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第四章~喜びの鐘を鳴らすために/第一節 僕の名前ノエマ~
ユミコと再会したことで、色々なことが千巻とが初めてだと思っていたのに、忘れていた記憶が一気に架也に流れ込んできたのである。
研究所の中の時計の秒針がゆっくりと時を刻んでゆく――。
架也 は、久しぶりに再会したユミコに、微笑みかけたが、彼女は目をふせてしまった。
「ごめんね、かやちゃん。今更こんなこと言っても全て言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど。わたし、あなたのお父様とはあの時、何もなかったのよ。お父様は、無理矢理わたしを自分の物にしようとしていたけれど、もちろんわたしには、かやちゃんという婚約者がいたからその気はなくて、でもあなたのお母さんにも申し訳なくて、もうあの家には行けそうになかった。ちょうど、研究の関係で海外に行く話もきていた時だったから、わたしはそれに逃げてしまったの。最低でごめんなさい。わたしは、あなたに微笑み返す資格なんてもうないわ」
架也は、彼女を抱きしめて言った。
「ユミコちゃん。それはお互いさまですよ。あの時、私が勇気を出してあなたを守ることができていたら、全て何も起こらなかったのです。無力で本当にすみませんでした。そして、父親の方へ心を奪われたのだと勝手に裏切られたように思っていました。ずっと愛してくださっていたのに、信じることができずにすみませんでした。おむかえすることも遅くなってしまい、すみませんでした」
「かやちゃん、だって、あの時はまだ六歳じゃない。わたしだってそんな歳じゃ勇気何て出せないわよ。それに、この髪色......。わたしが大人として、もっと頑張るべきだったのに、本当に、ごめんなさい。ごめんなさい」
「いえ、私もあなたにまだ謝らなければいけないことがあります。あなたの親友である母を殺してしまいました。遺体はまだ家にあるはずです。すみません......」
「......わかったわ。今日確認に行くわ。......わたしは、あなたの出生についても謝らないとダメかもしれないわ」
「え?」
「あなたと出逢う数年前、お母さんのミドリさんは、妻持ちのお父さんタカシさんと不倫関係にあったの。奥さんと別れてくれるという話を信じて待っていたけれども、いつまでも通ってくるばかりで.......。それでとうとうしびれを切らしたミドリさんは子どもがいれば良いと思ったらしくて、いつの間にかどこかから赤ちゃんを連れてきていたの。誘拐だと思うんだけれども、実は、知らずにわたしも加担してしまったと後で気付いたの......」
「加担?」
「ある日、道を歩いていると、ミドリさんが走ってきて、赤ちゃんを渡して『ちょっと持ってて』って言うから数分だけ待っていたんだけど、まさか当時はあなただとは思わなくて......。あの時、警察官の目をそらすためだったようで、後からぎょっとしたわ。もっと早く気付いて元の家に帰してあげられていたらどんなに良かったか。本当にごめんさい」
「顔を上げてください。それでは、ユミコちゃんにも千巻さんにも出逢えなかったと思います。だから、結果的には良かったのだと思いますよ」
架也は、慈愛に満ちた表情で、おだやかに言った。
「ユミコちゃん、さあ顔を上げて......」
架也は、しばらく練習をしていた、習ったキスを思い出して、彼女の唇に贈った。
「......かやちゃんっ」
「はいはいはいはいっ、ストーップ! そこまでえ~」
二人の間に、放置されていた千巻 が割り込んできた。
「ちょっとお、バカ千巻くん。とっても良いところで何してくれるのよ!」
「だって、架也ちゃんは俺の恋人の一人なんだもん~。そりゃあ、止めますよ。おばさんに盗られちゃたまらん」
「誰がおばさんですってぇ~」
「うわあ、おばさんが怒った、逃げろ~っ!」
千巻は、ちょこちょこっと走ると、キツネの瞳の彪 の後ろへ隠れさせてもらった。
「こういう時、自分よりも背が高いと助かる~」
「困りましたね。巻き添えは苦手でございます」
苦笑する彼の目の前には、鬼の形相の所長が既に、手の骨を鳴らしながら仁王立ちしていた。
そこへ、架也が肩をたたいて笑いかけた。
「まあまあ、ユミコちゃん落ち着いてください。今日は、そろそろ私たちは帰りますから、今度ゆっくりお茶でも飲みに行きましょう」
「でも、かやちゃん、千巻が、わたしのことおばさんってひどいこと言ったの~」
「大丈夫ですよ。帰ったら、しっかり、かまぼこでぼこぼこにして、反省文を書かせますから」
架也は、彼女の頭を撫でて、微笑んだ。
「キュン......!」
彼女は十二歳若返ったかのように、ときめいてしまったが、
「おえ~っ」
と、千巻がまた邪魔をしにきた。
「今日は、俺たち、お客さんで来ているの!」
「わかっているわよぉ。ちょっとは夢ぐらい見させていただいても良いじゃないのよ~。ぷんぷん」
「ユミコちゃんのその怒り方、可愛いですね」
「やだあ、かやちゃんったらあ」
「おえ~っ」
千巻は、とうとうユミコ所長にぶん殴られてしまった。
「いったあ~!」
「さて、今日は、二重人格の人格分けの話だったわね」
頭をおさえる千巻をよそに、所長は仕事モードに切りかわった。
「ひとまず、この姿見を使いながら見てほしいんだけどさあ」
「やだあ、懐かしい~っ! まさかプロポーズに来てくれたの!?」
「ん、なわけあるか~いっ」
「えへへ、そうよね......」
「ユミコちゃん......」
架也は申し訳なくて、一緒にしょんぼりするしかできなかった。
「今日はさ、この架也ちゃんを聖夜 ちゃんから分離して、人造人間にできないか診てほしいんだけど。架也ちゃん、鏡使って、聖夜ちゃんと会話してみてくれる?」
「わかりました。聖夜、みなさんがお待ちですよ」
「こんにちは、初めまして。僕、聖夜。所長さん、僕は記憶なくてごめんなさい」
鏡の中の相手との表情の違いも含めて見比べて、ユミコ所長はきっぱりと言った。
「倫理的な観点から申し上げて、架也くんは無理だわ」
「え? なんでよお」
「それは、本人が一番知っていることじゃないかしら?」
「どういうことお?」
「架也くん、あなたは、考えられた存在 じゃないわね」
「えっと、その......?」
「本来からある魂は外せないのよ。あなたや千巻が言う、聖夜くんという人格なら良いのだけれども。それも、あなたが自分が何者かちゃんと再確認して、聖夜くんと丁寧に話し合うべき
だわ。残酷なことを言って申し訳ない気持ちもあるけれども、わたしにも残酷な決断をさせないでほしいわ。本来からある魂を外すことはこの国では殺人罪なのよ。わたしに、最愛の人を殺せだなんて言わないで......それとも、あえてその道を選ぼうと言うの?」
「ユミコちゃん......」
――その日は、ひとまず、千巻の部屋に帰ることになった。
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