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第一章~星明かりの街(した)で/第五節 広がる出逢い~
――チチチチ。チュン。
――チュンチュカ、チュン。チュン。
――チュチュチュ。
朝の陽の光が差し込む窓の向こうで、小鳥たちが楽しそうにいちゃつく声が聞こえてきて、聖夜 と架也 は目を覚ました。
隣には、髪を束ねていない千巻 がまだぐっすりと眠っている。
少し垂れ目気味の、やさしい雰囲気の切れ長の瞳の彼は、肩幅が広くて背が高いだけの、本当は女性ではないのかと思ってしまう美しさがあった。――何と言うか、大人の女性の魅力のようなものが醸し出されるような、端正な顔立ちをいつまでも保ち続けて崩さない、女性のマネキン人形を彷彿させる魅力で満ちあふれていた。
――千巻、お母さんよりもキレイだねよえ。
――はい、とっても綺麗です。ずっと見ていたくなります。
二人は、千巻を起こさないように起き上がり、そっと彼の唇に口づけをすると、洗面所に向かった。
顔を洗い終えると、鏡には、千巻よりも色白の肌で、白銀色で前髪が少し長めのショートヘアに、濡れたような憂いを持つ長い睫毛の、聡明にもおだやかそうにも見える瞳の青年が映っている。
「架也兄さんもとってもキレイだと思うよ。千巻さんと一緒にならんでも、美男美男のカップルだと思うよ」
「あ、ありがとうございます。聖夜だって、双子なのですから、同じ顔をしているのですよ?」
「僕は、あどけなさの残る顔になって、ソウメイそうな感じがきえちゃうって、千巻さんが言っていたから、たぶん少しちがうんじゃないかな」
「何と! そうなのですね。私たちは、鏡にはそれぞれの顔、姿しか見ることができないので、気付きませんでした。聖夜は確かに可愛い顔立ちではありますが......」
「今度、絵にかいてあげるね。ちゅっ」
「あわわ。不意打ちのチューはドキドキします」
そっと唇に触れて、顔を赤らめて架也がもじもじしていると、そこへ千巻がやって来て、
「朝の口づけはペニスちゃんでっていつも言っているでしょう~が」
と、後ろから大きな手で抱きしめてきたかと思うと、すぐさま股間をまさぐってきた。
「ち、千巻さんぐっすりお眠りになられていたから」
「あ、ダメダメ。これから僕たち、おしっこをしにトイレに行くから、そんなにさわったらもれちゃうよ」
「え、漏れちゃうの? 見てみたいかも! 俺の指さばきのおかげで可愛い二人が大事にしている『おちんちん』からおしっこを服越しに漏らして恥ずかしそうにする姿とか、想像するだけで興奮しちゃうじゃないのお」
――架也兄さあん、このひとやっぱり変質者だよう。
――た、耐えるのです。今に始まったことではないので......。
その後、千巻は、パジャマのズボンだけでなく下着にも手を入れてきて、直接局部をまさぐり始めた。そして、自分の股間を突くように腰を振って動き出した。
「テクニシャン千巻様」の指による滑らかな扱き方は、どんどん二人の局部を大きくしていった。
「うわう。出そう! 出そうだけど、僕はどっちを出したらいいの?」
「千巻さん、ストップ、ストップ! これ以上はもうダメです、それにやっぱりおもらしは、十八歳でするのは恥ずかしいですぅ」
「ええっ、や~だ。最後までしっかりやり切りたい~」
「いやいやいや、おもらしはやり切るものでは......ああっ! それは反則ですう!」
千巻は、初めて逢った日のように、ズボン越しに局部を舐め始めて、温かい舌で刺激してきて――たまらくなった二人は足をがくがく震わせて、彼の頭を両手でおさえながら、じょばーと、黄色い液体でズボンをぼとぼとに濡らしてしまった。
「は、恥ずかしいですう!」
架也は、すぐさま千巻から離れて、両手で股間を覆うように隠した。
「だ~め。ちゃんとよく見せてよ~」
「あ、だ、ダメですう~」
千巻が慌てる架也の手をサッと開いて、顔を再び近づけてくる。
二人の股間は、千巻の唾液と、自分たちの尿で、ズボンがぴったりとなり、形がくっきりとわかるようだった。
「ステキすぎる......!」
「ひぇ、千巻さんのへんたあ~いっ! くすん。恥ずかしいですぅ。好きなかたから、朝から辱められた上に、良い歳してしっかりおもらしだなんて! 我慢できずにそれをそのかたに見られただなんて! ふえ......」
「え、今、好きなひとって言った?」
「し、知らないかたに辱められて、それを大好きな千巻さんに見られる屈辱感よりかは百倍良いのですが、恥ずかし過ぎるんですってば!!」
「『大好き』!!.......うれしい! 架也ちゃ~ん、俺も大好きだよ~!」
千巻は、架也に思い切り抱き付いてきた。
「え? うわあ、そんなにくっついたら、おしっこで千巻さんのパジャマが濡れますよ~っ」
「大丈夫、俺も架也ちゃんの上でおもらししたら、判らなくなるからさ」
「ちょ、トイレにちゃんと行ってください~っ!」
――二人に覆いかぶさると、千巻は本当にやってくれた ので、ズボンは局部が透けて見えそうになった。
「じゃあ、シャワー浴びて、朝ごはんにするかねえ」
「うう、恥ずかしいです!」
ふいに聖夜がやって来て、
「ねーねー、千巻さん。僕も千巻さんのことだいすきだからね~」
と、しっかりアピールを始めた。
「うんうん、俺も聖夜ちゃんも大好きよ~、ちゅ」
彼もそれにちゃんと返事を行動と共に返してくれる。
「やったあ。千巻さんからのチューもらっちゃった~」
――ふふっ。内容は困ったものではありますが、こんなにも楽しく賑やかな朝が私たちに訪れるとは、夢を見ているのでしょうか?
