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わるい竜5

――なぜ食わん。  狩ってきたばかりの牡鹿を前に茫然としているニンゲンに、竜は首を傾げました。  ニンゲンに与えたのは、死んだばかりの新鮮なご馳走なのです。早く食べなければ、時間の経過とともにどんどん傷んでいくというのに……ただただ見ているばかりのニンゲンに、竜の苛立ちが募ります。 ――俺の用意したエサが食べられないというのか?  早く口にしろ、頼むから食ってくれ……焦燥感まで湧き上がり、苛々した竜の尾がビッタンビッタン地を叩きます。  その音に驚いたのか、ニンゲンがピャッと小さな悲鳴を上げました。そのうえまた体が小刻みに震え始めたではありませんか。 ――まいったな……。  どうしていいかわからなくなった竜に、鸚鵡が恐るおそる声をかけます。 「あの、主さま。ニンゲンは焼いた肉しか食べられなかった気がします」 「焼く?」 「火で炙るんです。オレっちがいた家のニンゲンはみんなそうやって食べてましたから」 「じゃあこの鹿を焼いてやれば、このニンゲンも俺の用意した肉を食ってくれるのか?」 「多分……きっと?」  なんとも頼りない返事でしたが、藁をも掴む思いでその言葉に従うことにしました。  とは言ってもここは獣や虫たちだけが住む森の中。 「どうやって火を用意するんで?」  鸚鵡の問いに竜は得意げな視線を投げかけると、大きく息を吸い込みました。  喉の奥に溜まっていく熱気。チリリと火花が生じて、口から炎が吐き出されました。  牡鹿目がけて吐き出される火柱。  その勢いのよさに、周囲にいた獣たちが一斉に逃げ惑います。もちろんニンゲンも。  目の前でいきなり高火力の炎が上がったのです。驚くなと言うほうが無理というもの。  竜に丸焼きにされた鹿は、あっという間に焼き上がり……むしろ焼かれすぎて全身が真っ黒焦げ。その体からはブスブスと音まで立つ始末。 「さぁ食え」  胸を張る竜でしたが、ニンゲンは大木の影に隠れてこちらを窺うばかり。一向に近寄って来ません。 「どうした? もう食っていいのだぞ」  もう一度声をかけましたが、やはり動こうとはしませんでした。 「おい鸚鵡、食わんではないか」  竜に睨まれ、鸚鵡は慌てて羽をバタつかせました。 「主さま、焼き過ぎなんですよ!」 「何っ?」 「オレっちの飼い主はもっとあっさり焼いた肉を食っていました。それに比べてこの肉ときたら! 見てください、焦げすぎて炭のようになってるじゃあないですか」  たしかに、辛うじて原型を保っているものの、元の色など皆無。どこからどう見ても黒一色の炭そのものです。 「炭を食うニンゲンを見たことがありませんから、きっとこのニンゲンも、これは食わないんじゃないんですかねぇ」 ――ニンゲンに何か食わせると言うのは、なかなか骨の折れるものなのだな……。  竜はガックリと肩を落としたのでした。

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