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第5夜 第43話

「……別になにもしてあげなくてもいいんじゃないかな。ゆーにーちゃんも捺くんになにかしてほしくて言ったんじゃないと思うよ?」  ぽつり実優ちゃんが呟いた。  見るとグラスの中の氷をストローでゆっくりかき混ぜて、それを眺めて、そして俺を見る。 「……かもしれない……けど…」 「じゃあ捺くんはゆーにーちゃんと離れるの?」 「まさか!」 「だよね?」  ホッとしたように実優ちゃんが微笑んで、俺は気まずさに視線を伏せた。  矛盾、ばっかりだ。  俺でいいのかな、とか俺がいていいのかな、とか考えるけどだからって離れる気なんてない。  でもなにもしてやれない自分に苛立たしさを感じるのもほんとで。  だから結局いつもどうすればいいのかますますわかんなくなっていく一方。 「捺くん、ゆーにーちゃんのこと好き?」 「……え?」  不意にかけられた質問に驚いたけど、素直に頷く。  実優ちゃんは目を細めて――。 「私も、ゆーにーちゃんのこと大好きだよ。愛してる」  って、言った。  ――思わず目を見開いた。  そりゃ叔父だし、家族だし。  だからそういう意味でなんだろうけど、正直ドキッとした。 「ゆーにーちゃんも私のこと、愛してるって思ってる」  ズキって、心臓が痛む。  前まであった嫉妬、とは少し違う。  いまは実優ちゃんが言うことが真実だって思えるくらい、嫉妬なんてできねーくらい……ふたりの絆が確かなものだって知ってるから。 「もちろん家族としてだよ?」 「……ん」 「でも、たとえそうだとしても捺くんはそういうの平気? いやじゃない?」 「……いやとかそういうのはないよ」  実際俺は二人の絆に適わないってわかってるから。 「そっかぁ。それは受け入れて……なのかな? ……私は捺くんに一歩退いてじゃなくって、もっともーっと――ゆーにーちゃんのこと大好きになって愛してほしいなー」  大きく手を広げていっぱいいっぱい、って実優ちゃんは笑う。 「私が異性として好きで愛してるのは先生。一緒に幸せになりたいのは先生だけだよ。ゆーにーちゃんにはゆーにーちゃんの愛するひとと一緒に誰よりも幸せになってほしいって願ってる」  優しい笑顔でそう言ってジュースを飲みながら、「なんだか説明するのって難しいね」って少し苦笑した。  俺は首を振ってぎゅっと拳を握りしめた。 「ゆーにーちゃんは私に過保護ってさっき言ったでしょ?」 「……うん」 「それは私のパパとママが亡くなったことが原因だけど。捺くんそのこと訊いた?」  実優ちゃんの両親が事故で亡くなったってことは前から知ってた。  この前優斗さんは俺に話た内容にその事故については特になにも言ってなかったから首を振る。 「……どうしようかなぁ」  実優ちゃんは俺の返事に迷うように視線を揺らした。 「あのね、捺くん」 「なに……?」 「いまでももうきついって思うけど、もう一個重いもの持ってもらってもいい?」 「……重い……もの?」 「そ。ゆーにーちゃんが私に過保護な理由」 「……」  実優ちゃんが残されたたったひとりの家族になったから、だから過保護になってたんじゃないのか?  戸惑って、なんて返せばいいのかわらかない。 「聞く?」  躊躇って、迷ったのは一瞬で、自然と頷いていた。  重いもの。  ドクドクと心臓の音が速くなる。  正直怖い、けど、ちゃんと知りたい。 「あのね、パパとママが事故で死んだとき私も一緒だったんだ」  少し笑って言う実優ちゃんが先週の優斗さんと――重なって見えた。 「……え?」  視界が暗転したみてーな、そんな感じ。  事故って、そういやなんの事故……だったっけ。 「夏休みでね。車で旅行に行ったの。ゆーにーちゃんは用事があって一日遅れて合流することになってて。 それで私とパパとママの乗った車がトラックと衝突して、パパとママは即死で。私は奇跡的に助かったんだ」 「……」 「助かったけど、大けがは負って。それで私目が覚めたの事故から一週間後だったの」 「……一週間」 「そ。その間にパパとママの葬儀も終わってた。全部ゆーにーちゃんがひとりでしたんだって」  足の先から指の先まで全部冷えていくような感覚がした。 「でも、よく覚えてないんだよね、そのころのこと。事故の直後はとにかく怖かった記憶しかなくって……。 いっつもヒステリー起こしてたみたい。結構長く入院もしたからそれで病院嫌いになっちゃって」  だから先週はごめんね、って実優ちゃんが謝る。  俺はただ首を横に振った。 「本当にあのころのことはぼやけててよく覚えてないんだ。私が"私"を取り戻したのは中学にあがってからかな。 入学式のときの桜がすっごく綺麗で、突然すっごく世界が明るくなったような気がする。それでそのとき私が桜綺麗だねって言ったとき……ゆーにーちゃんが泣きそうな顔で微笑んだこと今でも覚えてる」 「……」 「私は――事故のことやその頃のことを想うとすごく苦しい。どんな想いでゆーにーちゃんは私のそばにいたんだろうって思うと、いまでも泣きたくなる。たったひとりの姉を亡くして、義理の兄も亡くして、姪の私はおかしくなっちゃって。あのころ大学生だったゆーにーちゃんが社会人になって、きっとすっごく大変だったのにずっと私の面倒を見てくれたのを感謝してもしきれない」  ぽた――って、涙が落ちる。  ハッとして慌てて手の甲で拭った。

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