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第二章~森(まどろみ)の中で/第二節 逢瀬~

   翌日、学校が終わると、千巻(ちまき)は、入り口ではなく、湖の方へ直接向かった。  二十分ほど歩いた頃、今日もあの金色の、やわらかな光が華都(はなと)の居場所を教えてくれる。  千巻は、なぜだか昨日のように、草むらからそっと覗き込んでいた。  華都は、湖の中央にある大きな岩に背中を少し預けて、両手に包んだたくさんの大きな白い花びらを少しずつ水面に流しながら、歌を口ずさんでいた。  花びらは実際には、開花時期を終えたのか少し変色もあったが、彼の手の中にあると、なぜか元気な頃の色のままに見え、一緒に歌っているかのように、手から水面へと楽しそうなリズムで零れていくようだった......。  ♪Noesis――Noema,Noesis――Noema,Noesis and Noema,Noesis and Noema......。  Thanks to you i have a reason to exist.I exist for you.  Let's promise under the starry sky. I will be with you forever......。  ――それは、今まで耳にしたことがないような、不思議な雰囲気の歌だった。  森全体をやさしく包みこむような、のびやかで美しい歌声で紡がれるその歌は、千巻の心をまっすぐに通り抜けて、風のように森をかろやかに駆けていく......。  華都の両手の花びらも一緒に宙をふわあっと舞い、彼の背中に一瞬白い翼が見えたような気がした――。 「おや、今日は露出狂くんじゃないのね。ざんねーん」  我に返ると、いつの間にか歌い終わっていたようで、華都が目の前で、くすくす笑っていた。 「おわあっ!」  千巻は、彼の不意打ちの登場に驚いて、後ろに見事にすてーん! と、ひっくり返った。さすがに昨日と同じ落ち方だけは避けた。 「ふふ。なんでまた草むらから覗いていたのさ。千巻くんは、面白すぎるねえ。ふふ、大丈夫かい? 立てる?」 「ありがとう」  やさしく差し出された手は、太陽の光加減だろうか、何だか透き通るように色白く見えた。不思議に思いながらも、その手を取り、助け起こしてもらった。 「いててて、どっこいしょ」 「よっこいしょ~よっこいしょ~」  千巻の自然と出た「どっこいしょ」に対して、華都の「よっこいしょ」は、満面の笑みで、引っ張り上げる動作も、かけ声も楽しんでいるようだった。 「お母さんがよく使うから、つい出ちゃうんだけど、よく友だちに『おばさんみたい』って笑われちゃうんだ、へへ......」  華都の笑顔は純粋なもので、からかって真似してくるクラスメイトたちとは違うような気がしているものの、少し不安になって、千巻はそっと顔色をうかがった。 「ん? これは、ぼくにとっては力をいっぱい出して頑張りたい時に使う魔法の言葉だよ。心配しなくても、『どっこいしょ』、『よっこいしょ』は、語源から見ても、笑い飛ばすなんて、お子ちゃまのすることさ。まあ、きみのお友だちはまだ子どもさんの年齢だろうけれど」 「え!? ちゃんとした語源があるの?」 「うん、きみが心配しているような、『おじさん、おばさん言葉』からじゃないよ。いくつかあるんだけどね。その中でも仏教用語の『六根清浄(  ろっこんせいじょう※1)』という言葉が有名なんだ。簡単にまとめると、目、耳、鼻、舌、体の五感、心の第六感から、欲や執着などを絶って、心を清らかにするための言葉らしくてね、お山で修行する際に、駆け上がる時や、岩場などで足を踏ん張ったりする時にも唱えられていたのもあって、日常でも力の入れ時に使われるようになってきたらしいよ。かけ声をする動作から脳へ刺激を与えることもできて、力を出しやすくするなるのも証明されているんだって。だから、ほぼ魔法の言葉だね」 「そうだったんだ! もう明日からみんなに笑われなくなるねっ」 「だねえ」  千巻は、まっすぐに自分を見て話してくれる彼を見て、「嫌われたら嫌だ、怖い」という不安はもう二度と彼には抱かないようにしよう、いつでも信じようと、心に決めた。 