架也は、濡れて冷たくなった股間を苦笑まじりに眺めながらも、目の前のしあわせをかみしめていた。
★
キッチンから、千巻の焼いてくれている、ベーコンの焼ける良い香りがただよってくる。
聖夜と架也は、テーブルのお皿に、洗ったレタス、プチトマトを盛り付けているところだ。
今日の朝ご飯は、ベーコンのサラダと、牛乳で食べるシリアルである。
「ねえ、架也兄さん」
「何でしょう、聖夜」
「今日のベーコン、『ふーふープレイ』してくると思う?」
「千巻さんのことですから、確実にありそうな予感がしますね」
「ふーふープレイ」とは、先日の歓迎会の焼肉の際に、「熱いから覚ましてあげようねえ」と、千巻がふーふーしてくれたことなのだが、ふーふーする度に、局所も撫で回してくるので、食べることに集中ができなかったのだ。
「僕、あじわうけどパッとたべて、早くお出かけしたい」
「私もです。またシャワーは朝からは疲れてしまいますからね」
「どうしたら良いんだろうね?」
「そうだ! 私に良い考えがありますよ」
「なになに?」
「サンチュで包んでお肉を食べたように、レタスでベーコンを持って、温度を下げながら食べるのです。そうすれば、千巻さんの『ふーふー』が入ってくる隙は生まれないでしょう」
「なあるほど、それだ!」
「なあにが、それだなんだ?」
二人が名案を思い付いたその時だった。焼き終わりのベーコンを持って、千巻が笑顔で後ろに立っていたのである。
「ひぇっ、千巻さん.....!」
「なななな、何でもないよ~?」
――ど、どこまで聞かれていたんだろう?
――わわわ、わかりませ~んっ。
何だか罪悪感を感じて、二人は彼を直視できそうになかった。
「何やってんだ、ほら、朝ごはん食べよう。冷めちゃうぞお」
笑顔で怒っているのかとドキドキしていたが、普通に明るい声にホッとして、そっと見てみると......千巻は大粒の涙をぽたぽたと零しながら、ベーコンを取り分けていた。
――うっわ、これ全部聞かれていたやつだ~。
――どうしましょう。気を悪くされましたよね......。
二人が焦り始めると、千巻は、口を尖らせながら、ブツブツと呟き始めた。
「いーもん、どうせ俺は四六時中変質者ですよ~だ。さすがに出かける時間もおしているから、もうやめとこうかなって俺でも思っていたのにさ、ひどいよなあ。賢い作戦練ってまで俺との楽しい時間を避けようってんだもんなあ。本当に、愛されてるの? 俺。ああ、涙止まんない。傷ついた~」
「うわ。千巻さんが面倒くさいモードに......!」
「ま、待ってくださいっ。ベーコンは塩分があるのですから、涙なんか零したらかなりしょっぱくなっちゃいますよっ」
「ちょっ、何で今まじめにツッコむのさ、兄さあん」
「あ、気になってしまい、ついうっかりと」
「ちょっとぉ! 傷ついたって言ってるのに、何でどっちも冷静にツッコミやってんの。前までなら、『すみませ~ん。やっぱり、が、がんばりますう!』って顔を真っ赤にして頑張る姿が可愛かったのにさ。もう、たった数日間でここまで扱いが変わるとは~プンプ~ン!」
「す、すみません。そんなつもりではなかったのですが」
予想外の反応に架也が内心焦っていると、
「ごめんなあ」
聖夜が、マイペースなおばちゃんのような口調で言った。
「聖夜ちゃん、そんな雑い言い方はやめて~」
半泣き状態で、千巻が叫んだ時だった。
テレビ画面の向こう側で、軽快なオープニングテーマと共に、ニュース番組が始まった。
「おはようございます。本日も、News Jiroの時間がやってまいりました」
「僕、このニュース番組の音楽すき~」
「うん、俺も~。これ見てから出発しようか」
「はあい」
すっかり千巻の涙は止まったようだ。――有難う、News Jiro......! by 架也。
番組は、本日のニュースを読み始めていた。
「――当時五ヵ月だった赤ちゃんが行方不明になってから、十八年が経ちました。今でも母親は街頭で呼びかけを続けています」
「なあに、古いじけん?」
「赤ちゃんがさ、母親が公園で一分間ほど目を離した隙に姿を消してしまったらしくてね、事件と事故両方で捜索をしていたらしいんだけど、この十八年間ずっと何の痕跡すら見つからないんだとさあ。誘拐された先で生きていると母親は希望をまだ抱いていて、ずっと街で情報を呼びかけて頑張っているんだよねえ。俺だったら十八年間も待ち続けるだなんてメンタル的に無理だわあ。絶対に発狂しそう!」
「千巻さんは、ものすごくさみしがり屋さんのようですからねえ。何かあった時は私が一緒に待って探しますから、安心してください」
架也は、千巻の後ろに回ると、横から口にレタス巻きベーコンをむぎゅっと入れながら言った。
「か、や、ふゃん(架也ちゃん)......」
架也は、そっと千巻を抱きしめた。
「私が、聖夜ももちろん一緒に、ずっとずっと傍にいます。だから、もう泣かないでください。先ほどは、素直に早く出かけたいとお伝えするべきでした。偏見も......すみませんでした。一秒でも千巻さんにさみしい思いをさせてしまい、すみませんでした」
「架也ちゃん、有難う。俺もちょっと子どもみたいにすねすぎたかも。たははは。これからは、なるべくメリハリをつけて行動するように気を付けるわあ。俺、一にも三にもペニスちゃんに飛びついちゃう変質者だからさ」
「い、いえ、変質者は余計ですよ」
「あれえ? 何かいつもと逆転していない?」
「ふふっ。そうですねえ」
架也と千巻は思わず笑い合った。
「あと、千巻さんにメリハリのご配慮はいらないですよ。(急にされたら調子が狂うのもありますが、)私たちが寝静まってから本のお仕事の執筆を遅くまでなさっていらっしゃるでしょう。好きな時に触れて、癒しの時間にしていただいて大丈夫ですよ。働いていただいているお礼もかねて」
「どこまでも俺のことを見てくれているのね。ほろり」
架也の隠されし本音には気付かないまま、千巻はうれし涙を零した。
テレビには、母親だという女性が映っている。
「もしどこかで生きているのであれば、ちょうど七月の二十九日で十八歳になります......」
ショートヘアの髪はこの十八年間の苦労がわかりそうなくらい、白髪がたくさん生えていた。
おだやかそうな瞳なのに、ものすごくさみしそうな憂いがあり、架也は、千巻に抱きしめられて安心できたあの日を思い出して――。
「私、こちらのお母様をすごく抱きしめたいです」
