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第三章~初恋の丘の秘めごと(やくそく)を/第三節 暗闇の始まり~

 数日経ったある日、浴室で母親と父親が言い争う声が聞こえてきた。 「別れたいですって!? しかも相手はユミコですって? アタシは、五年も待っていたのよ! 親友に手を出すだなんて最低! ゆるさないゆるさない!」 「ひぃっ、包丁はしまってくれ!」  聖夜(せいや)は、浴室の扉に真っ赤な鮮血が飛ぶ瞬間を見てしまった。  響き渡る、父親の悲鳴――。  目の前の状況が怖いという感情よりも、大好きなユミコが、自分ではなく父親を選んだことに大きなショックを受けた。  ふいに、浴室の扉が開き、父親から切り取ったと思われるペニスの半分を片手で持った母親が出てきた。 「あら、ここにも裏切り者が」  そう言うと、彼女は、聖夜にも包丁を振りかざして叫んだ。 「ユミコとあいつがまじわっていたのを見ていたのに、だまっていたってどういうことよ!? あんたはこいつの味方ってことよね?」 「ご、めんなさい。だってお父さんがこわかったから。僕もお父さんにおちんちんをさわられて、どうしたらいいのかわからなくて」  にらまれたことは初めてだったので、聖夜は言葉がうまく見つからないまま答えてしまった。 「ひどいっ。あんたも愛されてずるい! 子どもがいれば毎日来てくれると思って、あんたを連れてきたのに、何も変わりやしないっ。この役立たずが!」  聖夜の言葉は、母親により嫉妬心を与えてしまったようだった。  血まみれの浴室に、ぐったりと横たわる父親が見えた。 「ぼくも、お父さんのようにするの?」  母親はそれには答えずに、物置部屋に聖夜を閉じ込めてしまった。  その日から、十八歳になるまでの、彼が受けた十二年間に及ぶ母親からの虐待と監禁生活が幕を開けるのであった――。  ユミコもその後来た様子もなく、聖夜は、コデマリの姿見で彼女に習った「キス」を繰り返し練習をして、彼女の心を失った悲しみにも耐えたのである。                   ★  何日かして、浴室を覗く機会があり、そっと見てみたが、血の跡は綺麗になくなっていた。元から何事もなかったかのように――。  救急車の音も聞いた覚えがなかったので、父親が生きているのか死んでいるのか、母親に処理をされてしまったのかさえもわからなかった。  おかしくなる前の父親の、立派な生殖器を眺めることが聖夜は大好きで、憧れていた。  なので母親に質問しては、どうすればそれに近づけるのか考える時間が好きだった。 「おちんちんは、大切にしてね。痛いことをしたり、汚い手で触らないように。大人になっても大切にしてね」  そう言ってよく教えてくれていたのに、彼女は、憧れの父親の性器を切り取ってしまった。これも聖夜にはショックが大きかった。  そして何よりも、自分の大切なその場所も痛めつけてくる彼女にショックを受けたのである。 「みんな、ウソつきだよ」  そうして聖夜の心が、日々のなぜか始まった虐待を受け続けながら、少しずつ壊れていった時だった。 「大丈夫ですか?」  と、架也(かや)が助けに来てくれたのである。  愛しい人に贈るはずだった、コデマリの姿見から――。  

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