「さてさて、それはさておき、千巻くんはなぜ『今日も、のぞき魔千巻くん』になっていたのかな?」 「番組のタイトルのように言わないでよう~ってか、のぞき魔じゃないからねっ」 「あ~。そうか、これから野」 「ちが~う! 断じて野糞の予定でもないからっ! 普通にそっと見守る感じなのっ」 「ん? ぼくの体を普通に眺めても、光しか出ないよ? もう、見守るふりして、千巻くんったらHなんだからあ」 「待って、のぞき魔に話を戻さないでよっ。は、華都お兄さんは、とてもキレイだから、その、何だか壊さないようにそっと遠くから見つめていたくなるんだよう。ちゃんとそこにいるか確認して、いるってわかるとうれしくなるような、うまく言えないけど、気になる大好きな人、みたいな感じなのっ!」 「う~ん。千巻くん、それって、まさか恋!? と、見せかけて、たぶん作った雪だるまが、まだとけずにそこにあるかどうか毎日確認してホッとするのと一緒なんじゃないかな?」 「恋!? 雪だるま!?」  突拍子もない単語が次々と飛び出したので、千巻は少しかたまってしまった。 「えっとお、どちらかと言うと、もっと仲良くなりたい、目指したい憧れのお兄さんとか、秘密のすごい友だちが近いような......?」 「あらあ。うれしいものの、雪だるま並みに健全なのね。ざんね~ん」 「は、華都お兄さんは、俺がHな方が、うれしいの......?」 「そうだねえ。できれば、ちゃっかり恋心を抱いてほしいかなあ。なあんちゃって。じょうだんだよん。ははは」  と、言いつつも、何を思ったのか、にこにこしながら、 「よいしょ~」  と、千巻の服を脱がし始めて――。 「よいしょじゃないよっ。何しているの? じ、自分で脱げるよ~。あわああ」 「ん~、でも、ここまできたら最後まで脱がせたいなあ」  いつの間にか、千巻は後は下着だけになっていた......。 「あわわわ、いつの間にぃ」 「大丈夫だよ。何もしないからじっとしていて」  と、耳元でささやいたと思いきや、長くて細い、色白の指を下着に滑り込ませてきて、千巻のペニスを絡めとった。 「あぅ~」  ひんやりと冷たくて気持ち良かったが、昨日のことを思い出して、既に大きくなりかけていたので、千巻は目を合わせるのが恥ずかしくなってきた。 「ふふ。ドキドキしちゃった? 恋しそう?」 「こ、これはその......」  千巻がもごもごしか言えないでいると、華都は片手の動きを止めることなく、もう片方の手で、下着をゆっくりと下ろし始めた。  そして、ちょうどペニスの真ん中でパンツのゴムがくるように止めて......。 「ぇええっ!」  ――待って、これは何なの!? 「大切な所だけ見えないって、ちょっとHだと思わない? 鏡で見ると生えているようには見えなくて、女の子になったような気持ちになるよね。ほら、湖に映してごらんよ」  ――急にそんなことを一気に言われても、困るよお!!  無邪気な笑顔で、水面の近くに立つようにうながされる。   すっかり赤面して、口からは言葉をうまく出せない千巻に、彼はいたずらっ子のように笑うと、再び耳元でそっと囁いた。 「こんなに大きくして、昨日と同じこと、してほしいの?」 「あう、その......」  込み上げてくる恥かしさのあまり、何だか心臓がばくばくし出して、千巻は口をぱくぱく動かすのがやっとだった。  ――こういう時の答え方が教科書に載っていたら......!  と、教科書を丸暗記することが得意な千巻は、くらくらしながら思った。  すると、華都は、くすくす笑い始めたかと思うと、パンツを全部脱がしてくれた。 「あはは、はは。じょうだんだよ......ぅんん!?」  千巻は最後までは言わせずに、勇気を出して唇を、華都の唇に重ねて、彼の首に抱き付いた。 「もう、『じょうだん』ばっかりでずるいよ。これ以上、俺で遊ばないでよね。ほ、本当に恋しちゃいそうになるじゃんか......」 「え?」 「俺、華都のお兄さんのやさしい声も、色白の顔も体も、キレイな長い髪も、明るい考え方も全部ステキで、お兄さんみたいになりたいって気持ちと、もっとそばにいたいって気持ちが、どんどんあふれ出てきて、止まらなくて、すごくどうしたら良いのかわからないんだ......」  