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わるい竜6
夢中になって鹿を食べるニンゲンを、竜は慈愛に満ちた眼差しで見つめました。
――しかしなぜ俺は、このニンゲンがこんなにも気になる……?
感情の起伏が少ない竜は生まれてこのかた、他者に対して特別な感情を持ったことがありませんでした。
自分以外の誰がどうなっても別に構わない。そんな態度を貫きとおしてきたのです。
そんな竜に対して、兄竜の嫁が「冷血漢の無神経鈍感男」などと罵ったこともありましたが、他人が自分をどんな目で見ているかなんて竜にとってはどうでもいいこと。
それが今はどうでしょう。
この小さなニンゲンのことが気になって仕方ないではありませんか。
だから寒ければ毛皮や服を、空腹時には甲斐甲斐しくエサまで用意する始末。
今までの竜 なら絶対にやらなかったであろう不可解な行動の数々に、思わず首を傾げます。
――でもまぁ、ニンゲンが喜んでいるからよしとするか。
顔を綻ばせながら肉を食うニンゲンを見ているだけで、胸が熱くなります。
だからよくわからない気持ちは頭の奥に追いやって、ただひたすらにニンゲンを見つめ続けたのでした。
やがて「けふぅ」と息を吐き、ニンゲンは袖口で口元を拭いました。
どうやら食事が終わったようです。
「もういいのか?」
肉はまだまだたくさんあります。
全部食べていいのに……そう思うのですが、ニンゲンには竜の言葉が通じません。
不思議そうな顔で竜を見つめ、再び「けふぅ」とゲップをしました。
本当にお腹がいっぱいになったのでしょう。
「主さま。残ったのはどうなさるんで?」
熊がソワソワしながら尋ねます。
ニンゲンのために竜が用意したものだとはわかっていても、こんないい匂いを前に食欲を抑えるなんて土台無理なこと。
熊だけでなく、狼も狸も同じこと。
残ったのなら食べたい! と顔にでっかく書いてあります。
そればかりではありません。どこからともなく猪や狐、果ては鼬 や鼠なども集まって、一同の動向と肉の行方を見守っているのです。
「そうだな……ニンゲンはこれ以上食わないようだ。後は好きにするがいい」
竜の言葉が終わらないうちに、肉食・雑食の動物たちが一斉に焼き牡鹿に集ります。
「うひゃあっ!!」
突然群がった動物たちに驚いたニンゲンは、慌てて木の陰に逃げて行きました。
――隠れるなら、俺の後ろでもよかろうに。
竜の機嫌がちょっぴり悪くなりました。
そんな木よりも自分の方が大きくて逞しく、どんな動物が来ても絶対に守れる自信があるのに……と不満たらたらです。
「あっ、そういえば主さま」
心の中でブチブチ文句を言っていた竜に向かって、狼が問いかけました。
「そのニンゲン、自分で排泄できるんですかね?」
「排泄?」
「見たところ随分小さい形 をしてますし、腹が減っても自分でエサを取りにいかないところを見ると、まだ赤ん坊だと思うんですよ」
狼がこれまで出会ったニンゲンは皆、屈強な大人の男ばかり。
ニンゲンも年齢的には一応立派な大人なのですが、幼いころからの栄養不足がたたって身長はほんの子ども程度。
こんな小さなニンゲンを見たことのない狼は、彼が赤子ではないのかと考えたのです。
「生まれたばかりの赤子は、自分で排泄できませんからね。親が肛門や陰茎を舐めて刺激して、排泄を促すんですよ」
そういえば昨日から、ニンゲンは一度も排泄していません。
竜は嫌な予感がしました。
「排泄できないとどうなる」
「病気になって、最悪死にます」
「それはいかん!」
ニンゲンが病気になるなど、絶対にだめだ!!
竜はカッと目を見開いて、未だ木の陰に隠れるニンゲンの前へと躍り出ました。
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