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第8話
「ねぇ、律くん。どうしてそんなに怒ってるの?」
律の隣に腰掛け由伊は静かに話しかける。けれど律は頑なに何も言わない。こんな彼は初めてで、由伊は益々どうしたらいいのか分からない。
……どうするか……どうすれば話してくれるのか……。
「……俺の事、嫌いになった?」
冗談半分で……でも、本当にそうだったら嫌だなと諦めの気持ちも持ちつつ聞いてみる。そうして耳を澄ませて待っていると、微かに布団の中からずびっずびっと鼻を啜る音が聞こえてきた。
「え……律くん? 泣いてるの? どうしたの?」
由伊は驚き、優しく布団の上から律に触れる。
「律くん、泣きながらで大丈夫だから俺に話して? 何があったのか教えて? 律くんの嫌なこと俺しちゃったかな?」
優しく、優しく、怯えないようにトントンと布団の上からあやすように手を動かす。
根気よく待っていると、モゾモゾと布団が動き、ぴょこりと頭を出した。
「…………ゆいぃ」
ずびすびと鼻声の声が縋るように聞こえてきて、由伊はやっと出てくれた……、と安堵しつつ「どうしたの?」と問いかけながら律の顔を覗く。すると律は布団の中から出てきて、由伊にぎゅうっと抱き着いた。
「なぁにどうしたの? 体調悪くなっちゃった?」
律はふるふると首を横に振り否定する。由伊は抱き着きながらひぐひぐと泣く律の頭をヨシヨシと撫でる。
「……ゆい、ごめん」
ぽそりと、か細く呟かれた声に、由伊は「ん? なにが?」と反応する。律は震える声で続ける。
「……おれ、……やつ、あたりした……ゆいに、……さっき……ごめ、なさ……っ」
ぽろぽろと泣く律に由伊は優しく、甘やかすように話しかける。
「そうだったの。どうして、八つ当たりしたくなっちゃったの?」
律はしゃくりあげて、時折ケホッケホッと咳き込みながら子供のように泣く。そんな彼が可愛くて、愛おしくて、頭を撫でつつ由伊はこっそりスンッと頭の匂いを嗅いだ。
「……なんか、……わか、ないんだけど……いらいらしたの…………なん、か……っ、ゆい、……っ、ゆいがぁ〜っ」
「わぁ、どうしたの〜。明日目腫れちゃうよ〜」
律は話したいのに、話す内容を頭に浮かべた途端また泣き出してしまった。そんなに悲しませるような事を自分はしてしまったのだろうか……と、必死で思考を巡らせるも、何も心当たりが無い。無いのに、何故かとても罪悪感を覚えてしまう。……この幼児を泣かせてしまってるような感覚……とても心苦しい。自分自身に腹立ちながらも、由伊はゆっくり慎重に時間をかけて律をあやす。隣の部屋では楽しそうな笑い声が聞こえてくる。こっちの事はもう気にしてないようだ。
「……俺が、律くんになにかしちゃったんだね?」
そう確認すると、律は再び首を横に振った。でもさっき、「ゆいが〜」って泣いたじゃないか。一体何が原因なんだ?
「……ゆ、ゆい……なにもしてな……っ、でも、……ゆいと、……わらってる、おんなのこっ……みた、ら……いらいらしたの……っ、ごめ、ごめんなさい……っ」
しっかりと言葉を紡げた律を由伊はヨシヨシと撫でながら考える。
え? 俺と笑ってる女の子をみてイライラした?
……え、なにそれ。そんなの、嫉妬みたいでなんか、勘違いしちゃうじゃん。
「……律くん、俺が女の子と楽しそうにしてるの見てイライラしちゃったの?」
確認する為にそう聞くと、律はひぐひぐ泣きながら「せ、せ……ぃかく……わるくて、……っごめ、」とまた泣き出す。いきなり嫉妬してくれた上にこれはもしかして、自分が嫉妬してる事に気づいてない……⁉えっ、えーっ! どうしよう〜どうしようこの可愛い生き物〜あーきっと泣いてるのは自分が性格悪いなーって思い悩んで泣いちゃってるんだなぁ〜え〜なにこの可愛い生き物〜!
