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二日目 ~蝉しぐれ~ ⑧

 好きだと、彼がその気持ちをいつから持っていたか、影彦は知らない。  いつもクラスの中心にいて、柔らかな笑顔を浮かべていた幼馴染。誰にでも優しくて、強くて。影彦にとって夏生は憧れの存在だった。  なのにその彼は生まれた時からの自分の幼馴染で、いつも自分のそばにいるのだ。自分と一緒にいるときの夏生は控えめで、影彦がこれをしたいと言うと、「かっちゃんがしたいなら、俺も」と、自分の後を着いてきた。クラスの特別な人間が、自分を特別扱いしてくれる。なんだか自分まで特別になった気でいたものだ。  そんな風に当たり前のようにいたから気付けなかったのだ。彼がどんな眼差しを自分に向けていたかだなんて。  パンッ、かたわらで鳴った音に我に返る。村長の川辺が手を叩いたらしい。影彦が物思いに耽っている間に会合は終わったようだ。参加どころか、内容すら頭に入っていない。さすがにマズイと思ったが、尋ね返す気にもなれなかった。なんとかなるだろう。  ちらりと、隣に座る夏生を見やると、なんだか自分の思惑を見透かされているような気がして口を引き結んだ。後で彼に聞けばいいかと思ったことは、言わない方がよさそうだ。 「そんなら、明後日の見回りは中津の士郎さんが中心になるっつぅことでえぇか?」  川辺の言葉に、他の村人たちからは特に否の返事はない。どうやらなにごともなく終わりそうだと、影彦はこっそりと息を吐いた。今日の夕飯はカレーを作ると、祖母が言っていた気がする。まだ外は明るいが、そろそろ夕刻だ。とろりとした甘辛いカレーに思いをはせていると、奥の方で手が挙がった。 「なぁ、村長さん。祭りのことなんやけどな」  確か梨本だったか。妻が村の出身とかで、去年辺り村にやってきた男だ。影彦は直接会話したことはないが、村の役場に勤めていて、村内の活性化だの村おこしだのを提案したり、行事に積極的に関わってくる、なかなかのやり手だと聞く。  まだ帰れそうにないと知り、苦い顔をする影彦の手を、夏生がぎゅっとつねった。大人しく聞いていろという表情が読め、小さく舌を出して見せる。小さいころから一緒のせいか、彼がなにを言いたいか察するのは得意だ。表情で応戦していると、川辺になにやら言っていたらしい、梨本が声を張り上げた。

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