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三日目 ~昼下がり~ ⑪
「夏生は」
その後を続けようとして、じっとこちらを見つめる視線に口を閉ざした。昨日と同じだ。
理由は解っている。言ったからって、どうなるというのだろうか。だがせっかくここまで来たのだ。彼は唇を噛むと、舌で湿らせた。躊躇いつつ、口を開く。
「いえ、……おばさんは、『ご先祖さま』は、ご存知ですか?」
言い換えた言葉に、彼女は気づいているのか。
「うん、聞いたことあるよ」
「もし、……もしなのですが、夏生が戻ってるって、知ったら、会いたい、ですか?」
見つめている瞳の奥で、なにかが瞬いたような気がした。表面上は凪いだ水面のように穏やかな表情を浮かべた夏生の母親は、少し首を傾けると自分の手元へと視線を落とした。
「せやね。会いたいかな。ほんと言うたら、かっちゃんのそばにおるん違うかなって思たりもしたんよ。かっちゃん、毎年こっち帰ってくるしね」
彼の質問は予想の範囲内だったのだろうか。せやけど。と、彼女は続ける。
「視えんもんはしょうがないもんね。それに、逢うたらもっと一緒にいたなってまうもん。変な未練みたいなもんが、残ってまうけんね」
「……」
優しくそう笑う彼女は、どうして影彦がここに来たのか、ひょっとして解っているのだろうか。
「俺は、夏生のそばにいてやりたいと思いました。それがあいつへ俺が出来ることだって。けれど、未練を持つのは死者じゃなくて生者だとしたら、俺はあいつに」
「それは、難しいね」
細い指が伸ばされて、彼の前髪をかき上げた。ゆっくりと髪を撫でられて、目を伏せた。こんなこと、この人に言ったってどうしようもないというのに。
「そやねぇ、うちにはそれに答えは出されへんわ。でもね、夏生の親やけんね、なんとなくやけど、あの子の考えてることは解るんよ」
そういえば、小さいころはよくこうして、二人して頭を撫でてもらったっけ。優しい手はぽふぽふと、柔らかく額をたたくと外された。
「かっちゃんのしたいようで、えぇんよ」
「……はい」
目を閉じると、エアコンの空調の音に混じって、さやさやと水の流れる音が聞こえる気がした。
どうしたいか、だなんて。答えなど出るのだろうか。影彦には解らない。ちっぽけな彼に解るのは、いつだってほんのわずかだ。
飲みかけのグラスを両手で包み込むと、ひんやりとして少し汗をかいて濡れている。少し傾けるとからんと音がして、静謐な部屋に小さく響いた。
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