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三日目 ~昼下がり~ ⑥

 昨日彼を突き飛ばしてしまった影彦は、また夏生を傷つけてしまったのだろうか。彼を大事にしたいと思うのに、どうすればいいのか判らない。恋人になるだけではいけないのだろうか。 「せや。あん人らは、残された人の未練に惹かれて戻ってくるんや」  そんなことを思っていた影彦は、祖母の言葉に目をしばたかせた。思ってもみなかった答えを突き付けられた気がして。 「残された……?」  不意に、彼の脳裏にほっそりとした姿が浮かぶ。青い小花柄のワンピースと黒い日傘。柔和な顔立ちの女性。 「幽霊って、未練があるから出てくるんやないんか?」  少なくとも、影彦が観た映画やドラマの中では、未練を持っているのは死んだものの方だ。初めて聞いた彼らの現れる理由に、影彦は目を丸くした。  それなら自分は、とても大きな間違いを犯していたことになる。 「死んだもんは、そんなこと考えへん。死んだら終わりや。よそは知らんけどな、この村じゃ、未練を持つんは生きとるもんの方だけや」  青い空の下で話すにはいささかそぐわない会話だと思いつつ、祖母の話に耳を傾ける。心なしか蝉の声が、遠くなった気がした。 「せやないと、この季節、村がご先祖さまだらけになってまうわ」  大きな口を開けて桃にかじりついた祖母は、そう言って辺りをゆっくりと睥睨する。確かにそうかもしれない。この村で生まれ、高校に入るまで毎年夏を迎えていたけれど、思えば前の年に死んだ近所のおじさんだとか、どこそこのおばあちゃんだとかばかりで、それこそ古い鎧を着た武士や着物を着たちょんまげの百姓などの姿などは見たことがない。 「夏生のお母さんは、どうして『視えない』んだろう」

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