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第二章~森(まどろみ)の中で/第四節 サプライズを貴方に~
扉からそっと顔を出した、フリル付きの襟の、白いブラウスに、動きやすそうな黒いズボンの青年は、研究所の所長というよりかは「合唱団に通うどこかの若いお母さん」にしか見えなかった。
千巻 には、その格好は、私服もしくは、カモフラージュの何かであるのではと瞬時に理解をし、そのまま声をかけた。
「あの、こんにちは。とつぜんすみません。これに見覚えがある人を探しています」
華都 が逃げ出した研究所から盗聴されているかどうかわからないため、念のため華都の栗毛色の髪だけを見せた。もちろん、彼が探している弓斗であると確信してではあるが――。
彼は、何も言わずに千巻を中に招き入れてくれた。
そして、扉を閉めた途端に、顔を両手で覆って泣き出してしまった。
「ああ、とうとうその日が来てしまったのね......!」
「あなたが、親友の弓斗さんでおまちがいないですよね?」
念のために声には出さずに、千巻は近くにあったペンと紙を借りて、そう書いた。
すると、彼はうなずき返しながら、声に出して説明をしてくれた。
「ええ。わたしが波理魔 弓斗 よ。心配しなくてももう大丈夫。ここは特殊な壁で作られているから、他者からの盗聴もマイクロチップのデータ送受信も不可能だから安心して。おそらくここへ持って来ていると思うけど、ここまでの道順も念のため建物に近づくだけで自動で書きかえられるようになっているの」
「良かったあ」
緊張の糸が切れた千巻は、ぐったりとその場に座り込んでしまった。
「大丈夫!? 立てるかしら? さ、こっちに座って」
ふかふかのソファーに案内されたが、千巻は足元がふらふらでうまく座れずに、また床に尻もちをついてしまった。
「よっこいしょなのよっと」
弓斗は、お姫様抱っこで千巻をソファーの上へ寝かせてくれた。
「今、温かい飲み物を用意するわ。それまで少し眠っていて大丈夫よ」
「すみません、ありがとうございます」
その時、弓斗が服の状態にも気付いた。
「大変。だいぶ乾いているようだけど、そのまま寝たら風邪を引くかもしれないわね。彪 、この子に、温かい服を用意して、手厚く介抱をお願い」
「承知いたしました」
弓斗が声をかけると、先ほどまで誰もいなかったはずの空間から、葡萄色の、弓斗よりかは短い長さ髪の毛で、前髪を半分だけ垂らして後は後ろへ流したオールバックの髪型に、キツネのような目尻が吊り上がりぎみではあるが、細過ぎずに大きな瞳の男性が姿を現した。
彼も、胸にフリル付の灰色のブラウスに、動きやすそうな黒いズボンといった格好で、賢そうな顔以外は、研究所の職員にはすぐには見えなかった。
「こんにちは。初めまして、小さな英雄さん。わたくしは、彪 と申します。怪しい者ではありません。月のプロジェクトの参加メンバーではありませんが、過去に、月に送る子どもたちを作り出すために秘密裏に行われたクローン人間の実験に無理矢理参加させられていたところを、弓斗さんや彼の協力者に助けてもらいました」
聞いた人誰もが安心できるような、落ち着いていておだやかなイケメンボイスでそう話しながら、彪 は、千巻の服を脱がせていき、パジャマを着せた後、薄手の毛布でくるんでくれた。
華都とは違い、ペニスを見ても、Hな触れ方をすることもなく、そのままやさしくしてくれた時には、そうだよね、これが普通だよねとしみじみと思ったが、さりげなく、彼の足の間を見ると、ズボンの中で彼の分身が巨大化していることがわかり、自分の体で興奮をされたと思うと、ものすごく恥ずかしくなってきた。
――なぜ、俺の周りはHそうな大人が集まるんだろう?
「ああっ、失礼いたしました。実験時の洗脳から、男性器を見ると、体が興奮するようにされてしまい、わたくしの意識とは別にこうなってしまうのです」
千巻の視線に気づいたのか、彪 も赤面してしまった。
「そう、なんですね」
「ええ、すみませんっ。お見苦しい姿をお見せしてしまいましたっ」
「いえ、俺の方こそ、すみませんっ」
その時、ホットミルクティーを入れたカップを持って、弓斗が戻ってきた。
「あらあら、彪 ったらいつもの三倍くらい大きくしちゃって。そんなにこの子のペニスちゃんんは魅力的だったのかしらん?」
「えっと、それはもう......って、何を言わせるのですかっ」
「冗談よ。ごめんあそばせ~」
ものすごく真面目そうに見えていた、彪 の少しくずれた表情や、弓斗とのやりとりを見て、千巻はくすくすと笑い出した。――良かったあ、普通に楽しそうな人たちだ。
「少し元気が出てきたのなら良かったわ。さあ、これを飲んで体をしっかり温めて、少し眠って疲れを取ると良いわ。もちろん、毒はなくてよ」
弓斗は、先に一口飲んでから千巻にカップを手渡した。
「ありがとうございます」
★
目が覚めると、千巻を覗き込む十二個のキツネの瞳が見えたので、驚いて飛び起きた。
「ふぁっ、たけしさんがいっぱい......!?」
彪 を含む、六人の男性たちは全員、彪 と同じ髪型をし、同じ服を着て、全く見分けがつかない同じ顔をして、ホッとしたような表情で千巻を見ているのである。
――六つ子だとしても、ここまで似るものなのかな?