と、口に出してしまっていた。
「だ、だめだよ。架也ちゃん。行かないで......!」
「千巻さん?」
まさか止められるとは思わなかったので、架也はきょとんとした。
「あ、熟女だからですか? だ、大丈夫ですよ。女性として抱くのではなくて、その、すごくさみしそうでしたので、千巻さんのように安心感とか勇気とかそういったものを少しでも送ることができたら良いのになあと」
「あは、そういう勘違いじゃないよ」
「なら、なぜそんなにさみしそうなお顔を?」
「俺、前に、架也ちゃんたちが監禁を受けていた日々の話を聞いて、予防接種や受けなければいけない健診がたくさんあるのを逃げ続けるのは大変だろうから、もしかしたら出生届を出さずに育てられたんじゃないかなと思って......。それと一緒に、ずっと考えていることが他にもあるんだ」
「え~っ!?」
「いや、まだ何も言っていないからね? てか、ここで古典的なギャグがくるとは.....!」
「す、すみません。推測の域とは言え、何だか予想外のお話が始まり、頭がスパークして......」
「ご、ごめん。俺も唐突すぎたよなあ。やさしかった頃のお母さんを否定する形になってしまうものなあ......ごめん」
千巻は、架也の腕を引き寄せるとそこに顔を埋めた。
「だ、大丈夫ですよ。私たちのお母さんは、あの日壊れ始めた時点で、親子の絆のようなものもあってないようなものになりました。私の中でお母さんを構築していたものが全て崩れたとしてももう思い入れはありませんから。変えらえない過去は過去で思い出も結局思い出以上にはなれないのです。だから、続きを聞かせてください」
架也が、雪の中に放置されてキンキンに冷えた鉄パイプのような、冷徹な瞳で微笑んでいるのを見て、聖夜も、そっと顔を上げた千巻も猛烈な寒気を感じてゾクリとした。
――兄さんは、僕を大切に思いすぎて、僕よりもお母さんのわだいをきらうからなあ......。千巻さん、大丈夫かなあ? 僕、止めるべきなんじゃ......。
聖夜が架也に聞こえないようにおろおろしていると、千巻も何かを察したのか、冷汗気味になっていた。
「(本当に怒らせると静かに切れるタイプなんだろうなあ。気を付けなければなあ......)お、俺は二つの考えに至ったんだ、わ......。君たちの記憶をまとめて、見えてきたことなんだけど、間違っていたら失礼な話でまたごめんなんだけど、おそらく愛人関係にあったお父上との私生児で、お父上から世間体の問題から届け出ることを止められてしまった場合と、誘拐してきた子だから無理だった、のどちらかではと懸念しているんだわ......。だから、その、さっきの人がもし本当の家族だった場合、俺の手の届かない、遠くへ行ってしまいそうな気がして、怖かったんだ」
すると、架也は鉄パイプの瞳からいつものやさしい笑顔で答えた。
「ふふっ。どちらでも悲しい話ですね。でも、たとえ別に両親がいたとしても、私は、ここに戻って、千巻さんと聖夜と新しい思い出を作っていきたいです。だから、私はどこにも行きませんよ」
「架也ちゃん......!」
抱き付いてきた千巻の頭を撫でながら、架也は、また鋭い瞳になっていた。
――だって、私はあの家で聖夜と一緒に、お母さんを殺してしまいましたから。たとえ本当のお母さんに会えたとしても一緒にいてはご迷惑をかけてしまうでしょう。
★
今日は、近くの小さな遊園地に出かけることになった。
あるのは、回転木馬と、食べ物屋、お土産屋のみらしいが、二人にとっては人生初の遊園地だった。
千巻は出逢った日と同じ、白色のロングカーディガンとズボン姿で、風が吹くと隙間からそっと見える乳首は、相変わらず桜のように綺麗な薄桃色をしている。
聖夜たちは、彼から借りた、色違いのベージュ色のロングカーディガンとズボンを着ている。ロングカーディガンがひらひらと風になびかないように、前のボタンは全て留めてある。見えるのは、綺麗に浮き出た鎖骨だけで、千巻ほど胸板は露出していない。
コデマリの姿見は千巻の部屋に置いてきた。街には姿が映る物が多いし、いざという時は俺の瞳越しに会えば良いし、たとえどこかに映さなくても俺が二人を見合分けるから安心してと、抱きしめてくれたのである――。
「楽しみだね!」
「はい、とっても」
架也はすっかり元の表情に戻って、街の、たくさんの色にあふれる景色を一緒に楽しんでいた。
二駅ほど歩くと着くらしく、かれこれ千巻の部屋から三十分近く歩いている。
「わあ、ゆめかわ~。見て、虹色のおばあちゃん」
「本当ですね、可愛らしい......!」
「どれどれえ?」
千巻も聖夜たちと同じ方向を見る。
そこにいたのは――。
シースルーのピンクの生地にパンケーキの絵柄が真ん中にあり、袖が虹色のシースルーになっているトップス。
イチゴチョコレートを垂らしたような飾りと、色取り取りの銀紙が巻かれたハート型のチョコレートが散りばめられたデザインで、フリルいっぱいの水色のスカート。
キャンディスティックのような色合いの杖を持つ、紫とピンクの髪の毛が似合っている若々しい見た目の熟女だった。
彼女は、歩きながら鳩に餌をやっていた。後を追いかけて歩く白い鳩がこれまた絵になっている。
「おばあちゃんって、地味な服を着て、杖によりかかるようにしてえっちらおっちら歩いて、まごのおみやげにおせんべいを買ってあげるようなイメージがあったけど、ぜんぜんちがうんだね」
「あはは、そういう感じの人もいれば、あんな風に元気の良い感じの人もいるのよ。十人十色といって、十人も人がいたらそれぞれに性格も趣味も考え方も違うのさ。本を読んでそれぞれに思う感想があるようにね。ちなみに、俺はおばあちゃんから、ちりめんじゃこをお土産によくもらったわあ」
「そうだなんだね。僕も見ているだけでまわりの人を元気にできるような服が似合うおじいさんになりたいなあ」
「おじいさんでなくても、今から着るのもありだと思うよお? 楽しめる時にしっかり楽しまなくちゃもったいないからね~って、ちょっとお!」
聖夜たちは、臆することなく熟女に話しかけに行ってしまったのである。
「Hey,hey! オネーサン、一人? そのTシャツ?、ユメカワ良いネー! どこで買ったの、教えてyo? Sey,sey! Teach me Please!」
まさかの架也がナンパ調で話しかけに行くとはここにいる誰が想像しただろうか?
