134 / 191

第5夜 第26話

「……え」  佐伯さんはポカンとして今度こそ動きを止めた。  たっぷり一分くらい動かなかったと思う。 「……い、いいんですか……!?」 「うん。でもまじでケーキ食うだけだから。デートとかじゃないよ。現地集合で。俺は恋人第一で、その人以外興味ないってちゃんと覚えてて。そんで、ちゃんとケーキ食い終わったら俺のこと諦めるってことも」 「は、はい、はい、約束しますっ」  ぎゅっとスカートを握りしめて、佐伯さんはぼろぼろ泣き出してしまった。 「ちょ、ちょっと。泣きやんでよ、明日会うんだろ?」 「す、すみません、うれ、しく……って」 「……あのちゃんと俺のこと諦めてね」 「は、はいぃ、だいじょーぶです。ケーキと一緒に消化しますぅ!!」 「……」  だいじょーぶかな、この子。  どうも天然っぽい佐伯さんはそれからしばらくぐずぐず泣いてた。  どうしようかなって思ったけどあんまり構ってもいけねーよな。  とりあえず明日の待ち合わせ時間と場所を泣きっぱなしの佐伯さんと決めて、別れた。  あー……断りはしたけど……、和にばれたら絶対怒るな……。  ――優斗さんは……話せばわかってくれそうだけど。  どっちにしろ、明日は会えないし。  優斗さんはもう会社行ったかな。  なんとなくスマホ取り出したら、途端にスマホが振動し始めた。  着信は優斗さんからだった。  ついさっき告白されたことと、明日会う約束をしたことが後ろめたい。  ちゃんと断りはしてるけど……。 「……もしもし」 『捺くん。いま大丈夫だった?』  いつもより長いコールのあと出た。  俺が出たことにホッとしたような柔らかい声に俺も緊張が緩む。 「うん、大丈夫。いま学校出るところ」 『そう。テストは問題なし?』 「……多分?」  疑問形で返す俺に微かに笑う声が聞こえてくる。 「優斗さんは? 仕事いまから?」 『そうだよ』 「あ……実優ちゃんは大丈夫だった?」 『ああ、ただの風邪みたいだよ。熱も昨日より下がってきてるから大丈夫』 「よかった」  ――日曜、少しくらいは会えるかなあ。  松原が空港に到着すんのは3時くらいだった気がする。  それからこっち戻ってきて……。  日曜、泊まれないかな。  でも看病で疲れてるだろうしやめておいたほーがいいかな。 「捺くん、明日なんだけど」 「……明日?」 『うん。和くんと遊ぶんだったっけ』 「……あ……の」 『なに?』  別に――やましいことなんてないから言ってたほうがいいよな。 「明日なんだけどさ……」  言いかけたその時、電話越しにもう一つの声が聞こえてきた。 『ゆーにーちゃん』 『どうした、実優。……捺くん、ちょっと待ってくれる』  ……うん、って返事して二人の会話が聞こえてくる。  この前よりは元気になったっぽい実優ちゃんがなんか探してるらしい、そんな他愛ないやり取り。  ほんの少しの間なのに、やけに長く感じた。 『――ごめん。えっと、それで?』 「……あ、なんでもない。たいしたことじゃないから。優斗さんは?」  なんとなく、どうでもいいような気になった。  大したことじゃねーし……。 『あのね明日なんだけど遊び終わったら俺に連絡くれないかな』 「なんで?」 『明日泊りにこないかなと思って』 「……え、と、実優ちゃんいるんだよね」 『ああ、それは……』  そうだった、と思い出したように続ける優斗さん。 『昨日言いそびれたんだけど、晄人が予定を一日早めて明日帰国するんだよ。だから夕方には実優を送っていくから夜は俺しかいないよ?』  それは思っても見なかったことだったから、とっさに反応がでなかった。 『捺くん?』  なんだ松原明日帰ってくるんだ。  実優ちゃん明日帰っていくんだ。  って、ホッとする。  けど、佐伯さんとの約束思い出して後ろめたさが少し増した。 「……そうなんだ」  昨日電話で優斗さんに土曜日のことを先回りして予定があるっていったのは俺だ。  それに確かに優斗さんは昨日なにか言いかけてたっけ。 「……明日は泊れるかわかんねーけど……終わったら電話するね」  佐伯さんとの約束はほんの1時間で済む。  でも和と遊ぶって言ってあるし……実優ちゃんが夕方くらいに帰るからってそれ待ってのこのこ会いに行く俺ってどうなんだとも思えるし。  それに――佐伯さんを振った足で優斗さんとこに行くのも少し悪いような気がするし。 『待ってるよ』  頭ん中がうまくまとまらなくて歯切れ悪い返事しかできなかった。  それに答える優斗さんの声はやっぱ優しくて――俺はいったいなにをぐるぐる考えちまってるんだろうって、思う。 「……ん」 『じゃあ仕事行ってくるね』 「行ってらっしゃい」  そうして電話が切れて、立ち止まってスマホを眺める。  ぐだぐだ考えたところで明日、結局俺は優斗さんのところに行くんだろうな。  一瞬モヤモヤ忘れて、また思い出して、そして忘れて。  んな、くだんねーことの繰り返し。  "わかってる"から"しょーがない"。  いつになったらモヤモヤしなくのかなー……。  きっと明日もなにも変わらねー。    そう、思ってた――。

ともだちにシェアしよう!