千巻が目を白黒させていると、弓斗がそばにやって来た。
「左から、彪 、翔 、良雲 、銛 、鋸 、帳 、希望 よ。みんな彪 のクローンなの。人呼んで、『弓斗さんの宝物と希望チーム』よ」
名前を呼ばれるとそれぞれ会釈をしてくれた。
「すみません、みなさん、あまりにもそっくりでびっくりしちゃいました」
「もう、そっくりでなくても、目覚めてすぐにこんなに人がいたらびっくりするわよねえ」
弓斗がかたまっていた背中をさすって、ほぐしてくれた。
「彪 です。驚かせてすみませんでした。とても苦しそうになさっていらっしゃいましたので、とても心配しておりました。目を覚まされてホッといたしましたよ」
「そおよ。ずっと、華都くんの名前を呼び続けていたんだから」
「え、華都さんを?」
最愛の人の名前を再び耳にして、彼の最期を思い出し、千巻は弓斗の胸の中で泣き崩れた。
弓斗は、千巻が彼の最期を見届けたことを改めて察して、一緒に静かに涙を零し、千巻が落ち着くまで抱きしめてくれた。
「有難うね、彼のそばにいてくれて。さみしい最期じゃなくて良かったわ」
「そうだ、俺、華都さんに最期のお願いをされたんです」
千巻は、ズボンに手を入れると、ペニスと袋の間に隠していた「約束ごと」を取り出した。
一瞬、弓斗も、キツネの瞳の六人もポカンとしてしまった。まさかそのようなところに隠すとは思ってもいなかったのだろう。
数秒間ほどの間を置いて、弓斗が目玉を飛び出させながら、コミカルな動きでツッコミを入れてきた。
「ぶふぉおっ! どこから出してくるのよ~っ。か、仮にもレディーの前なんですからねっ。まあ、わたしはそこは嫌いじゃないけどさ」
最後の方は、もにょもにょ声だったが、千巻にははっきりと聞こえていた。
――この人も下ネタ強そうかもしれないね......。覚悟しておこうっと。
「しかもそのまま渡すとか、ありえないわ~!」
と、言いつつも普通に受け取ってくれる。
「なあんて、ね。下手に触り過ぎるとデータ飛ぶからね。きみ、えらいわよ。ほんとう、よくここまで持って来てくれたわね。ところで、きみは華都くんとはどういうご関係で?」
弓斗は、マイクロチップを軽く拭いて、近くにある白くて四角い機械に入れた。
「俺は、華都さんのことが宇宙で一番だいすきな、恋人の千原 千巻 ともうします。よろしくお願いいたします」
千巻は、弓斗が当時彼に恋心でも抱いていたのではと心配になり、きっぱりと恋人宣言をしたのだが、それを聞いた弓斗がまた泣き始めてしまった。今度は、ものすごく、それはそれはうれしそうにである――。
「良かったわねえ、華都くん。夢の一つを生きているうちに叶えることができたのねえ」
「夢の一つ?」
「ええそうよ。彼には二つ大きな夢があったの。そうだわ、その前に。良雲 、忘れる前に渡しちゃいましょうか」
「こちらですね」
弓斗に言われて、彪 の隣の隣にいた男性が手に持っていた紙袋から何かを取り出した。
「初めまして、小さな英雄さん。わたくしは、良雲 と申します。わたくしも怪しい者ではありませんのでご安心くださいませ。お洋服が先ほど乾きましたので、こちらへ置かせていただきますね」
「ご、ごていねいにありがとうございますっ。あの、弓斗さん。パジャマのままだと眠ってしまいそうになるので、服に着替えてしまっても良いですか?」
「どうぞ」
千巻は、ボタンに指をかけたが、意識とは別に体がまだ上手く動かないようで、外せなかった。
すると、彪 と良雲 が手慣れた手つきで、やさしくパジャマを脱がせてくれた。
流れ的に全裸になってしまった千巻をうっかり見てしまい、六人の分身は一気に巨大化してしまった。
「すみません、不可抗力なのです......!」
今にもズボンがはちきれそうな股間でしゃがみ込んで、良雲 が、下着とズボンをはかせてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫ですか? そんな状態でしゃがみ込んだら痛いでしょう?」
「なんてお優しいのでしょう。お恥ずかしい限りですが、これ以上英雄さんのステキなペニスさんを見てしまいますと、どんどん大きくなるのが目に見えていますから、危険でしたので」
顔を赤らめながら良雲 が言うと、他の五人もうんうんとうなずいた。
「今でもじゅうぶん大きいのに、まだまだ大きくなるの?」
「そうでございます。あ、わたくしは鋸 です」
鋸 がきっぱりと言うと、他の五人もまたうんうんとうなずいた。
千巻は、自分のペニスをこんなにもほめられたことは今までなかったので、何だかいたたまれなくなり、話題をそらそうと思い、そっと言ってみた。
「あの、もし良かったら、みなさんのそこが落ち着くまでズボンから出されるのはどうでしょうか? そのままだと苦しそうなので......」
「......え! わたくしたちのをですか! あ、彪 です」
驚きつつも、彪 も千巻に誰だかわかりやすいように気を使ってくれる。
「さあて、ステキなご提案がせっかくきたので、はい、みんな全裸~。所長命令発動~」
弓斗が手をたたいて、にこやかに言った。
六人は、ものすごく恥ずかしそうにズボンと下着だけ脱いだ。
「銛 です。さすがに全部は恥ずかしくて、困ります」
千巻は、初めて華都に出逢った時の自分の姿を思い出して、何だか懐かしい気持ちになって、いつの間にか気が付いた時には、六人全員のペニスを交互に扱き始めていた。
「ハッ! 俺は一体なにを......」
六人は、荒い息ではあはあ言いながら、潤んだ瞳で続きを待っているようだった。
「やだあ、とても疲れているのね。千巻くん、もう少し寝た方が良いわよ~」
弓斗は、ケラケラ笑い飛ばしてくれたが、両手には翔 と帳
のペニスがあったので、そこで止めてしまうのも申し訳なくて、千巻は赤面しながら続けて、彪 と希望 のペニスのフィニッシュへ移った。
全員を果てさせると、さすがに腕が疲れてぐったりとした。
周りには果ててぐったりしている六人が寝転がっている。
寝そべって足の間を見ると、千巻の局部も大きく盛り上がっていた。
――ヤバいなあ。興奮しちゃった。恥ずかしい!
すると、六人がキツネの瞳をその小山に視線を注ぎ始めて......。
千巻の許可を得た上で、六人は交互に舐め始めたのである。
――華都ぉ、ごめんね。俺が無意識でみんなに恥ずかしい思いをさせちゃったみたいだから、これはその代償......っ!