「律くん」
由伊は律の頭を撫で名前を呼ぶ。
「律くん、キスしていい?」
「へっ」
湧き上がる感情がどうにも抑えられそうにない。今この場で押し倒してないだけでも、褒めて欲しいくらい。由伊のセリフに律はじわじわと顔を赤くしてしまう。律からしたら、なぜ今、だとか、俺は情けなくも号泣中だぞ、とか、由伊は悪くないけども、複雑、だとか、恥ずかしい、だとか。心の中は大忙しなのに、由伊の強請るような顔を見たら何も言えなくなってしまった。
「……だめ?」
由伊が確信犯のように首を傾げれば、由伊の顔が好きな律は真っ赤になった。
律は「えっえっなんでっ? なんで今のながれで?」と混乱してしまう。由伊はにっこり笑って、律の額に自分の額をくっつける。
「……だって律くん、それは性格が悪いんじゃなくて嫉妬って言うんだよ」
「……しっ、と?」
泣いて汗ばんだ律の額に益々幼児みを感じる。初めて聞いた、とでもいうような反応に一瞬驚いたが、言葉の意味を理解した律は時間差で、ボボボッと更に顔を赤らめて涙目になってしまった。
「なっなな、だ、ってそんなの……っ‼」
「んー? 違うの?」
にっこりキラキラ笑えば、律はワタワタしながら由伊から距離をとる。精一杯腕を伸ばして距離を取りたがるけど由伊は絶対に離さない。こんな可愛い生き物地球上にいるとは、そしてそれが自分の好きな人だとは思わなかった。可愛すぎる。
「だ、だって‼ 嫉妬ってそんなの、思っちゃいけないんだぞ!」
律はまだ真っ赤な顔で何か叫ぶ。
「いけないってなんで?」
純粋に聞き返せば、律は、うりゅ、と涙目になって段々と腕の力を弱めた。
「……ゆ、ゆいが……こまる、から……」
律の思う「嫉妬」は身勝手な思いで、ワガママな感情を押し付けているだけの行為、という認識なのだ。だから、自分のこの独占したいと思ってしまった思考は醜くて汚いものだと思っている。律が嫉妬を押し付けることによって、由伊は有頂天になるだけなのだが律はそんな事は思わない。嫌われる、そう思っているから。
「……ゆ、ゆい? ……おこった?」
律は、「……ごめんなさい」としょんと耳が垂れた子犬のようにしょんぼりして、うりゅうりゅしている。由伊が理性に耐えるために黙り込んでいるから律は益々不安になってしまう。由伊は「すぅーはぁー」と深呼吸をして、再び律に向き合った。
「律くん。俺は今とっっっても、このまま宇宙に放り出されても、刃物で刺されても笑って死ねるぐらいには今めちゃくちゃ嬉しいよ」
「えっ、な、なんで? や、だ……」
どれに嫌だと思ったんだキミは。可愛いな。……て、そうじゃなくて。
「だってね、嫉妬っていうのは"相手を独り占めにしたい"っていう感情が生み出すモノだからだよ。律くんが、俺を独り占めにしたいって少しでも思ってくれたって事だから、律くんの事が大好きな俺からしたらこんなに嬉しい事は無いんだよ」
律はポケポケとほんのり紅い目で由伊を見上げる。
「ひとり、じめ……」
すとん、と納得したような顔をする律に由伊はじわじわと体の奥底から込み上げる嬉しさに耐えきれず、ぎゅーっと抱き締めた。
「わ、ゆ、由伊……」
驚いた律がぽそりと呟く。
「ねぇ律くん。やっぱりキスしたい」
そっと体を離し、律を見つめれば、律はボボボッと赤い顔をして由伊の首にしがみついた。
「……はずかしい」
よく自分が襲いかからなかったな、と由伊は自分自身を褒めて称えたい。顔を赤らめて、抱きついてきて顔を隠しながら「恥ずかしい」と呟くなんて、漫画でしか見た事ない。それを素でやるこの子は小悪魔だ……いやいっそ天使なのでは……。
由伊は気を取り直して、律の頬に手を添える。
「……律くん。大丈夫、恥ずかしくないよ。俺しか居ないもん」
ゆっくり覗きこめば、ぷるぷると震えて羞恥心に耐える律。可愛い可愛い可愛い鼻血でそう。出さねぇけど。
「律くん、大好きだよ」
顔を近づけると、律はぎゅっと目を強く瞑った。それが合図かのように、由伊はゆっくりと唇を律の唇に触れた。初めての口付け。ギュッと結ばれた律の唇は、少し湿っていて甘い気がした。
「……律くん、もう少し力抜いていいんだよ」
クスクス笑いながら言ってあげると、律はハッと目を開けて何やら言い返そうとした。……が、由伊はチャンスとばかりに律が開けた口にかぶりつく。
「んんっ⁉ ……んぅ……ふ、」
律は拒もうとしてくるけれど、由伊の舌はもう律の口の中。歯列をなぞり、上顎を撫でると段々律は甘い声を洩らす。
「……んぅ……ふ、は……っ」
飲みきれない唾液が口の端から溢れる。ぴくぴく、と体が反応し、由伊を突っぱねようとしていた腕もいつの間にかしがみつくだけになっていた。舌を絡める度に反応する体が可愛くて可愛くて、つい強く腰を抱いた。
「んっ」
ふと律がピクリと反応する。由伊も律の腰を抱き寄せて気づいた。……あれ?