――人見知りが360°回った時の兄さんだ......! 僕もビンジョーしなくちゃ......?
「Oh,oh! 僕にもオセ―テyo,ネーサン! コノアtou,僕たちとユーエンチでyouにchuさせてyo♪ I haven't heard the answer♪ Your lips are mine♪」
「Wow♪ イケメンboysに囲まれかこまれ、surrounded! I'm glad to die! ダーイ、ダイ、大丈夫じゃナーイ! お浄土に足を突っ込みかけて危ナーイ! ナイトプールでkiss me♪ ユーエンチじゃ物足りナーイ♪」
「って、あんたもするんかーいっ! ってか後の二人、勝手にデートの約束をしないの!」
最後は千巻のツッコミで上手い具合に終わり、鳩たちから拍手喝采を送られた。
「どーもども。って、二人とも急に何やってるの。知らない人に話しかけちゃダメだって教えたでしょうが~」
「すみません。あまりにもステキなお洋服でしたので、聖夜に着せてあげたくて......」
「僕もついビンジョーしちゃった。テヘー」
「聖夜君は特に、これから俺とデートする自覚あるの? Your lips are mineは、ゆ・る・さ・な・い~! 俺がもらうのっ! まったく~。こういう時は、普通にお上品に優雅に話しかけなきゃ、たいていの女性はびっくりして逃げ出してしまうんだからねっ。例えば、こんな風に」
千巻は、熟女の手を取ると、自分の胸板に体を引き寄せて、耳元で囁いた。
「お逢いできてうれしいです、ステキなレディ。ああ、この素晴らしい透け具合、良いですねえ。何も着けていらっしゃらないというのに、あなたの秘密の花輪がちっとも見えない。ああ、不思議な生地と色合い......。見えそうで見えないこの感覚が私の心を揺さぶって仕方ないのです。どうか、こちらのお洋服をご購入なさったお店を教えていただけませんか?」
いつもの語尾が伸びた口調ではなく、真面目な話し方で、あの甘みを帯びたような声で話しかけるので、熟女は顔を赤らめてもじもじ状態になった。
「いよっ、変態紳士!」
「さすがです、変態紳士 !」
聖夜と架也は思い思いにヤジを飛ばした。
「(変態は余計だっつーの! あなたたち、後で覚えておきなさいよ~)」
千巻が顔だけで抗議をしてきた。
熟女は、鞄をごそごそすると、まだ袋に入ったままの新しいトップスを取り出した。
「あの、これ。メンズバージョンです。このトップス、実は私がデザインしたんです。お若いかたにも気にっていただけるだなんて、すごくうれしいです。もしよろしければ、着ていただいて、宣伝いただいけるようでしたら、これ、プレゼントいたします。あ、これ名刺です~。きゃ、イケメンさんとしゃべっちゃった」
熟女はほぼ少女のような口調になっていた。
「どうもありがとう! 大切に使わせていただきますね、ん、まっ」
「きゃあ、投げキッス!」
熟女は、うれしそうに失神した。
スカートがめくれて、イチゴの絵柄のパンツが丸見え状態になった。
「萌えないわあ」
「失礼ですよ、千巻さんっ」
さすがに、そのままにしておくことはできないので、みんなで近くのベンチに彼女を運んだ。
「まさかのデザイナーさんだったとは。驚きました」
「本当に。二重人格もイケメンでごまかせていたようでホッとしたよ。俺のいない所では、なるべく気を付けてよ?」
「はあい」
これが、虹色のマリコ姫との出逢いだった。聖夜たちが彼女の服を好んで街に度々購入しに行き、後に世界的なビジネスチャンスを得るようになる話はまた別の機会に――。
「うれしいなあ。お洋服もらっちゃったね」
「良かったですねえ」
「早速着てみなよ」
「うん!」
聖夜は、ロングカーディガンをバッと脱ぐと、トップスを身に着けてみた。
「うわあ~。キレイ~! 見て、架也兄さん、千巻さん」
白銀色の髪にカラフルなその服はとても色が綺麗に映えた。
道行く人が全員振り返るほどだった。
街中で急に上半身裸体になる男子に振り返らない女性はもちろんいないかもしれないが、透けそうで透けない特殊なシースルーの生地に、ドキッとしつつも、透けろ、透けてくれという謎の熱い視線が聖夜を襲った。
「ちょっと、千巻さんまでやめてよね。おうちでしっかり毎日見ているでしょっ」
「ついつい見いちゃってさ。いやあ、本当にによく似合うよ。可愛いっ。ちゅっ」
投げずにそっと頬にキスをしてきた。
「あ、みんなが見ているところではずかしいよ......」
「そんなに目立つ服を好む人が何言ってんのさ、ちゅ」
「千巻さあんっ、ダメだよう」
聖夜と架也は、周りの視線だけでなく、局部が反応しかけたことも相まって恥ずかしさに耐えることができそうになくて、その場を逃げ出したが、「妖怪変態キス魔チマキ」はどこまでも追いかけてきた。
「ひええ~」
「違うんだってえ、遊園地の道順知らないでしょう~が。止まりなさ~いっ」
「あ、そっかあ」
急に止まったので、千巻がぶつかってしまい、三人は重なり合うように派手にこけた。
「あいたたたあ。大丈夫か、二人とも?」
「どちらかと言うとですね、周りの視線が痛いです......」
道行く人は、イケメン同士が道で抱き合っていると、色めき立っていた。
「気にすることはないさ。みんなのお望み通りしちゃおうか?」
「へ? わ、ちょっとっ!」
千巻は、架也の唇を奪うと、濃厚なキスを三分間も繰り広げた。
その間、観客席から動く者は誰一人おらず、みんな口々に「尊い、尊い」と拝んでいた。
――何ですかこれは......!