千巻は、片手で華都のペニスをそっと握ってみた。  初めてにぎった感想としては、まるで少し腕が長いぬいぐるみと手をつないでいるような、不思議な感覚だったが、長さや太さ、弾力を自分のと比べると三倍近く違うので、後からドキッとした。  ――ヤバい。思っていたよりもかなり大きい......!  冷汗ではなく、なぜかうれしさが込み上げてくる。  大人の人と、いけない遊びをこれからするんだという緊張感もわずかにあったが、それは耳元でささやかれた時のゾクゾクと込み上げてくる快感に近いような、楽しみでうれしくておさえられない感覚にじょじょに変わっていったのである。  また、そのわずかな緊張感の中に、スリルと快感に近いものを千巻は子どもながらに感じていた。  ――こんなに体格もここも自分よりも大きな人に覆いかぶさられたら、俺は力で負けてしまうだろうし、昨日のように気持ち良すぎてダメ人間にされるならまだ良いけれども、絶対にないと思うけれども俺の行動次第でもし急に豹変してしまって、殺されそうになったら逃げられないよ......。  考えれば考えるほど、緊張感に勝つぐらい、ゾクゾク、ムラムラした感覚が増してくる自分に驚いてしまう。  しゃがみ込んで、顔を局部の高さに合わせると、中心から先端へ舌を這わせてみた......。 「あ......ん」  華都の唇から、甘い吐息が漏れた。  彼のペニスは、何となく飴玉の苺味のような甘い味がした。 「昨日の帰り道、俺にしてくれた気持ち良いことを、今度は俺がお返しにお兄さんにしてあげたいって気持ちになって、考えれば考えるほどここが大きくなってきて恥ずかしくて、困っちゃうんだ......!」  千巻は、自分のペニスの裏側を華都のペニスの裏側に、そっと重ね合わせた。 「今日は、俺がお兄さんを気持ち良くしても良い?」 「千巻くん......」  千巻は、湖から華都に上がってもらうと、そっと草むらに寝かせて、昨日彼がしてくれたように、小鳥が木の実をついばむかのように、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっと、全身に口づけを落としていく――。 「ふふふ、くすぐったあい」 「まだこれからだからね? じっとしていてね」  千巻は、耳元で囁いた後、彼のペニスの上にもやさしく唇を落とした。  トクンと彼の体が跳ねる。 「ここ、お兄さんも好きなの?」 「だって、千巻くんがキスなんてするから、うれしくて」 「うれしいって、本当に?」 「うん、すごくうれしいんだよ。目の前でやさしく抱いてくれているのが、大好きな千巻くんだから」 「それもじょうだんって言わない?」  潤んだ瞳で真剣に彼を見つめた。 「俺は、華都お兄さんの言葉を全部信じたいんだ。だから本音をちゃんと聞かせてほしいな......」  涙をぽたぽたと落とす千巻の頭をそっと撫でながら、彼も切なげに瞳を揺らした。 「ごめんね。もうじょうだんだよって嘘をつくことをやめるよ。ぼくは、シャイだから、素直にきみをほしいって言えなくて。えへへへ......どうやら、ぼくは、表情をコロコロと変えて可愛いきみに、ちゃんとぼくを見ようとしてくれるやさしいきみに、ひとめぼれをしてしまったようだ。でも、ものすごくシャイだからつい嘘をついて、抱きしめるタイミングを探しちゃうんだよね......はは」  千巻は、華都が笑い終える前に、上に体を重ねると、ぎゅうっと抱きしめた。 「じゃあ、俺は、本気で華都お兄さんに恋をしても良いの?」  すると、彼は切なげな瞳のまま、千巻を見つめ返してきた。 「すごくうれしいけれども、千巻くんは、本当にぼくで良いのかな?」 「......はぐらかされる度に、どんどん俺の気持ちはそうなんだって自覚してきて、心臓がずっと耳に聞こえるくらい鳴りっぱなしで苦しいんだ。これって恋で合っているでしょう? 雪だるまだなんてもう言わせないからっ」  千巻は、本能からか、無意識で華都の耳たぶを舐めたり、耳穴を舌で激しく攻めながら腰を振っていた。彼のお腹の上で千巻のペニスが暴れる――。 「あぁっ。耳はゾクゾクする......っ!  