「もしかして、たっ」
「わー‼」
真っ赤な顔で俺の口を塞いでくる律くん。隣の部屋ではまだ賑やかな声が聞こえているため、彼の叫び声は聞こえなかったのだろう。由伊は嬉しくなってニヤニヤしながら律を見る。
「……律くん、キスで気持ちよくなっちゃった?」
そう聞けば、キッと涙目で睨みあげる律。
「ち、ちが……っ」
「違うの? じゃあこれはどうしたの?」
「ぅあ……っ、や、」
腰を抱き寄せて、浴衣の上からすりすりと触ってやる。すると律はピクンっと体を跳ねさせ、いやいや、と首を振る。
「抜かないと辛いんじゃない?」
ぐりっと強めに刺激を与えると、律はビクッと大きく震え「んぅっ⁉」と喘いだ。
あ〜〜〜可愛い。
「律くん、気持ちよくなりたくない?」
腕の中でぷるぷる震える律は、「や、やだ……っ」と涙声で由伊を見上げる。羞恥心で真っ赤に染まる彼の顔が可愛くて可愛くて愛おしい。
「ふふ、大丈夫だよ。抜くだけだから」
そろり、と浴衣の間から手を入れ込みつーっと肌を撫でる。
「んぁ……っ」
ぴくぴく、と体が反応しぎゅっと由伊の浴衣を掴む。律の浮いている肋に指を這わせ、ぎゅ、と目を瞑る彼の瞼に、ちゅ、とキスを落とす。
「ぁ……っ」
小さく漏れた声が、由伊の加虐心を擽る。律の反応を楽しみながら、薄い体をまさぐる。背中をつーっと撫で上げ、前に移った時、胸の小さな突起が指に引っかかる。
「あっ」
ぴくり、と声を上げ自分でビックリした顔をする律。由伊はにっこり笑って、「ここ、好きなんだ?」と意地悪を言う。律はあまりの恥ずかしさにぼふっと由伊の胸に顔を埋めて隠れてしまった。由伊はクスクス笑いながら「ごめんごめん」と言って、律の体の向きを変える。自分の足の間に律を入れて、自分の胸と律くんの背中がくっつくようにして座らせる。
「ゆ、ゆい?」
不安げにこちらを振り向いて聞いてくる律を、後ろからぎゅうっと包み込んでちゅ、とキスを落とす。
「大丈夫、俺に任せて、力抜いていて」
律はうなじと耳を赤くしつつ首を傾げて由伊の動向をうかがった。由伊は律の両太ももの内側をゆっくり撫で、徐々に足を割開かせる。律はぷるぷる震えながら由伊の腕をぎゅう、と掴む。浴衣の前開きの所から、手を差し入れ胸の突起をくりくりと弄ってやる。すると律はぴくぴく、と反応しながら「んっ、ふ……っ」と気持ち良さそうに声を出し体の力を抜く。
「あんまり、声出しちゃダメだからね」
隣の部屋に配慮するように声をかけると、律は思い出したように、きゅっと口を固く結んだ。くにくに、と胸の粒を弄ってやれば、腰をもぞもぞと浮かせて感じている律。片方の手を、ゆっくりと浴衣の下、パンツの中へと差し込む。律は「や、やだ……!」と潤んだ瞳で俺の手を掴んで止めたけれど、由伊はにっこり笑ってキスをして誤魔化す。パンツの中にある律のモノは、湿っていて完勃ちだった。ゆっくり亀頭をくりくりと指の腹で撫でると、ねっとりとした液体が溢れているのがわかる。
「……律くん、そんなに気持ちよくなっちゃったんだね……かわいいね」
耳元で静かに囁いてやれば、ボッと火が出たように赤くなってしまう律。
「あぁ……そ、こ……やだ……っん、」
