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二日目 ~蝉しぐれ~ ⑦

 彼の葛藤の間を埋めるかのように、五月蠅いばかりの蝉の声が耳に反響する。 「影彦ちゃん、お祭り行くん?」 「あ、はい」  やがて、意を決して口を開きかけた影彦に、彼女は目を細め、柔らかく微笑んだ。彼は言いかけた言葉を飲み込むと、向けられる視線にただ、頷いて視線を落とす。 「気ぃつけるんよ」  ぽつり。蝉の声に紛れた小さな声が、彼の耳に届いた。寂し気な、呟くような音。弾かれるように影彦が顔を上げると、スカートの花柄模様が翻り、彼女の表情は黒い傘の中に隠れた後だった。 「……行こう」  ゆっくりと小さくなる後ろ姿を見送る影彦の肩を、夏生は揺らすと先を促す。 「夏生」 「いいんだ」 「でも」 「俺にはお前がいる。それでいいんだ」 「でも!」 「良いって言ってるだろ!?」  叫び声とともに、キツい眼差しが影彦に向けられる。なにかを堪えるように、固く結ばれた口元。夏生は彼の身体を引き寄せ、唇を塞いだ。突然の行動に影彦は驚いて咄嗟に彼を突き飛すと、次に自分のしたことに気付き、はっと息を飲んだ。 「……ごめん」  こわばった表情を浮かべ、唇を噛む夏生に、影彦は首を振る。 「いや」 「ごめん」 「別に、恋人同士だし。こんなの、当たり前だろ」 「うん、そうだね」  ことさらぶっきらぼうにそんなことを言うと、夏生は目を伏せて小さく笑う。  恋人同士だから、おかしくはない。今のは、ほんの少し驚いただけ。そう自分に言い聞かせる影彦を、夏生はじっと見つめていた。

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