でも、千巻くんのそれは、心臓の病気かもしれないよ? 今度病院に行った方が良いかもしれない」  と、彼は千巻の体を抱きしめ返しながら、そっと言った。  言葉と、体が矛盾している......。 「ちょっと、ここでまたはぐらかすとか、ひどい......。さっきもうじょうだんの嘘はつかないって言ったのに、お兄さんの嘘つき......」  腰と暴れ狂うペニスを止めて、千巻はまた涙を零した。 「ご、ごめん。本当にじょうだんばっかりでごめんね。うれしいけど、いざ両想いになれると思うと、怖くなってきて......。ぼくに恋をしてしまったら、他の誰よりも早くきみを悲しませることになるかもしれないよ? ぼくには時間が、他の人よりも足りないから......」  話しながら華都の目からも涙が零れ落ちて、幾筋も幾筋も頬を伝っていく――。  それを、舌で何度もすくいながら、 「それでも良いよ。たとえ少しの間だとしても、その日が来るまでは、どうか俺に、恋をさせて。華都お兄さんを大好きでいさせてよ......」  と、千巻は先ほどよりも強く彼を抱きしめた。  そして、彼の唇に再び自分の唇を重ねた。  その唇をもう離さないように、華都も千巻をぎゅっと抱きしめ返し、唇をしっかりと重ねた合わせたのである。                     ★ 「くやしい~!」  草むらに、千巻の涙目の叫び声が響いた。  初めてのフェラチオが上手くいかなかったからだ。  華都は、くすぐったいを連呼して、身をよじりながら、一時間ほどくすくす笑いながら身悶えていたが、千巻の口と顎が疲れてきたのもあり、果てるところまではいけなかったのである。 「ふふふふ、くすぐったかったあ。先端を舐めてくれた時は、すごく気持ち良かったんだけど、やっぱり出すとなると、力と速度が必要になるからね。大人の女性でもフェラチオは大変だと聞いたことがあるから、もう少し大きくなれば、もっと最後までできるようになると思うよ?」 「こんなに難しかっただなんて、う~」  唸る千巻に、華都が頭を撫でながら言う。 「誰から愛してもらったかが大事なんだよ、千巻くん。ぼくは、だいすきなきみから、ぼくを想って大切にしてもらえた。それだけでじゅうぶんしあわせなんだよ。だから大丈夫だよ。それに、口だけじゃなくて手もあるから、ね?」 「手?」  早速、華都が動かす手に、手を添えさせてもらい、千巻は彼に必要な速度を覚えることにした。 「腕が痛い。華都お兄さん、俺よりも扱く時間長い~っ」 「ごめん、ごめん。あともう少しだから、そのまま待って」 「無茶言わないで、もう腕が限界だよう」  すると、華都は、千巻のてのひらを下側にしたかと思うと、自分の手を上に添えかえて扱き続けた。  彼のペニスの硬さや、温かみが直に伝わったことで、千巻は、何だかムラムラしてきて、空いている手で自分のペニスを同じ速度で扱き始めた。 「......あっ、ふあ、はあっ」  ――ほどなくして、二人は良いところまで昇りつめてきて、甘い吐息が荒く、速くなってきた。 「千巻く、ん、一緒にイこうかっ、はあ、はあ」 「うんっ。はあ、はあ、はあ、もう出そうっ」  同時に果てると、二人で草むらに倒れ込んだ。 「はあ、はあ。腕がもうダメだ......パタッ」 「千巻く~ん、しっかりしてえ。はあ、はあ。ぼくもダメだ。久しぶりに頑張り過ぎたよ、パタッ」  火照る体に、冷たい草むらは気持ち良かったが、まさかの自分たちの精液を避け損ねて、背中は生温かかった......。 「ねえ、千巻くん。今からぼくと、健全に、真剣に遊ばないかい?」  落ち着いてきた頃、寝そべったまま華都が声をかけてきた。 「どんなことをするの?」 「今日はさ、すごく良いお天気だからね。一緒に、花びら集めして遊ぼうと思って待っていたんだよ」 「歌いながら、湖に流していたあの花びらのこと?」 「そうだよ~ほら、綺麗に広がってる~」  上半身を起こして、そっと見ると、湖には先ほどのたくさんの白い花びらが遠くまで広がっていた。  そよ風で運ばれて、どこまでもどこまでも広がっていく花びらたちは、空に浮かぶ雲のように、ゆっくりゆっくりと、流れ進んでいき――。 「タイサンボクっていう花だよ。