「はあ、はあ、はあ、はあ、もうダメッ、イキそう。口を離してぇ」
最後は、希望 の差し出してくれたティッシュの中で出し切った。
六人のペニスは、千巻の果てる姿を見たせいか、またさらに巨大化していた。
――本当に大きくなっている!
「それにしても、クローンってすごいですね。ペニスの見た目も全く同じなのですね」
「すごいでしょう? スパイ活動をする際にも結構役立つのよ~」
「え! ここは研究以外にスパイもするの?」
「まあね。研究開発のためには最新の情報も必要になるし。外で長期的な調査をする時は、同一人物に見えるように、同じ見た目の方が交代勤務をしやすくて好都合なのよん。だから普段からも私服も合わせてもらっているのよ」
「私服は、やはり、カモフラージュですか?」
「そうよ、ここが研究所だとバレないようにね。千巻くんは賢いのね。華都くんが危険なお願いをするだけあるわね。あのマイクロチップはね、プロジェクトを牛耳る幹部たちと戦うためにとても必要だったの。『どちらかが先に死んだら脳内のマイクロチップを証拠のデータとして届けてもらい研究し、組織と戦い、みんなに役立つことに使う』という約束をこっそりしていたの。あなたの勇気と覚悟に頭を上げることができないわ。ほんとうに、有難うございます」
弓斗は、深々と千巻に頭を下げた。
「あわあ、頭は上げてください。届けることは、華都さんの遺言なので。弓斗さんにデータをコピーしてもらい、一緒にそれを見て色々なことに役立ててほしいと。月へ行って悲しい死に方をしたメンバーのみなさんがあの日、生きていて良かったと思えるように、と。また、コピー後にマイクロチップは彼のいた湖へ沈めて身の危険のないようにしてほしいと言っていました」
「華都くん......」
「おそらく、彼の病気の特効薬の開発と、今でも研究所につかまっている仲間の救出につながるように、プロジェクトの闇を世の中に伝えて危険な行いを中止に向かわせるといった大きな願いと、現在のこの国の技術よりも高度なマイクロチップの技術を得て、正しい使い方で世の中に役立つことへの研究開発にと、『思い』を託されたのだと、俺は何となく受け取って、誰でも心から笑って楽しくすごせるようなことをすると約束しました。だから、まだ子どもでできることは少ないかもしれませんが、俺にこれから手伝えることがあれば一緒に協力をさせてください」
千巻も、弓斗に頭を深々と下げた。
「だめだめ、頭を上げてちょうだい。協力をお願いする側はわたしたちよ。でも、これは長い戦いになると思うわ」
「え? 長い?」
「だって、肝心の大統領が幹部の私利私欲からの悪事を知らないんだもの。表立って発表すれば戦争にはならなくても、今後の国と国の関係性に支障が出るのは目に見えているし、統率力の面から大統領の顔が立たなくて、きっと向こうの国民から笑いものにされる危険性もあるし、どこを通してアプローチすれば、大統領にまでちゃんともみ消されずに内容が伝わるのかもよく検討していかなくちゃいけない問題なのよ」
「それじゃあ、研究所に残っているひとたちは......」
「そこは、大丈夫よ」
弓斗は自信あり気に言い切った。
「ここのみんなで、科学技術を用いて、法律も使わせていただいて、真っ向勝負に出るわ。こちらは数日以内に何とかするって約束するわ」
「でも、大統領は困らない?」
「確かにその研究所はプロジェクトとの関係はあるけれども、それを公にすることはできないでしょうね。罪を押し付けようとすれば、自分たちの首が飛ぶ可能性の方が高いから。最終的には大人たちの醜い保身の戦いになりそう」
「......どうか、華都さんと、先に亡くなられたみなさんのためにもお願いいたします。俺は、子どもだからできる範囲が限られていて、本当にくやしいです」
「大丈夫。思いはわたしたちと一緒だもの。あなたの思いも一緒に連れて、救出に向かうわ。ね、みんな?」
「はいっ!」
ズボンをはいていないことをおそらく忘れているのだろう。キツネの瞳の六人は、同時にキリッとした声で返事をした。
「みなさん、ありがとうございます」
千巻も彼らを見て、下をしまい忘れていたことを思い出し、毛布でそっと隠してお礼の気持ちを伝えた。
「じゃあ、データを一緒に見ましょうか。プロジェクトの闇もきっとわかると思うわ。華都くんは細かく日記をつけていたから」
弓斗は、ディスプレイの電源を入れたり、作業をしながら続けた。
「華都くんはね、私が心が女の子だって打ち明けても驚かずにね、ずっと女の子として接してくれたの」
「はい、頬には可愛いハートの形のほくろがあって、体は男の子に見えるけれども、実は可愛い女の子なんだよって教えてくれましたよ」
――華都、きみの親友さんは、今は美人さんになっているよ。
「やだあ、女の子だなんて、もうあの頃の子どものままじゃあないのよ。華都くんったらあ、恥ずかしいわあ」
弓斗は、バシバシと何もない空間をたたいた。
――華都、ここに来ていないよね? 結構強そうだけどあれ。
思わず地面にめり込む彼を想像してしまい、千巻は頭をぶんぶんと振った。
――想像でも弱っちくしたら嫌だろうからね。
★
「小さなちいさな秘密の約束ごと」の中には、個人情報の他に、当時の健康管理データ、病気になってからの経過など検査のデータ、当時の日々の記憶による映像とその時の本人の音声
による日記のようなものがプロジェクト参加期間分入っていた。
「見たものをそのまま映像に残せるだなんて!」
千巻は、まだ夢物語だと思っていたことを目の当たりにして、興奮した。
映像はカラーではなく、白黒映画のような見た目であったが、とても鮮明な画質だった。
テレビや映画のように、音声と映像が同時に流れるようだ。
華都の視点のため、彼から見える世界が映し出されているので、彼の姿がないのが残念である。
