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第5夜 第27話
次の日、佐伯さんとの待ち合わせは二時だった。
「きょ、今日は、お越しくださいましてありがとうございますっ!!!」
佐伯さんの大好きなケーキ屋さんのある最寄り駅で待ち合わせ。
俺が来るなり佐伯さんは頭を下げて裏返った声で叫んだ。
「……いや、いいよ。頭上げて」
やっぱりちょっと変わった子だなー。
まわりを歩く人たちからの視線を感じて、ずっと頭下げたままの佐伯さんに顔を上げてもらった。
「じゃ、行こうか」
昨日告白してきたときと同じ顔真っ赤にさせて緊張してますオーラを出しっぱなしの佐伯さんを促してケーキ屋に向かった。
甘いものはそんなに嫌いじゃないし、どういうところかなーって思いながら歩いてく。
「あ、あそこです」
見えてきたのは白い外観の可愛い店だった。
テラス席もあるし、プランターとかたくさん飾ってあって清潔感に溢れてる。
土曜の午後だからか、イートインスペースは結構席が埋まってた。
「先輩っ、どれにします?!」
ショーケースの中にはカラフルでいろんなデザインしたケーキがずらーって並んでる。
この店は事前に注文して席につくらしい。
「んー……」
ケーキの種類に特にこだわりはない。
だから逆に目移りしまくる。
フロマージュ、うまそう。
フルーツタルトも……。
あ、モンブランだ。
優斗さんモンブランは好きだったよな。
買っていこうかな……。
「あ、違……」
「え? どうかしました!?」
俺の呟きに佐伯さんが焦ったようにおろおろしだすから、慌てて首を振って「なんでもない」って笑って誤魔化した。
……買って行こうかな、じゃねーよ。
はっきり行くとも言ってないのに馬鹿じゃねーんだろ。
つーか……気にせず買って行けばいいだけなんだろうけど。
「先輩、決まりました?」
ぐだぐだ考えてたら佐伯さんが怖々って感じで俺を見上げてきた。
「……えーっと、んじゃ、俺はフルーツタルトにする」
「はい! 美味しいんですよ、ここのタルト!」
「佐伯さんは、決まったの?」
「はいっ、私はアフタヌーンプレートですっ」
「……ふーん」
よくわかんなかったからとりあえず相槌打って、注文した。
天気がよかったからテラスに出て食べることにした。
席に着いてとりあえず水飲む。
佐伯さんはずーっと緊張してるみたいで俺の方をちらちら見てはうつむいたり顔を赤くしてた。
単純に可愛いなぁとは思う。
イイ子だよなぁ、とも思う。
昔だったらきっともっと簡単に付き合ったり、褒めてあげたりしてたよな。
でも今は全然なんにも感じない。
正直――いま優斗さんなにしてんだろ。
て、そんなことばっか考えてる。
それって佐伯さんにも失礼だよな。
いまはちゃんと佐伯さん見てあげなきゃだよな……。
「お待たせしました」
ぼうっとしてる間にテーブルにケーキが運ばれてきた。
俺が頼んでいたタルトとジュースのセット。
それに佐伯さんの頼んだ……。
「……なに、これ?」
「アフタヌーンプレートです!!」
呆気にとられた俺に佐伯さんは満面の笑顔で答える。
「……そ、そっか。ボリュームたっぷりだね」
「はいっ!!」
三枚皿が縦に並べられてる、初めて見る容器に、一皿づつケーキとかスコーンとかサンドイッチとか焼き菓子が盛りつけられてた。
……これって一人分なのか?
