見て歩いて。 「ま、待ってください、向井先輩っ」  そう声かけられて、立ち止まった。  え――俺?  止まった俺にその女の子が駆け寄ってくる。  俺より20センチくらいは身長が低そうな小柄なその子は顔を真っ赤にさせて俺を見上げてきた。 「あ、あの、お話があるんですけど、少しだけ時間取ってもらえませんか」  あー……。  それだけで用件がわかった。  ぶっちゃけ自分で言うのもなんだけど、モテるほうだから告白されるのもそんな珍しいことじゃねーし。 「お願いします!」  深く頭を下げてくるその子に「頭上げて」って言いながら和たちの方を見る。  俺と同じように数歩先で立ち止まっていた三人はじーっと俺のことガン見してる。  和はとっとと断われよオーラだして睨んでて、七香と羽純ちゃんは興味津津好奇心丸出しって感じだ。 「……先帰ってて」  基本的にちゃんと告白は聞いてあげて、断るようにしてる。  昔はその時の気分で受けてあげたりしてたけど、いまは優斗さんがいるし、あたりまえだけど断る。  七香が「えー」って顔だけじゃなく、不服そうに言ってくるから追い払うように手を振った。  どっちにしろ――なんか今日は七香たちと帰る気分じゃなかったし……。 「捺」 「……」  そんなに俺信用ねーのか、って感じだ。  俺に何か言いたげに声をかけた和に背を向けて、その子を見た。 「どこで話すの?」 「あ、あの……えと、じゃあ……こっちに」  しろどもどろに視線を泳がせて歩き出すその子に黙って着いてった。  緊張しまくってるその子が連れてきたのは中庭の一角。  人気がない校舎の死角になってるところだった。  まぁありがちだなーなんて思いながら、なんて断ろうかと悩むのは一瞬だ。 「あの、向井先輩っ」  顔を真っ赤にさせたその子はガチガチに強張った顔で俺を見つめてくる。 「私っ、一年の佐伯菜々って言いますっ」  ぐっと拳握り締めてそのまま佐伯さんは言ってきた。 「あの、私、向井先輩が好きですっ。付き合ってくださいっ」  告白って勇気いるよなぁ。  真っ赤に声震わせて一生懸命ってわかる。  好かれること自体は悪い気はしねー。  けど――。 「ごめん、俺付き合ってる人いるんだ。その人のことがすっげぇ好きだから、佐伯さんとは付き合えない」  真っ直ぐ言ってくれるからちゃんと断ってあげるのが俺の責任だと最近思うようになった。  前はすっげぇ適当だったな、って振り返って自分に呆れるし。  佐伯さんは固まって俺を見つめ続ける。 「……や…っぱり、いるんですね、彼女さん」  ……彼女ではないけど。 「ん」  頷く俺に佐伯さんは泣きそうになりながら唇を噛みしめてた。 「ごめんな。――じゃ」  じゃあ、って切りあげようとしたら、 「あの私、ずっと好きだったんですっ」  まだ――終わってなかったらしい。 「ありがと」  とりあえず礼を言ってみる。  早く切り上げるにこしたことはねーけど、適当にあしらっても可哀想だしな…。 「私、桜中なんです」 「……え。桜なの?」  俺と同じ中学でびっくりした。 「はい。中一で入学したときに向井先輩に一目ぼれして……」 「……」  冗談抜きで"ずっと"なんだ。 「高校一緒になりたくて頑張って勉強して追いかけてきたんです。……あ」  佐伯さんは慌てた様子で、ストーカーじゃないですっ、なんて首を振ってる。  その様子がおかしくてつい吹き出した。  もっと佐伯さんは顔を赤くして、俯く。 「高校入学してから、向井先輩見て、前よりずっとずっとカッコ良くなってたからきっと素敵な彼女さん居るんだろうなって思ったんです。でも、どうしても気持ち伝えたくって」  この子ってマジで……俺のこと好きなんだな。 「振られてショックだけど、でも彼女さんのこと好きってちゃんと言う先輩素敵です。で、でも、あの、すっごいわがままなお願いだと思うんですけど、でも、諦めきれない部分もあって」 「……」 「でもあきらめなきゃいけないし。で、でも、あのっ、あ、あ」 「……佐伯さん、ちょっと落ち着いて」  すっげぇ興奮してるっていうかパニクってる。 「ちゃんと最後まで話聞くからさ」  そう言うと、少しだけ落ち着いたみたいで小さく頷いた。 「……ちゃんと……諦めます。でも、もうずっと好きで……いたから、ちゃんと諦めるけど、その前に……ど、どうしても先輩との思い出がひとつだけでもいいから欲しくてっ」 「……思い出?」 「は、はいっ。すっごく図々しいお願いだとわかってるんです。でも、あのっ。私……明日、16歳の誕生日なんですっ。それで、それで……一時間でいいから会ってもらえませんか?」  泣きそうって言うか、目に涙溜めて俺を見つめてくる姿は健気で――なんか痛い。  そんな好きになってもらえるような奴じゃないのになって申し訳なくなるっていうか……。  優斗さんと付き合うときも、智紀さんともいろいろあったし、やっぱここ数カ月で恋愛に対する意識が昔と全然違うってことに気づかされる。  俺も……少しは成長してんのかな。  いやー……そりゃねーな。  成長してんなら――毎日イライラするわけねーか。 「私、大好きなケーキ屋さんがあって、そこで大好きなひとと一緒にケーキ食べるのが夢だったんです。1時間でいいんですっ。あの、明日、一緒にケーキ食べてもらえませんか? それでちゃんと諦めますから。お願いしますっ」  そして佐伯さんはもう一度「お願いしますっ!」って言って勢いよく深く頭を下げた。  バカみたいにひたむきで健気過ぎて、そんなに好きなのって聞きたくなる。 「……いいよ」  立場も状況も違うのに……、なんでだろ  ――必死すぎなところが、俺と同じだなって思って内心笑えて。  気づいたら、そう言ってた。

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