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二日目 ~蝉しぐれ~ ③

 じりじりと唸り始めた陽射しの下。店の入り口に出っ張ったひさしに、わずかな影が伸びている。影彦はその下に置かれた少しぐらぐらする木の椅子に座ると、冷たいみかん水を一気に喉に流し込み、ほっと息を吐いた。傍らの看板には、『だがしや』の文字。隣にはぶんぶんと、アイスの入ったケースが音を立てている。  陽射しを遮る段ボールで覆いがかかっていて、中のアイスは見れないが、小さいころは100円玉を握りしめ、よくここにアイスを買いに来ていた。いつも買うのは二つセットになったアイス。一緒に食べれるのがいいと、夏生は笑って言ったものだ。  ジィジィと五月蝿い蝉の声を聞きながら、埃っぽい地面に映る影に目を落としていると、少しずつ体内を侵食するように、冷たい水分が全身に回るのを感じた。ほぅっと息をつくと横目でちらりと、隣の椅子を見上げる。 「なに?」  同じようにみかん水の瓶を傾けていた夏生は、そう言うともう一口、黄色い水を喉へ流し込んだ。とりつく島もない冷たい口調は、彼が機嫌を損ねているのを示している。 「いや、怒ってるのかなと」 「怒ってないよ」 「そうか?」 「あぁ、なんで俺が怒らないといけないんだ? 仕方ないよな、影彦はもう年だし。都会で鈍ってよぼよぼだもんな」 「なっ!? 年寄りって、お前も同い年だろ。ちゃんとジムにだって通ってるし」 「ジム? ずいぶんオッシャレなものに通っておいで遊ばすこと」  ことさらゆっくりとした口調に、彼の怒りが表れている気がする。おまけに言葉遣いもなにやら怪しい。  みかん水の瓶についた水滴を拭いつつ、どうしたものかと思案する。と、薄暗い店の奥から小さな笑い声が聞こえた。

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