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ニンゲン5
袋の中の衣服を着ることにした浮浪者。
元の持ち主は浮浪者よりも立派な体格だったらしく、袖も裾もブカブカです。
ズボンなど、ベルトをしなければスルリと落ちてしまいます。
なんとか自分の体に合うよう調整をして、ようやく一息ついた浮浪者でしたが、これを着てしまって本当によかったのか、ハタと気付きました。
この荷物の持ち主が現れて、泥棒扱いされたらどうしよう……罵られ、暴力を振るわれたらどうしよう……袋の持ち主がすでに狼の血肉となったことを知らない浮浪者は、過去の経験を思い出して徐々に不安が募ります。
浮浪者はなんの理由もなく、村人たちから暴力を振るわれることが日常的にありました。
彼に罪科 があったわけではありません。
イライラしているとき、たまたまそこに浮浪者がいただけ。それだけで、村人は彼を叩きのめしたのです。
浮浪者に暴力を振るっても、誰も何も言わないし、咎める者もいない。だから村人にとって、浮浪者は都合のいい鬱憤晴らしの道具そのもの。
彼らにとってはほんの気晴らし、けれど浮浪者にとっては恐怖以外の何物でもありません。
――森まで追って来て、殴られたりしたら嫌だなぁ……。
眉がションモリ下がり、顔もどんどん俯いていきます。
そんな浮浪者の顔にいきなり、冷たい物がベロリと当たりました。
「うわっ!?」
なんとそれは、竜の舌でした。
竜は落ち込む浮浪者を慰めるように、何度もなんどもペロペロと舐め回します。
すわ味見!? と腰を抜かした浮浪者でしたが、竜は一向に彼を食べようとはしません。
慈しむような目が、浮浪者に注がれています。
――もしかして、慰めてくれてるんだべか?
そう考えた瞬間、今まで心の奥にこびりついていた竜に対する不安と恐怖が、綺麗さっぱりなくなりました。
――この竜、見た目は怖いけど優しいのかも……?
なんとなく……なんの根拠もありませんが、漠然とそんな思いが脳裏を過ります。
この竜ならば、これまで住んできた村の人間たちのように暴力を振るうこともないだろう……そんな確信的な予感がしたそのとき。
ググーーーッ。
浮浪者のお腹が大きな音を立てました。
考えてみれば前日の朝に小さなパンを食べたきり、浮浪者は何も口にしていなかったのです。
緊張が空腹を忘れさせていましたが、安心した途端にお腹が空いたのでしょう。
グググーーーーーッ。
小さな体からは想像できないほど大きな腹の音に、浮浪者の顔が真っ赤に染まります。
竜は一瞬ポカンとした顔をしながらも、最後にベロリと一舐めすると、翼をはためかせました。
突風が辺りに吹き荒れます。
「ひえっ!」
風が舞うごとに砂や小枝が浮浪者や動物たちに襲いかかります。
唯一むき出しの顔を両手で覆い隠している間に、竜はどこかへ飛び去って行きました。
後に残されたのは、浮浪者と動物たちだけ。
彼の背後には今、フシューフシューと呼気を荒げた熊が控えているのです。
竜のことは怖くなくなった浮浪者も、熊に対してはまだまだ恐怖心が募ります。
――竜さま、なんで行っちまったんだ!
半泣きになりながら竜の飛んで行った方を見上げていると、すぐにまた竜がこちらに向かって飛んでくるのが見えました。
「竜さま……!」
近付いてくる竜の姿にホッとしたのもつかの間。
浮浪者の近くに降りたった竜は、口にくわえていた物体を浮浪者の前に投げ捨てました。
それはとても立派な……けれど全身が血にまみれた牡鹿だったのです。
「ひぇぇぇぇぇっ!!」
未だ首からドクドクと血を吹き出している牡鹿に、腰を抜かす浮浪者。
そんな彼の様子に気付かない様子の竜は、小さな声で「クケェ」と鳴きました。浮浪者が竜を怖々見上げると、慈愛に満ちた眼差しが返ってきました。
「クケェ」
その声がまるで「さぁお食べ」と言っているように聞こえて……。
――え、一体どうやって?
死にたてほやほやの牡鹿を前に、浮浪者は途方に暮れるしかありません。
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