木から落ちてきた花びらを集めておいたんだよ」 「咲いている時に、つんだりはしないんだね」 「そうだよ。森のみんなはぼくの友だちだから、命をとる時は、生きるためでないとね」 「華都お兄さんは、やさしいね」 「やさしいというか、自分側なら、急にそうなったらさみしいよねって考えてしまうんだろうね。ただのさみしがり屋なんだよ。はは」 「俺、これから花占いする時に、花をつむのやめるよ......」 「好き、嫌いとかのあれだね。でも、ぼくの価値観を押し付けるつもりはないから、実際にどうするかは、千巻くんが自分で決めて大丈夫だよ?」  華都は、千巻の頭を撫でながら、微笑んだ。 「じゃあ、あそぼっか」 「うん。どんな風に遊ぶの? ルールを教えて」 「時間を決めて、たくさん集めた方が勝ち、の簡単なルールだよ」 「じゃあ、俺、勝つ自信あるかも。水泳は得意なんだ」 「え......。昨日、派手にドボンッと落ちたのに、かい?」 「き、昨日のはびっくりしたからで、その、不意打ちだったんだもん~」 「あははは。そういうことにしておいてあげよう」 「むうっ」 「はは。じゃあ、入り口近くの時計塔の十六時の鐘が鳴らされるまでの、十分間に集めた花びらの数を競おうか。あと、拾い方の方法は自由ね」 「よおし、負けないからねっ」                     ★  千巻が三十枚ほど拾った頃、華都が近づいてきて、そっと耳元で囁いた。 「ねえねえ、だいすきな千巻くん。きみの持っている花びらをぼくにちょうだい」 「......っ! だ、ダメだよ。ダメに決まっているでしょうっ」 「これでも、だめぇ?」  彼は、後ろから千巻を抱きしめると、両手の指を巧みに動かして、小さく戻っていた局所をやさしくまさぐり始めた。  またどんどん、硬く大きくなっていく自分の分身を見ると、恥ずかしくて恥ずかしくて、千巻は逃げ出したくなったが、華都の抱きしめる腕の力が強くてダメだった――。 「だ、ダメだよう。そそそそれ以上したら、また出ちゃう! あぅ......」 「良いよ、出して。ぼくのために」  耳元で再び囁かれて、全身にゾクゾクと快感が走り、千巻は頂点へと導かれた。  そして、腕の力が抜けた瞬間、 「じゃあ、これはもらっていくね」  と、手から零した花びらを華都が回収していった。  その(かろ)やかさは、面白い画像をもらっては風船をくれる、コラージュ画像で有名な某ピエロのようだった。 「ち、ちょっと、ずるい! 今のは反則! はあ、はあ、はあ」  脱力感に耐えながら抗議をすると、彼は一瞬きょとんとした後、くすくす笑って言った。 「拾い方の方法は自由ねって言ったよ?」 「公平な方法だと思うじゃん~」 「ん? 公平でしょう? 『イイこと』料金を花びらでもらう。そして、楽して花びらをgetする。これは正面突破のすごい戦略だったでしょう? ふふん」  小さい子が自慢するかのように、どや顔をする華都を見ると、千巻は怒る気力が抜けていった......。 「もう、華都お兄さ~ん、『子どもっぽい』とか『天然さん』って言われたことない?」 「あはは。ぼくはもう二十六歳だよ? ちゃんと大人だよ? それにやだなあ、人を食材みたいに。どうかなあ。『養殖物』って言われたことはないけど?」  素で考え込む姿を見て、千巻は思った。  ――この人、策略家と見せかけて、間違いなく天然さんだ......! いや、もしくは紙一重の天才さんかもしれない......?  ほどなくして、時計塔の鐘が、十六時を告げた。 「しまった! 拾い直せば良かった! くやしい~っ」 「やったあ、ぼくの勝ちだね。おめでとうのキスがほしいなあ」 「何だか複雑なキス~っ!」  口ではそう言いつつも、千巻は、華都の頬にそっと口づけをした。 「わあい。......ね、ね、口にもお願いしても良いかな?」  少し頬を赤らめながら、まっすぐに見つめてこられると、まるで可愛い女の子が目の前にいるような気がして......ドキドキしてきて、千巻まで赤面してしまった。  ゆっくりと、やわらかな彼の唇に、自分の唇を重ね合わせて、勇気を出してそっと舌を入れてみた。  華都も舌を絡ませてきたので、ゆっくりと、ゆっくりと初めての濃厚なキスが始まった......。  