架也はズボンの下ではち切れそうに大きくなっていた局部をそっと隠しながら立ち上がって周りの視線がないところを探そうとしたが、
「逃げないのお」
と、千巻にまた捕獲されてしまった。
そして、今度は、局部同士が触れ合うように腰を支えられながらのキスが始まってしまったのだ。
千巻の腰の動きに合わせて、観客席も首を振った。
――きゃー、はずかしい~っ! それよりももうダメですぅ~。千巻さあん、それ以上は......!
懇願するように瞳で訴えかけると、千巻は、止めるどころか、腰の動きを速くした。観客席ももはやヘッドバンギングをしているような激しさだった。
「あっ、あっ。あふん――っ!!」
「あ――おっ!」
架也と千巻は、大勢の人の前で同時に果てた。観客も頭を振り過ぎたのもあり、一緒にぐったりしている。後からここへ来た人たちが何事かと驚いている。
聖夜は、恥ずかしさのあまりに気を失った兄の代わりに、余韻と脱力感に耐えながら、千巻を引きずって、その場を何とか逃げ出した。
「もう、大人は困っちゃうんだから~」
★
遊園地は、一人の人もいれば、小さな子ども連れの人たちもいれば、カップルで遊びに来ている人もいて、小さいながらも賑わっていた。
唯一かつメインの遊具である回転木馬が広場の中央にあり、それをまあるく囲むように、和洋中、デザート、揚げ物、何でもござれの三十店舗の食べ物屋、どこにいても購入しやすいようにと六店舗の土産物屋の屋台、その間や付近にたくさんの色取り取りの季節の花が植えられた花壇と、二百人分ほどはある、キノコ型や、パンダ型、雲の形などメルヘンなモチーフの一人から二人がけのベンチが可愛らしく並んでいる――。
「うわあ。見て、千巻さん。僕、雲の上にすわっているよ」
聖夜は、早速ベンチに腰かけて大はしゃぎしている。
「可愛いやっちゃなあ。よおし、一緒に写真撮ろう」
千巻は、聖夜の隣に腰かけて片手で肩を抱き寄せると、もう片方の手で掲げたスマートフォンの内カメラで撮影をしてくれた。
「次、架也ちゃんと。ほら、おいで」
「はいっ」
顔を赤く染めて、うれしそうな架也がしっかり写された。今日の写真があれば、どんなことがこれから聖夜にあったとしても、「架也」がちゃんといたという証拠と思い出として残ることだろう――。
「じゃあ、木馬に乗りに行こうかあ」
「わ~い♪」
木馬は、全ての馬の形をした乗り物が、美しい桃色の羽が生えている天馬になっていて、乗っている子どもたちは、まるで空を飛んでいるかのように見えた。
聖夜たちも順番が回ってきたのだが、いざ乗ってみると、予想よりも高いと感じたのもあり頭がくらくらしてきて、
「僕、一人じゃこわい。一緒にのって......」
と、千巻と一緒に乗ってもらうことになった。
青年二人で乗る光景に、周りにいた子どもたちや親たちもポカーンとした顔で見ていたが、聖夜が、本当に不安そうにしている姿を見ると、高所恐怖症を治そうとしているに違いないと温かい視線を向けてくれるようになった。
「大丈夫。俺が後ろからぎゅって抱きしめているから、聖夜君は落っこちたりしないからねえ。目の前の金色の棒をしっかり握っていたら大丈夫だから」
「うん......」
イギリス民謡をアレンジした可愛いオルゴールの音楽と共に、天馬が空を駆け始めた。
ゆっくり上下に動ぐ動作に慣れてくると、聖夜の体の震えと頭のくらくら感は少しおさまってきた。
「こ、これなら怖くないかも」
「お、やったね。じゃあ、顔を上げてごらんよ。そんで、待っているお客さんたちに片手で時々手を振ってみな♪ みんな振り返してくれるからさ、ほら」
と、千巻がお手本を見せてくれた。すると、本当に小さな女の子も男の子だけでなく、その家族と思われる人たちや、恋人同士と思われる若い人たちが名前も知らない自分たちに向かって手を振っているのが見えた。
――すごい......!
聖夜も勇気を出して、片手を棒から放してそっと振ってみた。
「わあ。みんながふりかえしてくれている」
うれしくなって、聖夜は音楽が終わるまでいつまでもいつまでも手を振り続けた。
――白銀色の髪が美しい青年が、ロングカーディガンを時々たなびかせながら、楽しそうに天馬で空を飛ぶ姿はとても絵になっていて、癒しをもらったとその日のSNSで話題になったそうな。
時々見える、虹色のトップスも可愛い、シースルーがエロくて良いと話題になり、虹色のマリコ姫の宣伝の約束も果たすことができたようだ。
「虹色のマリコ姫」は、名刺に書いてあった「虹色のマリコばあちゃん」を聖夜が勝手に変更してつけたあだ名だ。後でお客さんの一人に名刺と合わせて伝えたところからSNSでもその愛称で呼ばれ始めたとか何とか。
「じゃあ、次は架也兄さんね。その後、僕もう一回のりたいなあ」
「あはっはは。すっかりお気に入りだねえ。いいよ。今日は乗り放題のチケットだから、飽きるまで乗ったら良いよ」
「やったあ♪ じゃあ、兄さんとバトンタッチね」
「ありがとうございます。わ、私も、千巻さんと乗りたいです。そしてぎゅっとされたいです......」
「動機がそっちって。架也ちゃん、俺を喜ばせても精液しか出ないから、ね?」
「え、Hなことはしないでくださいね。シチュエーション萌えを味わいたいので......」
「架也ちゃん、何だかマニアックな方に目覚め始めていませんこと? 俺はうれしいけどさ」
「聖夜と千巻さんが遊んでいる時は、やっぱりその何だかさみしくて、たまらなくて、もっと一緒にいたくなるのですっ」
