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第5夜 第30話
俺の居るところから優斗さんのとこまで距離は結構ある。
間には横断歩道もあるし、車だって通ってるし、人通りも多いし。
だけど、間違いなく目があった。
「……」
――どーしよう。
とっさに背を向けて、深呼吸する。
そんでまた優斗さんのほうを見た。
見間違いだったらって思ったけど、やっぱり……優斗さんだ。
遠目だけどわかる、優斗さんは笑って軽く手を振ってきて、俺も手を振った。
……それにしても、どうしよう。
絶対佐伯さんと一緒にいたのは見られたよな。
いや、ていうか……。
さ、佐伯さん!!!!
最後の最後にまさかなことをやらかしてくれた佐伯さんをちょっとだけ恨めしくその場に立ちつくしてたらスマホが鳴りだした。
取り出してみると着信は優斗さんから。
優斗さんの方にまた視線を向けると、スマホを耳にあててる。
俺もあわてて出た。
「も、もしもし」
『捺くん、だよね?』
「う、うん」
『まさかこんなとこで会うなんて思わなかったな。すごい偶然だね』
聞こえてくる声はいつもと変わらなく聞こえてくる。
多分笑顔を浮かべて、喋ってる、そんな感じだ。
「……ん」
優斗さんはどうしてここに、って聞こうとした。
けどそれより先に優斗さんが切りだす。
『もう今日の予定は終わった?』
「へ……、あ、……うん」
『どうする?』
「……え?」
それが意味深に聞こえて、なんて返事すればいいのか躊躇った。
『そっちまで車回そうか?』
いまから会うかどうか聞かれたのかと思った。
けどそれは違ってて、単に優斗さんは俺が来るか来た方がいいのかを聞いた――だけだ、たぶん。
「あ……っと、俺が行く。ちょっと待ってて」
『了解』
そして電話は切れて、俺は走って優斗さんのところに向かった。
優斗さんは車のところに移動してて、俺もそこへ行く。
「優斗さん!」
車体にもたれかかって煙草を吸っていた優斗さんは俺を見ると微笑を浮かべる。
「久しぶり、捺くん」
会ってないのはほんの2日程度だけど、なんだか本当に久しぶりって感じがする。
「うん、久しぶり」
優斗さんが目の前にいるってだけでテンションがあがる。
単純だけどすっげぇニヤニヤしてるはずだ。
「行こうか?」
優斗さんが言って、俺たちは車に乗り込んだ。
シンプルな黒の車用灰皿に煙草を置いてエンジンをかけながら優斗さんがちらっと俺を見る。
「ちょうど実優を送っていった帰りで、コンビニに寄ってたんだ」
「そ、そうなんだ。……松原もう帰ってきたの?」
「5時くらいかな、帰って来たよ」
「実優ちゃんの具合は?」
「もうだいぶ落ち着いてるよ。まだ少し熱はあるけど、本人もだいぶ元気になってるから大丈夫じゃないかな」
「そっか……。よかった」
車はゆっくり動きだして、本通りに出ると流れに乗って少し速度を上げていく。
佐伯さんのこと、ちゃんと説明しておかなきゃだよな。
そう思うけどなかなか自分から切り出すことができないヘタレな俺。
しばらく沈黙が落ちて優斗さんが訊いてきた。
「捺くんは?」
「え?」
「今日は和くんと遊ぶとか言ってたけど。さっきの子も一緒に遊んでたの?」
「……あー……えーと」
なんて説明すりゃいいんだろ。
そのまんま言えばいいに決まってんだけど、今日佐伯さんと会うことを黙っていたってことを優斗さんはどう思うんだろって考えるとなかなか言い出せない。
でも、言わなきゃだよ、な。
前を見て運転している優斗さんの横顔はいつもと同じだ。
怒ってるとか不機嫌とかそんな感じは全然ない。
「……実は、和は今日無理そうっぽかったから遊んでなくって。それで、さっきの子は……」
優斗さんの様子をうかがいながら佐伯さんのことを説明していった。
昨日告白されたことや、今日が誕生日だってこと。
もちろんまずちゃんと告白は断ったってことは言って、途中でも何回も繰り返した。
「同中で、俺の友達のハトコだったから話弾んで、ちょっと長くいたけど、でもそれだけで。ちゃんと振ってるし。佐伯さんも諦めるって言ってたし」
最後の頬っぺたチューのことには触れずに、同じことを言い続けたような気がする。
「すっげぇイイ子だったけど、俺が好きなのは優斗さんだけだし。別にわざと黙ってたわけじゃなくて、なんとなく言いそびれて。でもほんとちゃんと言わなかったこと反省してる! それにあのほんとマジで佐伯さんとはケーキ食ってちょっと買い物に付き合っただけだから。だから……」
「捺くん」
テンパって言い訳を捲し立ててる俺に、赤信号で停車してハンドルから俺の頭に手を伸ばして、弄るように触れてくる優斗さん。
俺の名前を呼ぶ声は、やっぱりいつもと変わらない。
「大丈夫だよ」
「……」
「そんなに焦らなくてもいいよ。理由はわかったし、大丈夫だから」
俺を見つめる目はいつもと変わらない優しいものだ。
「捺くんが俺のこと大好きって知ってるしね」
からかうように笑う優斗さんに、大きく頷いた。
「うん、俺、ほんと優斗さんだけだから!!」
俺にとっての特別は――優斗さんだけ、だ。
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