▲――七月七日。
▲今日から、ぼく、華都は、ムーンショタプロジェクトメンバーの一人として、ここに住みながら、観光客のみなさんといっぱい遊ぶことになった。
▲朝は、職員の人から月の裏側の建造物を利用して作った観光施設周辺と、ぼくたちの居住区と、日々の生活の流れの説明を受けた。
▲ぼくたちは、基本的に好きな遊びを観光客の人と遊んで良いそうです。観光客の人から遊びに誘われたら、断らずに、一緒に遊ぶことが唯一の約束でした。
▲もし誰かとケンカをしたら、その日のうちに仲直りをして、もしできそうになかったら職員の人に相談するように言われました。
▲後は、Hなお願いや、自分が悲しい気持ち、怖い気持ちになるお願いをもしされたら、ことわるように言われた。泣いて大丈夫だし、職員の人にすぐに伝えるようにと言われました。
▲お昼から、ぼくは見学しながら、遊びに参加しても良いことになりました。
▲晩御飯までは観光客のみなさんと同じ時間にご飯を食べて、その後は、居住区へ移動して寝て、朝になったら観光客のみなさんとまた合流して、一緒に運動をしたり朝ご飯を食べたら、また遊んで良いそうです。
▲ここは、学校も宿題もなく、好きなだけ遊んで良いというので、ぼくはここの参加メンバーにスカウトされて、すごくしあわせ者だなあと思います。
どうやら、これが初日の記録らしい。
彼の目から見えた、観光施設は、夢と色にあふれた装飾をたくさんつけられていたが、建物のはそのまま利用しているため、皆が寝静まると少し寂しいものがあった。
滞在期間中は、建物の外では宇宙飛行士と同じ宇宙服を着て過ごしているので、身長が百六十五cm以上 と、年齢を考えると高身長の子どもたちが集められているようだった。
居住区の寝室も、観光客の寝室もふかふかの大きなクッションが置かれていて、皆幸せそうな寝顔だったのが印象的だった。
「本当に、始まったばかりの頃はとても夢のように楽しい場所だったわ。秘境の温泉で出逢う人かのように観光客も温厚な人ばかりだったの」
その後も記録は続いたが、弓斗の判断で今日は、プロジェクトの闇につながる箇所をピックアップしてもらうことになった。
▲――八月三十日。
▲ぼく、華都は、お客さんの寝室で、友人の幾兎 くんが、おちんちんをさわってはずかしそうに遊んでいる姿を発見したのですぐに職員の人に知らせました。
▲幾兎 くんに話を聞くと、一人でおちんちんをさわって遊ぶ姿を見たいと言われたので、遊びだと思ってしてしまったようでした。でも、人に見られて、おちんちんをさわることはすごくドキドキして、うれしくなってしまったと言っていました。
▲お客さんも遊びならHなこともこっそり頼めると知恵を働かせたのだと思います。
▲ぼくは、お昼寝をするふりをして、居住区の寝室でこっそりおちんちんをさわってみました。ドキドキはするけれども、こんなにはずかしいところを人に見られてうれしくなるものなのかなあと不思議でなりませんでした。
▲お昼ご飯に行くと、幾兎 くんが食堂で困っていたので話しかけました。今日のお客さんから視線を送られる度に、おちんちんがドキドキして大きくなって、ご飯に集中できないと悩んでいました。ぼくにはどうしたら良いのかわからないので、医務室に連れて行きました。
▲頭に入れているマイクロチップからの電気信号を送り、幾兎 くんのおちんちんに、おしおきの微弱な電流を流して、大人のためにHな気持ちにならないようにするそうです。
▲医務室にむかえに行くと、わずかな電流のはずなのに、幾兎 くんはずっとおちんちんをおさえて、痛いいたいと泣いているので、ぼくは痛みが早く取れるようにやさしくなめてあげました。傷はなめておけば良くなると、孤児院の院長さんが良く言っていたからです。
彼の視点のため、千巻たちはしばらく幾兎 という子の股間をエンドレスで見るはめになり、六人の股間がまた巨大化してしまった。
千巻は、何だか彼が大人になった時とほぼ変わらないような気がした。
純粋なこどものまま大人になったのだと思う。あの日の花集めの時は、天然さんでもなければ、子どもっぽいわけ大人でもなく、子どもながらに、とんちのきいた発想だったのかもしれない。彼は天才さんだった――。まあ、若干、天然さん要素はあるけれども。
「これが最初のほころびだと思うわ。観光客が知恵を使い出した初めのね」
▲――十月二十二日。
▲ぼく、華都は、お客さんに「一緒におちんちんをさわって」とお願いされました。
▲ルール的にダメなのでことわることにしました。でも、お客さんが、ぼくの手をお客さんのズボンの中へ入れるのです。
▲怖くなって、職員の人に聞こえるように大きな声で泣きました。
▲職員の人が来るまで、色々なところをさわらされました。うれしくもないし、気持ち悪い。
▲後で医務室で、マイクロチップを利用して、嫌な記憶を消してくれることになりました。
▲消す作業の前に、医務室の職員の人におちんちんをさわられた記憶があります。これはどういうことなのでしょうか。
「まさか、自分の番が来るとは思わなかったのでしょうね」
最愛の人がつらい時を思うと、千巻は泣きそうになってきた。
「このあたりで職員からの淫行も少しずつ増えてきたわ」
「もしかして、八月の医務室でのなめた時に職員の人がムラムラしちゃったんじゃ......」
「あり得るわね、それ......」
▲――二月二日。
▲ぼく、華都は、友人の雪乃 くんがお客さんに一緒にHなことをしながら寝ようと持ちかけられているところを発見したので、職員の人に知らせました。
▲お客さんは、職員の人にお金を渡しました。すると、職員の人は雪乃 くんにお客さんが望むように一緒に寝てあげるように言いました。
▲月世界旅行にも大金が必要なのに、さらにお金があればルールが変わってしまうのでしょうか?
