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わるい竜4

 オズオズと袋を開けるニンゲンを、竜はじっと見つめます。  中から出てきたのは一揃えの衣服でした。 「わっ……」  ニンゲンの発した小さな声に喜びの色が混じっていたことに、竜は満足しました。  あのとき、なぜニンゲンが泣いているのか、そして裸のまま震え続けているのか、竜には皆目見当がつきませんでした。 「なぜこいつはまだ震えているんだ?」  そんな竜の疑問に、動物たちが意見を出し合います。 「毛皮がなくなって寒くなったとか?」 「ニンゲンの体には体毛がほとんどないからなぁ」  見ればニンゲンの体には、頭髪以外に毛がほとんどありません。  唯一脇と股間に申し訳程度のパヤ毛が生えているだけ。腕も胸も、腹も足もツルッツルなのです。 「こんな体じゃ寒くても仕方ない」 「朝はまだ冷えるからな」 「ニンゲンってあまり寒いと死ぬんだっけ?」 「そういえば昔、真冬に薄い毛皮を着て山越えをしようとしたニンゲンが、寒さにやられて死んだっけなぁ」 「あー、あのときは思わぬご馳走が食べられたって、大喜びしたもんだ」 「じゃあこのニンゲンも……」  狼と狸の思い出話に、熊がゴクリと喉を鳴らします。  このままではこの小さなニンゲンが食べられてしまうかもしれない――謎の危機感を抱いた竜は、大声で梟の(おきな)と鸚鵡を呼びました。 「(ぬし)さま、お呼びですか?」 「毛皮以外にニンゲンを温める手段はないのか?」  夜のように獣たちに身を包ませて、万が一にも食べられてしまっては困ります。  だから毛皮以外に何かいい案がないか、翁に聞くことにしたのです。  できれば、服を着せるという選択肢以外があることを願いながら。 「だったら服を着せればいいんですよ」  答えたのは鸚鵡でした。 「オレっちが飼われていた家では、ニンゲンはみんな服を着てましたからねぇ。このニンゲンも服を着れば寒くなくなるんじゃないですか?」 「やはり服なのか……」  鸚鵡の言葉に、竜は苦い顔をしました。  それもそのはず。この山にはニンゲンは住んでいないため、服なんてものは存在しないからです。  実は竜には服を手に入れる手段がありました。  でも服と引き換えに、もれなく厄介事まで付いてくるので、なんとかほかの方法で服を入手できないものか悩みました。  うーむと考えあぐねいていたそのとき。 「あっ」と声を上げたのは狼でした。 「そういえば一月ほど前、山越えをしようとしたニンゲンがいたからペロッといただいたんですけど、そいつが持っていた袋の中に服が入っているかもしれません」  動物たちはこれまでの経験から、ニンゲンが持つ袋の中に、いろいろな道具が入っていることを知っていました。  特に山を越えようなどと考える者は、大体着替えを入れていると言うことも。 「袋の中には食える物なんて入ってないから、その場に放っておいたんですけどね。今から取ってきましょうか」 「あぁ、頼む」  竜の言葉に森の奥へと向かった狼は、あっという間に袋を加えて戻ってきました。  布にところどころこびりついた黒いシミは、元の持ち主の血でしょうか。  ニンゲンはそれを気にせず――もしかしたら気付いていないのかもしれませんが、何はともあれ怖々と袋を開けました。 「服だ……」  ニンゲンがポツリと呟きます。  しばらくの間、呆然と服を見つめていたニンゲンは、バッと竜を見上げました。 「着ても、いいんだべか?」  なぜか竜に尋ねます。  わざわざ聞かなくても、さっさと着ればいいのに。早くしないと病気になって死ぬぞ。死んだらあっという間にこいつらのエサだぞ。  そう考えただけで竜はなんだかイライラします。  顎を何度もクイクイッと動かして着るように促すと、ニンゲンはようやく服に袖を通しました。  少し……いえ、かなりブカブカですが、裸の状態を脱したのです。 ――これで食われる心配はなくなったな。  竜はようやく、ホッと息を吐いたのでした。

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