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第5夜 第42話

「それって」 「……優斗さんの両親のこととか」 「ゆーにーちゃん……の」  実優ちゃんにとっては母親の……生い立ちのこと、だ。  目を見開いた実優ちゃんは呆然としてて――俺なんかがそんな大事なこと聞いてしまったことを申し訳なく思った。  シンとして、しばらくしてから実優ちゃんはコンロの火を止めた。 「……それって……ママとゆーにーちゃんの……両親がいなくなってるってこと……だよね」 「……ん」 「全部、聞いたの? その……居なくなったときのこととか」  実優ちゃんはフライパンに視線を落としてて、言いにくそうに訊いてくる。 「……うん、ごめん。施設にいたこととかも……聞いた」 「……」  ぼうっとした様子の実優ちゃんはぽつり、呟く。 「そっか……ゆーにーちゃん、捺くんに話したんだね。そっか……ゆーにーちゃんってばほんと」  横顔が少し緩んで苦笑を浮かべる。  でもどことなくそれが嬉しそうにも見えて、不思議に思う。 「それで、どう思った?」  よくわかんねー実優ちゃんの表情に気を取られてたら、こっちを見た実優ちゃんと目が合って、一気に戸惑った。  どう、って言われても一言じゃ返せない、自分でも収拾つかない感情がいろいろある。  思わず視線を下げると、 「……引いちゃった? 嫌いになった?」 って言われて、勢いよく顔を上げて首を振った。 「そんなん、あるわけない! だって優斗さんなにも悪いことしてねーし! 俺は、ただっ」  つい声を荒げてしまってハッと我に返る。  気まずさに俯いて唇を噛みしめた。 「……ね、捺くん。向こう行って話そうか。なにか飲む?」 「……いや……いい」  じゃあ私はジュース飲もうかな、ってオレンジジュースをついで実優ちゃんはソファのほうへと歩いていく。  ちょうど一週間前と似たようなシチュエーションに気遅れしながら俺も向かった。  この前と違うのは俺が優斗さんが座ってた一人掛けのソファに座ってるってこと。  ちらっと見た実優ちゃんは特に暗そうな表情ってわけでもないように思える。  でもなんか考えてるような感じで、俺からはなにも切り出せなかった。 「ゆーにーちゃんの話、重かったでしょ?」  ジュースを飲みながら眉を下げて少し笑う実優ちゃん。 「困るよね、いきなり話されても」  確かに優斗さんの話はガキの俺にはすっげぇ重くて、きつい。  けど――。 「困って……はない。優斗さんの過去聞いて、困ったりはしてない。ただ……」  また、"ただ"で、止まっちまう。 「……ただ?」  どうしたの、って訊いてくる実優ちゃんの声はなんか響きが優斗さんと似て優しくて胸が詰まった。  はっきりと言えない、自分でもまとまらない想い。  それを実優ちゃんに吐き出していいのかって躊躇う。  だけど優斗さんを一番知ってるのは実優ちゃんで……、実優ちゃんなら俺がどうしたらいいか知ってるんじゃねーかな、なんてすっげぇ都合のいい期待をしてしまってる部分もあった。 「なんでも言っちゃいなよ、捺くん。私でよかったら話聞くよ? だって」  実優ちゃんは優斗さんの唯一の家族だから。  だから――。 「だって、私と捺くんは友達でしょ?」  ぽんと胸を叩いて笑う実優ちゃんに、一瞬呆けた。 「……」 「あれ? 違った?」 「う、ううん。違わない!」  違わない。  一年の後半に実優ちゃんが転校してきていろいろあったけど、優斗さんと知り合う前に実優ちゃんは俺にとっても大事な子で。 「よかった。あとーそれとゆーにーちゃんの姪っこだから、私でも役に立つかもしれない! ね?」  屈託のない笑顔に少しだけ気が緩んだ。  なにを言いたいのかもわかんねーのに、喉のあたりで声が固まってて外に出たがってる。  実優ちゃんは急かすこともなくって黙って俺が話出すのを待ってた。  どう言おうか悩んで、しばらくしてようやく声を絞り出した。 「俺は……別に……困ったとか引いたとかそんなんは全然ない……」  優斗さんの過去を聞いてまじでびっくりしたけど、だけど引いたりするわけない。 「ただ……」  だけど結局また口は動かなくなって頭をガシガシかきむしった。  じっと黙ってた実優ちゃんが心配そうに俺を見つめる。 「捺くん、全部言ってみたら? なんでもいいから言ってみたら、楽になるかもしれないよ? ただ、どうしたの?」 「……」  言葉にしようとすると胸がつかえて、苦しい。 「ほんとに……困ったとかはなくて、ただ……きつくて、辛くて」  話を聞いたとき、その重さになにをどう考えればいいのかわかんなくなった。  でも、でもさ。 「だって、なんで優斗さんいつも優しいのに、笑顔なのに、なんで、あんなっ。親に捨てられたとか……」  一旦喋り出すと、自分でもわかんねーままに言葉が落ちてく。 「そんなん、許せねーよ…。なんで優斗さんがそんな目に合わなきゃいけないんだよ。だって、優斗さん……にそんなのに似合わねーもん。そんなのねーよって……すっげぇ悔しくて苦しくて。……それなのに、俺なんてガキでなんも言ってやれないし、してやれないし。せっかく優斗さんが俺に話してくれたのに黙ってることしかできなかったし。バカだから……そんな……優斗さんの両親のこととかなんも気にしないで……、いたし」  俺なんかが想像もつかないような苦しいことを経験してきたってことを気づきもしないで、俺は自分のことばっかりで。  俺なんかが苦しくなったってしょうがないのに。  優斗さんが抱えてた苦しみを考えると、どうしようもなく哀しくなる、いたたまれなくなる。 「俺みたいなガキが……優斗さんのそばにいていいのかなとか……。なにも……してあげられねーから」  きっと意味わかんねーと思う。  優斗さんのことを想って感情が昂ぶって、言いはしたけど、ごちゃごちゃした感情のほんの一部だ。  でも残りは言葉にもならないようなぐだぐだしたものばっかり。

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