▲お客さんの寝室に耳をすませると、雪乃 くんがうれしそうな声を出したり、はあはあ言っている声が聞こえました。悲鳴が聞こえてこなかったので、ぼくはそっと帰ることにしました。
▲でも、職員の人に呼び止められました。「さっきのことは他のみんなには内緒だよ」と、怖い顔で言われたので、すごくすごく怖かったです。
「このあたりから、幹部たちの賄賂などの味をしめていく話になるのか......」
「お察しの通りよ。内緒にできなかった子は、幾兎 くんのようなおしおきをされたわ」
「そんな、ひどい。理不尽な......」
▲――五月七日。
▲ぼく、華都は、現在のここでの暮らしに不満があります。
▲お客さんがHなことをお願いすることは、お金を出せばできるという流れになってきたのですが、最近は頭の中のマイクロチップから、お客さんが求める遊びを瞬時に読み取ることができるようにプログラムが書きかえられたことから、ぼくたちの楽しく自由に遊べていた時間がなくなっていったからです。
▲お客さんをおもてなししやすいように、マイクロチップが勝手に電気信号を受け取るため、どんなことを今してほしいのか、子供の頃の目立つ記憶と、どんな遊びやひとりHを喜ぶのかが一気に頭の中に流れてきます。それに合わせて一緒に遊ぶことが約束になりました。これはもう遊びではなくてお仕事だと思います。
▲約束を守らずに、逃げ出した子は、幾兎 くんと同じおしおきをされたり、職員の人からHで痛いことをされるというこわい噂があります。
▲ぼくは、昨年、マドレーヌさんからあみものを教えてもらい、一緒に朝ご飯も仲良く食べたこと、ヨセフさんと折り紙を折っておしゃべりをして楽しかったこと、まだ自由に好きな遊びを楽しめていた日を思い出してがんばっています。
▲今はHなことをお願いする人ばかりだけど、いつかまたあの時のお客さんたちのように他の色々なことで一緒に楽しんでくれる人が来てくれるかもしれないと思っています。でも、周りのみんなは気持ち良いし、やさしくしてくれるからこのままでも良いという意見も多いです。▲ぼくは、自分の努力で相手を知ったり、仲良くなることの方がやっぱり好きです。今のままだとぼくたちは操り人形のような気がするのです。ぼくはまちがっていますか?
――もう、マイクロチップを悪利用した行いが始まっている......。
「華都くんは、ちゃんと見抜ける賢い子だったの」
「でも、この記録は職員の人に見つかったら、危ないんじゃないですか?」
「彼は賢かったから、提出時は他の子と変わらない、目立たないような内容を出していたのよ。今見ている記録は、知人の作ったデータベースの管理システムに預けながら彼が秘密裏に作成したものなの。まあ、ここの研究所の前の所長で、わたしの育ての親がその知人なんだけど、まあそれは後で」
▲――七月七日。
▲ぼく華都は十三歳の誕生日をむかえた。ここに来てちょうど一年になる。
▲おちんちんをさわられるお仕事は確かに気持ち良いと思います。でもぼくは、色々な遊びをしたいので、お客さんの子どもの頃の記憶にある楽しかった遊びを見つけてはそこから遊ぶことをていあんしています。でも、最後は結局Hなことを言われます。
▲前にはなかった、お客さんと一緒にお風呂に入る、一緒にお布団で寝ることもお客さんが望めばしなくてはいけなくなりました。だから、自由時間もない日もあります。
▲夕方、親友の弓斗ちゃんと将来の夢を話し合った。
▲弓斗ちゃんは、心が女の子で、顔もお人形さんのように可愛い。おちんちんのことを「クリトリスちゃん」と呼んで大切にしている子。
▲「ぼくはね、マイクロチップを使うことも使われることもなく、『いつかぼくのことをほんとうに宇宙一愛してくれる人を見つけて、一緒に毎日キスをして笑い合うこと』がぼくの夢。それからね、帰った後はね、ここで受けた技術を活かして困っている人を助けるお仕事をやってみたいかも」
▼「それ、いいねえ。わたしもその夢をお手伝いした~い。それからわたしは、大人になったら、おちんちんを女の子の形にする。性てんかん手術をして、絶対に女の子になって、華都くんのおよめさんのワクが残っていたら応募しちゃう!」
▲「あははは。残っていたら、その時はよろしくね」
▼「うん♪」
▲「でも、弓斗ちゃんの今のクリトリスちゃん、可愛くて、さわり心地も良いのに、もったいないなあ。大人になったら、もうさわれないのかあ」
▲ぼくは、お風呂場や寝室で時々こっそりさわらせてもらうことがある。ぼくと、弓斗ちゃんだけの秘密だった。ドキドキはしないけれども、さわり心地が良くて好きだった。
▼「華都くんは特別だから、手術する前に、いっぱいさわらせてあげるよ~」
▲「本当!? やったあ。ぼく、弓斗ちゃんのクリトリスちゃん、お風呂でさわるのが一番だ~いすき」
▼「華都くんも持っているのに?」
▲「だって、ぼくのは弓斗ちゃんのよりもぷっくりはしていないから、可愛いとは思えないんだよねえ。刺せるように長いから、『かっこいい』かも」
▲その時、お客さんがこちらへ来ました。
■「やあ、可愛い坊やたち。『おちんちん』が好きなのかい? おじさんも『おちんちん』の話が好きなんだ。一緒に混ぜてくれないか」
▲「良いよ。おじさんは昨日ここへ到着したばかりだよね。ぼくのなまえは、華都だよ」
▼「わたしは弓斗っていうの。おじさんは?」
■「おじさんの名前は、マイケルだよ。おじさんも、お風呂で『おちんちん』をなでなでしたり、お風呂場をたくさん泡立ててから『おちんちん』を探す遊びも大好きなんだ。これから一緒に遊ばないかい?」
▲ぼくと弓斗ちゃんの秘密の時間を盗られるようで嫌な気持ちになったけれども、断ったら職員の人に痛いことされちゃうからできなかった。もう脳内にはマイケルさんの情報が流れ込んできている。