「かわゆい。俺、めっちゃ愛されてる。良いよ、何回でも俺の前にお乗り♪」
「......はいっ!」
――十分後、架也は二人で乗ったことを少し後悔していた。
「ち、まき、さあん。だ、だだめですよ。さすがにそれは......!」
「ほら、みんなに手を振って。でなきゃ、顔でバレちゃうかもよ?」
「あぅ、Hなことはなしってお願いしたのに......っ」
借りていたロングカーディガンの両ポケットには穴が開いていて、そこから手を入れた千巻は、中でズボン、下着から竿を取り出して生の状態で扱き出したのである。
まさか、カーディガンに隠された状態でそんなことが行われているとは、ボタンを留めて、たなびかない状態では誰も分からないだろう――。
傍から見ると、頬を赤く染めて照れながら手を振るイケメンにしか見えないことだろう。
「あ、ダメ。出そうです。千巻さん、ズボンの中に戻してください。外に射精するのは......ああん、指止めてぇ」
「やだ」
架也のお願いは聞いてもらえず、亀頭を激しくこすり上げられた上に耳元で囁かれたら、もう快感が頂点まであとわずかというところまできて――音楽と千巻の悪戯が終わった。
先端をカーディガン越しにおさえて走り出した架也を見た人たちは、美青年が股間をおさえる姿になぜか心が躍ってしまい、何かに目覚めそうになったとか......。おしっこが漏れそうだったんだなあと思ってくれたようで、まさか精液が爆発寸前だったとは誰も予想していなかったようだ。――後日、千巻によるSNS調べによる。
あの後、追いかけてきた千巻の股間もそれなりに大きくなっていたので、トイレの個室に一緒に入った。
抱き合いながら、キスを何度もして、千巻が耳元で囁く。
「俺、架也ちゃんの扱くからさ、架也ちゃん俺のペニスちゃんを扱いてくれる?」
「わかりました」
二人は生のペニスを取り出すと、やさしくやさしく相手のことをそれぞれ想いながら扱き始めた。
「あぅ、気持ち良いです」
「俺もぉ、あお、あおっ」
吐息がどんどん甘くなっていく――。
「あ、はぁ、はぁ、はあっ、もっと強くしても良いですかぁ、あふう」
「お願いしても良いっ? 俺も強くするわあ、あ、架也ちゃん、それぇ、気持ち良すぎる」
力強く握り、息の合った高速のピストン運動で二人は果てた。
「はあ、はあ、はあ......こ、この後、草むらでもヤらなあい?」
「さ、さすがにそんなには体力が続きませんよ.....。はあ、はあ、はふぅ。それにバレますって。小さい子が走り回っていますから」
「はは、は。そん時はさ、おちんちんショップですって言えば大丈夫じゃないかなあ」
「はぁ、はぁ。む、無理がありますって!」
「仕方ないなあ。じゃあ、ご飯とデザート食べて、お土産屋さんを見て帰るかあ」
「はいっ」
トイレから出ると、洗面所にいる人たちがみんな赤面していた。
――ま、さか、全部聞かれていたんじゃ......。
架也はまた恥ずかしさから気を失ったので、聖夜がご飯とデザートを選ぶ担当になってしまった。
「おちんちんに、似ているから、ジャンボソーセージにする♪」
「良いけど、動機が何ともねえ」
ソーセージを購入してもらうと、聖夜はくわえて上目遣いで千巻を見つめた。
「ぼふとほきすひてくれふ(僕ともキスしてくれる)?」
「もちろんさ!」
千巻が、「ソーセージキス」と名付けて、二人は、口付けをする度に続きに交互にソーセージにしゃぶり付いた。大切な相手のペニスのように――。
その後は、架也が目を覚ましたので、千巻が聖夜を草むらへ連れ込もうとしたところで止めた。
「ちえ~っ」
「まったく、油断も隙もないのですから」
「たははは。じゃあ、お土産コーナーに先に行こうか」
千巻がそれぞれに購入してくれると言ってくれたので、聖夜は、指に抱き付く猿の、小さな人形を。架也は、付近にあったガチャガチャの1playをお願いした。
「こんな猿で良いのかい?」
「うん、千巻さんのおちんちんを、おサルさんのうでの中にソーニューさせてみたいんだ♪」
「ははは。動機が不純すぎるよお......」
架也は、「ステキなおちんちんガチャ」をさせてもらい、千巻のペニスに似ている、「そそりたつおちんちん」を入手してものすごくうれしそうにしている。
「しかも、それ大当たりの金色じゃん」
「はいっ。千巻さん、ありがとうございます。宝物にしますねっ」
「はいよ~。(笑顔で持っている物がソレじゃあモテそうにないだろうなあ......。俺は安心できるけどさ)架也ちゃん、ちょっと後ろ向いてみて」
「こうですか?」
千巻は、猿の人形をラッピングしてもらった時に付いてきた、青いリボンを外すと、ガチャの金具に通して作った特製ペンダントをそっとかけてくれた。
「......うわあ~。うれしいです......! 毎日これをかけてオシャレしますねっ」
「まさか、三百円のおもちゃでこんなにも喜んでくれるとは......!」
千巻は、架也をそのまま後ろからぎゅうっと抱きしめた。
「大好きな千巻さんがくれたものだからうれしいのです。それに、これはあなたの大きくてステキな『ペニスちゃん』にそっくりだから。心細い時に千巻さんだと思って、勇気がもらえそうで......」
「兄弟揃って、動機が不純というか俺基準過ぎる。誰得って、俺得しかないじゃん......」
ものすごくうれしいような、でも何とも言えないような複雑な気持ちで千巻は号泣した。
「かわいすぎやろお~っ!!」
★
あの後、デザートにと、千巻は干したスルメイカを買ってくれた。
――デザート、なのでしょうか?