疑問すぎる。
思わずじーっと三段になってる皿見てたら、
「いただきます!」
ってケーキを前に緊張解けてんのか佐伯さんが手を合わせてフォークを取った。
「あ、ちょっと待って!」
いまにもフォーク突き刺そうってしたところで止める。
「はい?」
不思議そうに首を傾げる佐伯さんを見て、できるだけの笑顔。
「誕生日、おめでとう」
プレゼントを渡すことはしてあげれねーし。
だから言葉だけど伝えたら佐伯さんはあっというまに涙を浮かべて泣き出してしまった。
「ほらー、もう泣かないでケーキ食べよ。な?」
鼻すすりながら泣きじゃくる佐伯さん。
めっちゃくちゃ周りからの視線が痛い。
恥ずかしいけど、でも佐伯さんの素直なところがうらやましーな。
ハンカチなんて持ってねーからナプキン取って渡してあげたらすごい勢いで鼻かみながら涙を拭いてた。
……やっぱ天然ちゃんだよな、きっと。
そのあと少しして泣きながら佐伯さんはケーキを食べだした。
甘いもので気分が落ち着いてきたのか三個目のケーキを食べるころには涙は止まっていてホッとした。
しかし、よく食うな。
俺はまだタルト半分くらい。
「……ほんと夢……みたい……です……っ」
佐伯さんは泣いてはいないけど興奮してんのか、口にケーキ入れ過ぎてんのか言葉を詰まらせながら顔を赤くしてる。
「……そう?」
そんな好きになられるようなことしたかな。
「……俺と佐伯さんって喋ったことある? ひとめぼれーとかってやつ?」
中学が一緒だったんなら、そういうのもありそうかな。
そう思ってたらちょっとだけ佐伯さんは寂しそうに目をしばたたかせた。
「覚えてないですよね。2回くらい喋ったことあるんです」
「え!? まじで?!」
「はい。桜中で先輩、修悟って友達いませんでした?」
「……シューゴ?」
いるもなにもわりと仲が良かった奴だ。
え、まさか……。
「もしかして兄妹……とかじゃないよね」
そうだったらあいつんち遊びによく行ってたから会ったことあったかも。
そういや妹いたような。
「違います」
きょとんとした佐伯さんに否定されて、「……あ、そう」って脱力。
「ハトコです」
「……ふーん」
ハトコってなんだっけ……。
「うちシュウちゃんちの近くで、シュウちゃんの妹の美玖ちゃんと仲良くてたまに遊びに行ってたんです。そこで先輩に会ったことがあって」
「へー」
あいつんちで会ったっていうのは当たってたわけだ。
俺の勘もたまにはあたるなー、なんてタルトを口に運んでいく。
「初めて私が先輩と会ったの私が小6だったんですけど、先輩すっごくカッコよくって! 私に"中学入ったら付き合ってあげる"って言ってくれて」
「……」
なに言ってんだ、昔の俺!?
佐伯さんが小6ってことは俺は中2だろ。
馬鹿じゃねーの、俺。もうほんとまじでヤダ。
たしか中2って脱童貞して年上のおねーさんと付き合ってたころだよな……。
バカすぎる……。
「私、すっごく楽しみに中学に入ったんですけど、先輩すっごく人気で、私なんかが近づけるような人じゃなかったし。彼女さんもいっぱいいたし」
「……」
中学の時の俺を絞め殺してやりたい。
ていうか、こんな話ぜったい優斗さんには聞かせられないな……。
昔のことだけどアホすぎる自分に心底ため息が出た。
「正直ちょっと軽いなーって思いはしてたんですけど」
「……」
「先輩って明るいし、誰とも打ち解けられるから、羨ましいっていうのもあって、やっぱりかっこいいし、目が離せなくって。結局好きなんだなーって、先輩が卒業してから改めて思って、いまの高校まで追いかけてきちゃったんです」
アップルティーを一飲みした佐伯さんは緊張がほぐれて来たのか昔を懐かしむような笑顔を浮かべていた。
「でも、私びっくりしちゃいました」
「なにが?」
きっと昔と全然変わってねーとかだろうな。
俺って進歩ねーもんなぁ。
「先輩がもっともっとすっごくカッコ良くなってたから!」
ぐっとフォークを握りしめて、前のめりになって佐伯さんが力強く言う。
「そ、そう?」
「はい! だって中学のころは無邪気で小悪魔って感じでかっこよかったのに、なんかすっごくすっごく雰囲気が優しくなってて、大人っぽくなってて、びっくりしたんです!」
「……そりゃ高校生にもなればそれなりに大人っぽくなるんじゃねーの?」
「違うんです! そうじゃなくって、なんか、違うんです! だから私きっと年上の素敵な彼女さんが出来たんじゃないかな、って思って!」
思わず飲んでたジュースを吹きそうになった。
天然だけど、何気に観察眼があんのか?
年上で素敵っていうのはあってるよなー、って優斗さんのことを考える。
「ああー!!!」
そしたらいきなり叫んで佐伯さんが俺のこと指さす。
「な、なに」
「いま彼女さんのこと考えたでしょ!?」
「え……」
「だってすっごーく、優しい顔したんです。わかります私! 恋しちゃってる顔です」
「……」
佐伯さんってすげぇ声が大きいんだけど。
まわりの席のお客さんからクスクス笑い声が聞こえてきて恥ずかしくて少し俯いた。
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