▲情報が流れるようになってきてから、頭が痛いとか、眠っている時に今日のお客さんの夢を見るとか周りの様子が少しずつおかしい。ぼくも気を付けなくちゃ。
▲「面白そうだね、それ。ぼく、マイケルくんのおちんちんを一番に見つけるぞお」
▲お客さんのことは、お友だちとしてご年れい関係なく「くん」「ちゃん」を付けるように今はなっている。
■「ははは、ハナトくんは意気込みが良いね」
▼「わたしも負けないからね~」
■「ユミトくんは女の子みたいに可愛い声だねえ」
▼「うれしい。可愛いだなんて。わたし、体は男の子だけど、心は女の子なの。だから、ここにあるのは、おちんちんじゃなくて、クリトリスちゃんなの」
■「そうかそうか、じゃあ、ユミトちゃんって呼ばなきゃねえ」
▼「うん。うれしい。マイケルくん、ありがとう!」
▲弓斗ちゃんは、マイケルさんに抱きついた。
▲ぼくたちは、お風呂場へ行った。そして、マイケルさんとおちんちんでいっぱい遊んだ。
▲泡だらけの浴室にて。
▼「マイケルくんのおちんちんどこだ~」
▲弓斗ちゃんの声が湯気の中から聞えてくる。
■「あ、ユミトちゃんの『クリトリスちゃん』みっけ♪」
▲マイケルさんは、弓斗ちゃんを抱きかかえると、クリトリスちゃんを舌でぺろぺろとなめ回した。ぼくもなんだかなめたくなって、少しずるいと思った。
▼「きゃあん、くすぐったいよ~」
■「石鹸の味だったよ」
▼「そうりゃそうだよ~。今度はわたしがマイケルくんのおちんちん見つけるんだ~」
▲「いや、ぼくだよお」
■「あ、ハナトくんの『おちんちん』みっけ♪」
▲「ありゃあ、見つかっちゃったあ」
▲マイケルさんはぼくのおちんちんをしごき始めた。気持ち良くて、どうしたら良いのかわからなくなると、弓斗ちゃんのようにぺろぺろとなめてくれた。ぼくは、それも気持ち良くて、でもそれを認めてしまうと、職員さんたちに負けたような気がすると思い、わけがわからなくなりました。
▲なんだか弓斗ちゃんと今度一緒にぺろぺろし合いたい気持ちになりました。
弓斗は、髪が今よりも長く、本当に人形のような可愛らしさがあった。
――この時語っていた夢のことだったんだね......!
華都は、子どもながらに、マイクロチップの効果から喜ばれても、本当の愛にはつながらないことを感じ取って、そういった介入のない平穏な世界を求めた夢だったのかもしれない。
だからあの歌も、あの日の約束の言葉にも「星空の下で」という言葉が入っていたのだろう。宇宙一ちゃんと愛されたくて、愛したくて――。
――確かにこのひどい環境の流れなら俺も夢として願ってしまうかもしれない。子どもに願わせるには切ない夢だと思うけれども。
♪Thanks to you i have a reason to exist.I exist for you.
Let's promise under the starry sky. I will be with you forever......。
――きみがいて、ぼくがいる。ぼくがいて、きみがいる。
――星空の下で約束しよう。ずっとそばにいるよ......。
目を閉じると、今でも華都のやさしいのびやかな歌声が心の中に響き渡る――。
「しかし、こんなに早い段階から後遺症も出始めていたとは......」
「中には毎日吐いていた子もいたわ」
後半には、彼の甘い吐息も入っていた。
――CDに焼いてほしいなあ。あの吐息はヤバいくらい良い。
記録はまだ続いていたが、弓斗が停止ボタンを押した。
「この後は、マイケルからそれぞれ激しく遊ばれたの。おちんちんとクリトリスちゃんを持っていること自体が恥ずかしくなるくらいにね」
「なにそれ、変態でなくても気になるんですけど」
「残念だけど、続きはまだきみには早いわ」
「えぇ、意味深な......。余計に気になってくる~」
「それはさておき、このプロジェクトの闇がだいぶ見えたでしょう?」
「そうですね。欲のために子どもたちを完全に利用しているようでした」
「本来は一緒にサッカー、野球などスポーツをしたり、絵を描いたり、おしゃべりとか健全な遊びを旅行者と一緒に遊ぶって聞いていたの。でも、求められるのは、性的な遊びばかり。初めは、子どもたちの純粋さにつけ込んだ一部の旅行者たちがそういう遊びをしていただけのはずが、どんどんそれ目的の人たちが増えてきて......。みんな初めは困惑したわ。でも気持ち良いことが多いから、子どもたちも華都くんのようにはきちんと報告をしなかったし、後から気付いた上もお金のために黙認をし始めたの。そして、よりスムーズに脳内でお客さんの希望の遊びが瞬時にわかるようにと、マイクロチップによる強制的な操作も始まった......」
「初めにプロジェクトを考えた大統領はその悪行の数々を知らないんだよね?」
「そうなのよ。今の悪行――淫行 事業は華都くんの記録からも垣間見えるように、その下の幹部たちが秘密裏に始めたことなの。挙句の果てには、その旅行者の記憶操作までし始めたわ。だからトップの大統領にはバレないままだった。マイクロチップのせいで後遺症が子どもたちに出ていることも伝わっていないままプロジェクトは続いているわ」
――深刻な話の途中だけれど、ここに華都がいたら、確実に「インコ事業?」とボケていそうな気がするのは俺だけかな?
「ここに華都くんがいたら絶対に『インコ』とじょうだんを飛ばしていそうね」
「ふふふ。考えることは一緒ですね」
千巻と弓斗はくすくす笑い合った。
「でも、こんな小さな体なのに、大人のあれやこれやに巻き込んでしまって、ほんとうにごめんなさいねえ」
「いえ、俺が自分で選んだ道なので」
千巻は、キリッとした表情で答えてみたものの、下半身を毛布の下とはいえ、丸出し状態ではなんだかしまらない気がした。
――そういえば、彪 さんたちもまだ丸出しだっけ?