――おやつだから、デザートだよ、きっと。
これは、駅前にある大きな観覧車に乗りながら食べようということになった。
道を歩いていると、聖夜がふいに言った。
「あ、架也兄さん見て。朝のニュースのお母さんじゃない?」
「本当ですね」
彼女は道行く人々に、ビラ配りをしていた。
「わずかな情報でも良いのです。どうかどうか息子に繋がる情報をお願いいたします」
白髪のショートへアを揺らして懸命に頭をぺこぺこ下げ続ける姿は、見ている側も辛くなってくるものがあった。
「おばちゃん。僕にもそれちょうだいな」
――こら、聖夜。「おばちゃん」とは直接的過ぎて失礼ですよっ。
――でも、可愛い顔しているから、「ちゃん」付けたい。
――いえ、そういう話ではなくですね......。
「お兄さん、有難うございます」
「どれどれ。ヨシザワ カヤト。くびのうなじに、ひよこのかたちのほくろがあります.......おばちゃんの赤ちゃん、カヤトって言うんだね。僕の兄さんはカヤっていうんだよ。ふふ。音がにているねえ」
「まあ。そっくりねえ。あら、あら、急にどうしたの?」
聖夜は、赤ちゃんの写真を見ていると、もし十八年間も大好きな人と会えないことになったらと考えて、とても悲しい気持ちになってしまい、涙が零れて――止まらくなってしまったのだ。
彼女は、ポケットから出したハンカチでそっと拭ってくれた。
「ありがと。こんなにやさしい人が十八年間もつらい思いをするだなんて、ひどすぎるよ。僕は、一秒でも兄さんとはなれたらつらくて、ぜったいに毎日泣いちゃうよ」
聖夜は自然と彼女に抱き付いていた。子どもが母親に甘えるように――。
「有難う、私たちのことを思ってくれた涙だったのね......!」
気が付くと、彼女も一緒に涙を零していた。
「あ、おばちゃん、泣かないで」
指で彼女の頬を拭っていくと彼女は、静かに泣き続けながら言った。
「カヤトね、もし大きくなっていたら、今のあなたたちぐらいの年齢なの。もし、あなたたちのように、心やさしい子に育っていたら、こんな風にしわあせな気持ちでいっぱいになれたのかしらね......。声をかけてくれて、有難うね、有難うね」
「ぼくもおばちゃんのように、やさしそうなお母さんが良かったなあ」
「まあ。お母さまはお優しくないの?」
「うん、もう死んじゃったけど、僕たちを暗いおへやにとじこめたり、いたいことを毎日するんだ」
「なんてことを。こんなにもやさしくてステキな子なのに手をあげるだなんて」
「でもね、もう大丈夫なんだよ。兄さんもいるし、そこにいる千巻さんがおへやをかしてくれて、なかよくしてくれるから、もうさみしいことも、こわいこともないんだ」
「まあ、そうなのね......!」
彼女は、千巻の会釈を返そうとしたのか、深々と頭を下げて、千巻におじぎをした。そして、
「良かったわねえ、良かったわねえ......!」
と、自分のことのように泣いて喜んでくれた。
それがとてもうれしくて、この人にはどこかで逢ったことがあるような、そうでなくても逢っていたら良いなあという不思議で温かい気持ちになってきた。
「ありがとう......。おばちゃんも、だいすき」
その後、彼女の涙が落ち着くまで待って、聖夜たちは予定通り、観覧車へ向かった――。
青色と白色で交互に色分けされたゴンドラがとてもさわやかだった。
三人は、白いゴンドラに乗り込んだ。
夕陽が差し込みつつある駅前の風景がゆっくり動き始めた。
「おへやの外には、こんなにひろーい世界があったんだねえ」
「ですねえ。あ、向こうに今日の回転木馬が見えますよ」
「ほんとだあ」
「千巻さん、今日はデートを有難うございます」
「ありがとなんだな♪」
「ちょっとお、急に改まってお礼なんか言われたら、うれし過ぎて涙が出ちゃうじゃないの」
千巻は、そっと目元を指で拭いた。
「俺も、二人にずっと言いたかったことがあるんだけど、良いかな?」
「なあに?」
「どうぞ。どうぞ」
「ありがとう。......あの初めて出逢った日、勝手に助手と恋人にしちゃったあれ、なんだけど、勝手に決めてごめん。今更だけど。俺には、子どもの頃に、今の『ペニス好きの俺』それを『仕事にもする俺』になるための影響を与えてくれた初恋の人がいて......。もうその人には会えないんだけど、命日のあの日、お墓参りの帰りにその人のペニスと同じくらい形が良くて色も美しい君たちのペニスを見てしまって、いてもたってもいられなくて声をかけたんだ。俺は、あの人の美しい体以外は抱けそうになくてずっと他のひとに全てを捧げることができなくて悩み続けていたんだ。でもあの日は、あの人が導いてくれたような気がして――運命も人生も全てかけて近づいてみようと思えたんだ。本当に変質者みたいだよな......」
「本当に......」
「ですよ、ね?」
「でも、ただの変質者じゃなかったのでもう気にしていませんよ」
「はじめはびっくりしたけど、千巻さんは、架也兄さんのことも大切にしてくれるから、僕だあいすき」
と、言いつつ聖夜は、千巻の横にそっと移動して、膝に頭をのせてきた。
「それに、僕たちの大事にしているおちんちんもいつもやさしくさわってくれるから、うれしいし、気持ち良いし、いつでも安心できてホッとするんだ。あと、千巻さんの『おちんちん枕』のだんりょく、ねむりやすくて、すごく気持ち良いんだよね」
「ええっ。まさかの枕!」
架也は、起き上がって、千巻の背中に、指文字で「す、き」と書きながら続けた。
「誰にだって人生を自分を構築していく過程がありますから、そのかたとの思い出があってこその今の千巻さんなら、私は何も気にされることはないように思いますよ。代わりにはもちろんなることはできませんが、呪縛のようなものが解き放たれるというのなら、そこに私たちの存在意義も生まれますから、とてもうれしいのです」
指文字の動きは、「だ、い、す、き」の文字を作っていく――。
「どうか、千巻さんを作るたくさんの作用の二つに私たちをこれからも選んでいただけませんか?」
「聖夜ちゃん、架也ちゃん。どうも有難う......! ずっと本当はどんな気持ちだったか知りたくて怖かったんだ。他に君たちに好きなひとができたら解放すべきだとも考えたけど、接すれば接するほど、ペニスだけではなくて、どちらもたまらなく愛おしくて、大好きな気持ちがあふれて止まらなくなってしまったんだ。今は、もう他の誰にも渡したくない気持ちでいっぱい過ぎて、胸が爆発してしまいそうになるんだ」
「私も千巻さんで毎日、胸がいっぱいですよ。私のペニスは、もう聖夜と千巻さんのものです。二人以外には触られたくはありません。千巻さんなら毎日触られたいです」