体の温かさを確かめ合うように、自然と抱き合って、いつまでもどこまでも離れないように、お互いに何度もぎゅうっと抱きしめ返し合った。  森の木々だけでなく、華都の手から零れ落ちた花びらたちも、二人をやさしく見守るかのように、風もないのに、揺れたり、くるくると回り出して――。 「ふふ、森の妖精さんたちもぼくたちのこと、応援してくれているみたいだね。やったね」 「やったねって、か、怪奇現象ですから、コレ~!」 「あははは。千巻くんは、なんにでも怖がり屋さんだねえ」 「ちょ、笑うことはないでしょう......」 「大丈夫だよ、ぼくがいるからね。きみがぼくを必要としてくれるならいつでも守ってあげるからね」  華都はそっと体を離して、おだやかな声でそう言うと、水面に体をぷかぷかと浮かべた。目を閉じて、笑みも浮かべている。  ――森の外でも、その日が来ても、その言葉は本当なの?  そんな気持ちも少しあったが、目の前のしあわせそうな笑顔を見ると、きっとどこまでもそうしてもらえるような気がして、口には出さなかった。  千巻は、彼を「いつでも信じていよう」と心に決めた自分をちゃんと信じることにした。 「わあ~」  ふいにそよ風が吹いて、白い花びらが、天使の翼を与えるかのように彼の周りに集まってきた。  水面に映っている雲のおかげもあってか、もう空の国で眠っている天使そのものだった。  美しいその光景は、いつでもやさしくて、おだやかに笑う彼にとても似合っていると千巻は思った。  その時、そっと、華都が言った。 「ぼくはね、いつかこの森の一部になりたいんだ。だからずっとここにいるんだよ」  ――え? 森の一部?  きょとんとする千巻を気にすることなく、彼はそれ以上は話題を続けずに、手招きをしてきた。 「千巻くんも一緒にぷかぷか寝ようよ。おいでよ」 「うん」  千巻も華都の隣で、そっと体を水面にぷかぷか浮かべてみた。  すると、花びらたちは、千巻の方へも集まってきて、翼を作ってくれた。  二人の天使たちは、目と目を合わせると、一緒に空を見上げた。  華都の住む森にも、千巻の暮す街にもつながっている、青い空は今日もどこまでもどこまでも広くて、湖一面を空の世界にしてくれている。  湖の雲間を泳ぎながらそのままたどり着くことができそうな、空とひとつながりになっているような感覚になって――。 「俺は、今、華都お兄さんと一緒に飛んでいるみたい......」 「うん。どこまでも、一緒だよ。今は目には見えないけれど、空の向こうにある星空の下でぼくはきみにもう一度約束をするよ。きみがぼくを必要としてくれるならいつでも守ってあげるからね。だからこれからもどこまでも、一緒にいるからね。......だから、さいごの時が来ても、ぼくのことを探してくれる?」  静かにしずかにゆっくりと、歌の歌詞のように紡がれるその言葉に、千巻は瞳に静かに涙をあふれさせながら、そっとうなずいた。  それを見て、安心したように華都が目を閉じて言った。あの口の中でミルクチョコレートをそっと溶かすような心地の良い甘さのある、おだやかな声で静かにしずかに。 「その時がきた時、きっときみは、ぼくのためにたくさん泣いて探してくれるのだろうけれども......。ぼくがなりたいのは、森を駆け抜けるそよ風や、森やきみの心を照らす月の光を通して見守るような存在や、森の生命力の素になるような存在なんだ。だから触れることはできないかもしれない。それでも、どうかぼくのことを探して感じてくれたらうれしいなあ」 「何それえ。神様みたいだねえ」 「ふふふ。きみと、この森の守り神になれたらうれしいね。でも、今のはただのぼくの夢さ。ぼくの病気は九億人に一人の病気だからね。さいごはどうなるかは調べてもあまり良い資料が出てこなくてさ」 「何て名前の病気なの?」 「ふふ。ぼくの夢の話は今日はここまで。病気のことは、さいごの日が近くなったら、ちゃんと教えるからさ」 「え......」  それ以上は、華都は何も言わずに、来た時に歌っていたあの歌を歌い出した。  千巻も彼と同じように、ゆっくりと目を閉じてみると、森を駆け抜ける風を感じた。  ――いつか、お兄さんはこの風にもなるんだね。  