★
それから数日後、誘拐監禁事件で、とある研究所の職員が全員逮捕されたという話題が報道番組で流れた。
資料を隠蔽しようとしたのか、その日のうちにその研究所は何者かに爆破され、職員たちは罪を認めたものの詳細は全員黙秘を続けているという――。
研究所に残されていた青年たちは、弓斗のあの長い名前のチームと、月のプロジェクト自体に誘拐監禁事件の関与があるのではと元からにらんでいた、C△Aの日本支部に協力を得て無事保護をされ、脳内のマイクロチップが外部から影響を受けない施設でしばらく暮らすことになったようだ。
どんな特殊な素材の壁も透視できるというカメラと、彪 さんたち六人の地道な張り込み調査が保護へ向けて重要な役割を果たしたようだ。
「こちら彪 。星は、今いつものピザを注文した。盗聴器をしかけるなら今だ。配達員と入れかわれ」
「こちら銛 。了解。今、変装をした鋸 を向かわせた」
「こちら良雲 。彪 、交代の時間だ」
「こちら彪 。了解」
といったように、無線で連絡をやりとりし、特殊なカメラを使いながら八時間交代で張りこみ調査を行っていったそうな。――やはり、お風呂場を見ている時が、股間的にヤバかったとみんなは苦笑いをしていた。
詳しくは弓斗が語らなかったが、どうやら上からの圧力があったようで、それ以降はテレビには話題に上がることはなかった。
何はともあれ、残された人たちを救出できたことが救いだった。
――華都、良かったねえ。
千巻は、遺言の通り、「約束ごと」を湖へ再び持って行こうと考えていたが、
【研究所が弓斗ちゃんからの協力から崩壊にいたる場合、プロジェクトの大元からも狙われる可能性があるから、念のため、これから先二十年は森に来ないように、と千巻へ伝えて】
と、パソコンに入れてある、おえかきソフトに急にメッセージが表示されたと知らせがあり、久しぶりに弓斗の研究所へ向かっているところである。
呼び鈴を押すと、またすぐ中に入れてくれた。
「聞いてよ、千巻くん。あれからまたメッセージが表示されたのよ! 彼は姿は消えてもちゃんと存在していて意識があることも証明されるわね」
大興奮している弓斗に少し圧倒されながら、画面を見ると、小学生の子どものような、どちらかというと汚い字で、
【千巻、みんなを助けてくれてありがとう。ぼくの大変なお願いを聞いてくれて、ほんとうにありがとうねえ。弓斗ちゃんや、チームのみなさんもありがとう。ぼく、意識の集合体でなら色々と今後の研究開発に協力できるようになったよ】
と、書かれていた――。
「華、都......。ここに来てくれているんだね」
千巻は、うれしくて、思わず泣いた。
その日は、華都も含めて、チームのメンバーで、プロジェクトを元の健全な遊びだけの観光施設に戻させるか、今の現状から中止をさせる方向性で動くべきかのまとめを討論した。
書記は、千巻が行った。
〇弓斗「わたしは、『月に純粋無垢な少年ばかりを集めた平和な楽園(観光施設)を作り、これから始動の月世界旅行を楽しく、やさしい心になれるものにしたい』って始められたところから問題だらけだったと思うの。引っ越し先で遊び相手を見つけるだけだと聞かされていたのに、実際には、労働のような内容に変わっていって、法律的にも危ういところがあるわ。お客様に満足いただけるまで寝かせてもらえないとか普通だと思わされていた、洗脳の技術は今でも怖いわ! 夢物語はここまでにすべきだとわたしは思っている」
〇華都【ぼくも、マイクロチップで脳を操作されるまでは、色々な遊びを自由にできて楽しかったんだ。でも始まると、お客さんのしてほしいことがわかった後に自分勝な手行動をすると電撃でおしおきされたり、職員さんからHで痛いことをされたりとかそういった面が怖くなってきたよ】
華都のメッセージでの参加は、おえかきソフトでは労力的に時間がかかるとのことで、文章を打つソフトへ変更された。一文字ずつカタカタとキーボードが動くので、内容は深刻だが、動きが可愛いと思った。
〇弓斗「そうね、虐待の報告も必要になるわね。ほんとうに、クリトリスちゃんに電撃が走った時の痛みはひどかったわ。今思い出すだけで痛あい」
弓斗は思わず足の間を両手でおさえた。
〇華都【ぼくたちはね、宇宙飛行士さんと同じ訓練を経た後は、冷凍保存の仮死状態で、荷物として月の裏側にある観光施設へ運ばれたんだ。解凍処理後、月の裏側にある建造物を加工してつくった観光地で暮らしながら、観光客の話し相手、遊び相手をしていたんだ。でも、数年で大統領の夢物語は歪みを与えられてしまった。彼にとって癒しの存在である少年たちを、快楽の対象として見始める人たちにひどく壊されて......。月に旅行に行った人たちが童心に帰ったように生き生きとした顔で、『あそこは本当の楽園だ』と口をそろえていうのは、職員さんに記憶の操作をされているから。操られて内容を語らせてもらえないんだ。ぼくとしては、せっかく大金を使って、月世界旅行に来てくれたのに、嘘でいっぱいだなんてさみしいし、悲しいよと思うんだ。ぼくは、残すのであれば、本来のように心から楽しいと思える世界に戻してほしいなあ】
子どもたち側にとっても初めは「本当の楽園」のように楽しい場所であったことが伝わってくる。
〇彪 「わたくしは、月のような閉鎖空間ではなく、地上に月世界旅行を楽しめるようなコンセプトのテーマパークを作り、成人年齢からでなおかつ、純粋な心や、素直に物事を受け入れることができる人を集めて、夢を配る仕事をしたい人を募集の形へ移行を提案も良いと思います」
〇翔 「そうですね。労働にも淫行にも法律的に触れない年齢層と一目につく場所での展開は大事になってくると思います」
〇良雲 「テーマパークには、宇宙飛行士の体験コーナーや、アトラクション、食事、お土産なども必要になってくるとは思いますが、死角を作らないようにしたいですね」
〇銛 「そうですね。薄暗い場所を作らない、は大事です。従業員もご来場者のみなさまも穴を掘られたり、ペニスをしゃぶられないように守らなくてはなりません」
〇鋸 「最終的な月へ行くプロジェクト側の中止の発表としては、観光施設の老朽化が、世間からのバッシングもなく、大統領側の問題も安心できるかと」
〇帳 「では、月のプロジェクトは、地上で健全に行う上でなら存続させる価値があるってことで」
〇希望 「それと合わせて、月面に今もいる子どもたちの命を守ることを最優先でこれから今後のことについてC△Aと連絡を取りますね」
〇弓斗「ええ、よろしく頼むわ」
〇希望 「承知いたしました」
一段落したので、千巻は、書記の手を止めて、華都の言葉がある画面を見て、こっそり心の中で伝えた。
――だいすきだよ。華都!