「架也ちゃん......!」
千巻は、そっと架也の唇に口づけをした。そして、袋から、カットされている干しスルメイカを一枚取り出すと、冷凍みかんの時のキスのように口から口へ運び合うキスを始めた――。
「『スルメキス』だよ。イカの旨味がたまんないでしょう?」
「あ、ん。耳元では囁かないでぇ」
「んん、ちゅ」
「あぅ、おいしすぎて集中できないですぅ」
「じゃあ、俺の唇からおいしいスルメを奪うようにキスしてくれたら良いよ」
「そんな高度なテクニックを?」
「高度なのかなあ? まあ、やってみよ?」
「あ、ん。待って。そんなに速く動かしたら追いつかないです」
「がんばって」
千巻は、体を抱き寄せると、服越しに架也の局部を揉み始めた。
「ダメぇ。上も下もだなんて、体がもたないですぅ。それに、他のかたに見えちゃいますよう」
「見せつけちゃえば良いよ。何なら、生で出しちゃっても俺は良いけど?」
と、チャックに手を既にかけて千巻が意地悪く言う。
「生は、は、恥ずかしいですう」
架也は、千巻がもう意地悪を言わないように、イカを奪いにいって、唇をふさいだ。
「ん、ん。あ、あふ」
イカを舌と舌で転がしながら、濃厚なキスをしていく――。
チャックにかけられていた、千巻の手は、社会の窓から下着の元から作られている穴に侵入していき、先端をいつの間にか引っ張り出してきていた。
「はあ、はあ、ち、まきさん......はち切れそう。ベルトも外してくださあい」
「良いの? その気になった? みんなに見えちゃうよ? ほら、一つ後ろのゴンドラ、小さな女の子がこっちを見ているよ?」
「え! ほ、ほんとうですか?」
見ているのは本当だったが、女の子には、千巻――お兄さんが綺麗な髪色のお人形と楽しく乗っているのだと思い込んでいたので、実際には大丈夫だったのだが――。
「思い切って、足をおっぴろげて、見せつけちゃうのもありだと思うんだよねえ」
「ええええっ」
「ほらほら。『大事なおちんちん』を『テクニシャン千巻様』に大切にしていただいているところですって」
千巻は、架也の太腿を勝手に広げてしまった。
――ひゃああ。恥ずかしい! 女の子のご両親にも見えてしまうのではないでしょうか。
そして、千巻は、架也の局部を舌と唇でやさしく扱き始めた。
「あ、ん。舐めるだなんて、反則ですう。しかもイカの味が残っている舌で......」
「おいしいおしい」
――五分後。観覧車がゆっくり停止作業に向かう時、架也のはち切れそうなペニスはもう下着にもズボンにも押し込めそうになかったので、ロングカーディガンのボタンを留めて隠して降りた。
トイレで千巻に続きをしてもらい何とか落ち着けた状態で、外に出ると、何やら辺り一帯が騒がしかった。
人の話し声をいくつか集めると、どうも近くの銀行で強盗が起き、その犯人が逃げ出して街中をうろついているとのことだった。
「怖いねえ」
「本当に」
「ひとまず、犯人が紛れ込まないような人混みが少ない所へ行こうか」
「はい」
千巻と歩き始めたその時だった。
「危ない、加陽都 お~っ!!!」
という叫び声と共に、架也は、誰かに背中を強くおされて、派手にこけてしまった。
――え? 何が起こって?
起き上がると、ビラを配っていたあの女性が、黒いニット帽に上下も黒服の男性に上からおさえ込まれて、刃物を首に突き付けられていた。
そこへ、同じく気付いた千巻が蹴りを入れて、刃物を宙に飛ばしてくれた。
男性は、駆け付けた警察官に取りおさえられ、街の騒音は解決した――。
あの時彼女が背中をおしてくれたおかげで架也には軽い打撲だけで済んだが、彼女は男性と揉み合いになった時に、振り回された包丁で顔にわずかに怪我をしてしまっていた。
――ああ、なんてこと......!
架也は駆け寄ると、ポケットに入れていたハンカチで、彼女の頬から流れる血を拭った。
「助けてくださって有難うございます。すみません、私のために痛い思いを......」
「良いのよ、良いの、加陽都が無事で良かった......」
「加、陽、都......」
架也は目を見張った。あの時もまるで自分の名前を呼ばれたかのような気がしたのだ。
「大丈夫? どこか、痛むの?」
彼女は自分の子どもを重ねているだけかもしれないが、心地良いその名前の響きになぜか涙が出てきたのである。
「いいえ、大丈夫です。どこも痛くはありません。ただただ、温かい気持ちで胸がいっぱいになっておかしいのです......」
「私もそうなのよ。あなたを見ていると、ずっと会いたかったあの子が目の前にいるようで......うれしくて、愛おしくて不思議な気持ちになるの。きっと私たち、十八年前に亡くなった加陽都の魂に呼ばれて出逢えたのかもしれないわね。どうか、千巻さんというかたとこれからはしあわせに生きて。後ろを振り返る必要はないわ。きっと千巻さんはあなたの都 に差し込む『太陽』のような存在になるのでしょうねえ」
架也は、彼女をそっと抱きしめた。
「ありがとうございます.......」
そこでようやく救急隊員が来てくれて、彼女の手当てを始めてくれた。
――後で分かったことだが、どうやら、逃げるのをあきらめた犯人が、自暴自棄に陥り、自殺の道連れにと、包丁を振り回して無差別に数人を刺していった矢先のたった七分間の出来事だったらしい。
★
――夜、ベッドで千巻に抱きしめられながら、架也がそっと伝えた。
「千巻さん、今日お出かけしてみて、思ったことがあるのです」
「どんなこと?」
「体が二つちゃんとあれば良いのになあと。そうすれば、千巻さんが私たちの会話で冷や冷やすることもなくなりますし、とっさに誰かを一緒に助けることができて、誰も今日傷付いたりしなかったんじゃないかと......」
千巻は、やさしく、やさしく架也の頭を撫でてくれた。
「架也ちゃんはほんと、やっさしいなあ。普通だったらさ、私利私欲とかさ自分が楽しいって思う方を選んで話してしまうかもしれないところをさ、何で誰かのことばっかり考えているのさ......」
「た、確かに、千巻さんに聖夜と同時に口づけたり、色々なことができますね......!」
「もう。また、俺が喜ぶことを言う。もっとわがままになって良いのに。俺のことをひとりじめできるとかさ」
「だ、ダメですよ。そんなことしたら、聖夜にもさみしい思いをさせてしまいますから」
「架也ちゃん......!」
「あん。ちま、きさぁん」
架也は千巻からの熱い口づけに身を委ねた。
千巻は、架也本人からは決して見ることができない位置のほくろにも口づけをそっと落とした――。
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