気が付くと、その風に乗って、華都と一緒に空を飛んでいた。  ――どこまでも一緒に行くんだ......。  目の前には、見えないはずの星空が広がっていた。  耳を澄ませると、小鳥たちのさえずりだけでなく、樹々や星々の歌声も聞こえてきて、まるで体が、空と森と、自然界のありとあらゆるものと一つになったかのような気持ちになってきた......。  ♪Noesis――Noema,Noesis――Noema,Noesis and Noema,Noesis and Noema......。  Thanks to you i have a reason to exist.I exist for you.  Let's promise under the starry sky. I will be with you forever......。  華都の、のびやかで美しい歌声が四方八方からこだまする、全てが一つになって溶け合う場所で、二人の天使たちは、手をつなぎ合って、微笑み合った。                   ★ 「ふふふ。もう我が家の可愛い天使ちゃんたちは寝ちゃったか~」  今夜も眠る前に昔話をしてほしいと聖夜(せいや)架也(かや)にせがまれて話し始めたというのに、二人は五分間ほどで、ぐっすり眠ってしまっていた。  ベッドで今眠っているのは、あどけない表情から聖夜だと千巻にはわかる。  千巻は、彼のパジャマのボタンをゆっくり、起こさないように外していき、傷痕に軟膏を塗り始めた。  ――あの日の帰り、華都が軟膏を塗ってくれた。特に、念入りにペニスだけは何度も何度も塗り込んでくれた。 「千巻くん、ここだけはね、絶対に綺麗にしなきゃね。千巻くんが将来好きになって、お嫁さんにする女の子がびっくりしないように」  ――ふふ。華都お兄さん、俺は、男の子と新しい恋を始めたよ。女の子と結婚はできそうにないかも。でも、お兄さんが一生懸命塗ってくれたおかげで、ここも体中の傷跡もすっかりなくなったよ。ありがとうねえ。  華都に憧れて、髪をのばして、口調も真似てみたところで、理想へはまだまだ遠く感じていた。けれども、心に余裕を持ち、同じように優しい気持ちで誰かを温かく抱きしめることができるようになったことは、少しでも近づくことができたような気がして、千巻にはすごくうれしかった。  ――この子たちに出逢えてようやく俺は前に進めそうです。  千巻を温かく見守っていた、月のやさしい光は、そっと移動をして、軟膏を塗りやすいように聖夜の股間を金色に照らしてくれた。  何度も、何度も念入りにやさしく塗り込んでいると、だんだんと聖夜のペニスが大きくなっていき、硬くなってきた。 「あ......うん」  聖夜から甘い吐息が零れて、千巻は懐かしい気持ちになった。  ――俺も、あの日同じように大きくしちゃったっけ。でも、もう夕方だからって最後までしてもらえずに無理矢理下着とズボンをはかされたんだよなあ。  はちきれそうなズボンをランドセルで手隠しながら家を目指し、家族に見つからないように、自室で高速で出し切り、脱力感と戦いながら何とか平静を装いながら晩御飯を食べたのである。今となっては懐かしい戦歴の一つである。 「今は、起こさないように、何もしなくても、良いよね? 起きた時、聖夜君がムラムラして困っちゃうならいつでもしてあげるからね」  千巻は、聖夜のパジャマを整えて、二人に上布団をかけ直し、そっとおでこに口づけをした。  今夜も自分のパジャマのズボンに手を入れると、傷痕がキレイになくなったペニスを取り出し、指をそっと絡めた。  やさしく温かく、月から降り注ぐ光が千巻のペニスを照らしてくれる。その光の下にあるだけで、局部は媚薬を塗ったかのようにじわじわと心地良い快感が込み上げてきて......まるで、華都に愛撫をされているような気がして、指を動かすのを止めた。  ゆっくりパジャマを脱いで全裸になると、抱きとめるようにその光を全身に浴びた......。  大好きだった彼に、やさしく抱きしめ返されているようで、千巻は懐かしくてしあわせな気持ちのまま眠りについた。

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