すると、文字がカタカタと打たれていき、画面に新しい文字が書かれた。
【――ぼくもだよ!】
「ちょっとぉ~、そこ二人きりでずるい~っ」
気づいた、弓斗が吠えた。
【――てへぺろだよ。もうバレたよ~】
――そりゃそうだよう、キーボードの音を立てるから......。
「こらあ、わたしたちも混ぜなさあい~」
「いえ、わたくしたちはお邪魔は別に......」
巻き添えは勘弁してほしいといった顔で彪 さんも周りの五人も少し苦笑いをしている。
「じゃあ、俺は今日はこれで、そろそろ」
千巻も退散することにした。
今は、だいすきな彼が意識を保って会話ができるということが、うれし過ぎてそれだけでじゅうぶんなのである。
――また、画面のおしゃべりに来るよ、華都。
【うん!】
研究所を出ると、やさしいそよ風が吹いて、千巻の足を軽くしてくれた。
「わあ、華都かな?」
――後日、プロジェクトを完全に止めるまではこの後数年かかることになるのだが、マイクロチップを届けた功績から、ごほうびに弓斗が何でも1つだけ願いを叶えてくれるというので、父親を弓斗の研究所で雇ってもらえることになった。
脳内へ埋め込み式ではなく、パッドやコードの付いた機械から微弱な電気信号を受信することで、スケートを誰もが跳び方をすぐ理解できるようにするための実験の協力をすることになになったのだ。父親はプログラミング側で参加をさせてもらい、活躍することになるらしい。
彼にも、じょじょに笑顔が戻りつつあり、千巻はうれしくて、毎朝通学路の途中まで一緒に歩き、これまでの失った時間を取り戻していこうと思った――。
大人になったらここに就職し、研究をして、できればあの華やかな日々に戻せるなら戻してあげたいと千巻はこっそり思っているのである。
――あと、就職したら、彪 さんたちを見分ける方法も探すんだ。
★
華都はプロジェクトが中止決定後、安心したのか意識を保つことが不安定になってきたようで最後の言葉を残し、もう文字での参加はなくなってしまった。
【だいすきな、千巻へ。ぼくはもう全ての生命力エネルギーとひとつになるようだよ。だから無意識で流れるようにしあわせを運ぶ存在になりつつあるんだ。だから意識のあるうちに言うよ。ぼくとのことは思い出にして、きみのことをぼくの次に宇宙で一番愛してくれる人を見つけて、その人とどうかしあわせになってね。ぼくもできる限りきみのそばへ行くよ。でもぼくに振り返っちゃダメだよ。前を向いて、大切なしあわせを逃さないようにね。ふふ。さようならは言わないよ。また明日ね】
それから千巻は、彼を感じたくて、命日には森に足を運ぶようになったが、今目の前で寝ている天使たちに出逢うまでは、理想の相手に出逢うこともできず、気落ちから物事もうまくいかない日が続き、ずっと落ち込んでばかりいたのである。
――ふふふ。また人の話をほぼ聞かずに、ぐっすり眠っちゃってえ。
翌日、千巻はお散歩として、聖夜 と架也 を、職場である弓斗の研究所へ連れて行くことにした。
これまで、マイクロチップの影響が不安で彼らから研究所は遠ざけていたが、弓斗の行っていた別人格の魂を、皮膚から培養して作った人体へ移すという人造人間のプロジェクトが安定してきているので、もし彼らが体を分けたい願望が今でもあるのならと考えていたのである。
当時にこの技術があれば、華都の人造人間化による復活も可能だったかもしれないが、弓斗に前に尋ねた時は、首を横に振っていた。倫理的に、本人は不可能で、別人格が対象という話らしい。だから、今回、架也が体を分けることができるのなら――。
「うれしいなあ。千巻さんと、お散歩♪」
「ですねえ。しかも千巻さんのお仕事先だなんて!」
「楽しみだよね~。ちゃんとお仕事しているか気になっていたんだ」
「ちょっとお、聖夜ちゃんひどいよ、それえ。俺、ちゃんと、真面目に働いているも~んっ」
「本当に? 本のお仕事よりもこっちの方は出勤するところをあまり見たことがないからさ」
「今、パソコンのやり取りだけで済むお仕事をしているから、良いの~」
念のため、彼らの会話をしっかり見てもらうために、コデマリの姿見も持たせてある。
大きな姿見を担いで歩く姿はやはり目立つのか、はたまた聖夜たちが端整な顔立ちだからなのか、道行く人全員が振り返ってはこちらを見つめてくる。
――あ~あ。これが俺のモテ期だったらなあ。
自分の美しさには気付いていないのか、千巻は空をあおぎ見て、恨めしそうに思った。
研究所に着くと、せっかくなので、呼び鈴を聖夜に押してもらった。
「楽しい、これ。もっと押しても良いかな?」
「他ではダメだけど、ここでは好きなだけ良いよぉ」
「本当? やったあ♪」
聖夜が百回ほど連続で押しまくり、再び呼び鈴に手をかけたその時、バッと扉が開いて、弓斗所長が飛び出してきたので、聖夜がひっくり返った。
「ち~ま~き~っ! 近くに寄る度にピンポンダッシュはもうゆるさ~んっ」
「あ、俺だってバレてた?」
「毎回、防犯カメラにしっかり映っているわ! って、珍しくお客さん?」
弓斗所長は、地面に転がったままの聖夜にようやく気が付いて、抱き起してくれた。
「もう! 昨日ちゃんと、連絡入れたでしょう~」
ぶーぶーぶーたれる千巻をよそに、聖夜の顔をまじまじと見つめたかと思うと、弓斗所長が叫んだ。
「かやちゃんっ!」
聖夜はきょとんとしていたが、すぐに、架也が来て、
「ユミコちゃんっ!」
と、目を見開いて叫んだ。
「なになに? みなさん、お知り合いなの?」
千巻は、予想外の展開に焦りつつ、様子を見守ることにした――。
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