柔く揉んでやり、裏筋から竿全体に我慢汁を塗りつけてぬるぬるにする。そのままゆっくり手のひらでつつみ、上下に動かしてやれば律は「あ、ぁ……っ、……ふ、はぁっ」と荒く息をし始める。最初は恥ずかしがって足を閉じようとしていたのに、今はだらしなく足を自ら開き、由伊が与えてくる快感に震えている。胸の粒も両方、余すこと無く、くにくに、と触る。濡らした方が気持ちいいかもしれない、と由伊は律の口に自分の指を持っていく。
「……律くん、舐めて?」
由伊の言葉に律は顔を真っ赤にしつつも、恐る恐るちろり、と舌を見せ由伊の指をちゅぱちゅぱと舐め始めた。
「ちゃんと唾液を絡めないとダメだよ」
ぐりっと、亀頭を強く刺激してやると律は「んぅぅ⁉」と声を上げビクリと体を震わせる。軽くイッちゃったようだけど、まだ彼のモノは元気なまま。いつの間にか羞恥心が飛んだようで、由伊の手にもっと、もっと、と腰を浮かせてモノをすり寄せてくる。口の中で由伊の指も弄ばれ、指は唾液でとろとろだ。その指を口の中から抜き、銀の糸が垂れてぽけっとする律に、よくできました、と頭にキスを落とし撫でてあげる。濡れた指を再び律の胸の突起にあてがい、さっきよりも優しく弄ってやると、律は気持ちがいいのかさっきよりも大きく体が反応する。
「んぅ、ゆ、ぃ……ぁあ……ぅ」
どっちが気持ち良いのか分からないが、律のモノからはどんどん我慢汁が溢れ出てくる。そのせいで、パンツの中はびしょびしょで、手を動かす度にぐちょぐちょという水音が聞こえる。
「……律くん、気持ちいい?」
耳元で囁いてやれば、ビクッと反応しつつ「ぁ、あ、う、ん……っ」と頷いた。
上気した頬、浅い息、もどかしそうに腰を浮かせる律。胸をこりこりと弄る度に、とめどなく声が洩れる。感じやすい体だなぁと驚きつつも、反応が可愛くて可愛くて、早くイかせてやりたい。徐々に手を早めると、律が焦ったように「あっあっ……ゅ、ゆい……あ、んぅ……っ」と首を振って由伊をみあげる。ずりずりと、力が抜けて由伊の胸の辺りまで頭が下がってしまった律は、由伊を見上げて「ぁっ、……で、ちゃ……っ」と小さく繰り返した。徐々に腰が浮いてきて、律が強ばった。ここで焦らしても良いけれど、今日は取り敢えずこのまま出させてあげることにした。
「……いいよ、律くん。イきな」
優しく囁きおでこにキスを落としてあげる。すると律は由伊の声を合図にしたかのように、ピンッと足を伸ばして背を反らせ、「あっああっ!!」と声を上げてビュッビュッと白濁を吐き出した。由伊が手で包んでいたから、あまり飛び散らなかった。そのまま余韻を楽しませてあげようと、ゆっくり擦りあげてあげると、律は「あっ、や、っ! イッたばか……っ」と声を上ずらせ焦る。イッた後の敏感なモノを擦られると辛いよね。
……でも同時に、快感は強烈だよね。
律は涙をこぼしながら「ゅい、とめてっ、ゆいっ‼」と声を上げる。
「ん〜? どうしたのー?」
由伊はニコニコ笑いながら、手を止めることはない。速くする事もなく、止めることもなく、もどかしい強さと速さで擦り続けてあげる。律はお腹の筋肉をぴくぴく、させて腰を浮かせるのが止まらない様子だ。 あ〜可愛い。はくはく、辛そうに息をして、必死に快感を逃がそうと腰を上げてお腹の筋肉が動く。細いから体の反応が全て具体的に見えてしまう。エロくてエロくて堪らない。律は指をくわえ、固く目を瞑り必死に快感に耐えている。
胸の粒を、ギリッと強く刺激してやると律は閉じていた目を見開いて「あっあぁっ⁈」とビクビクッと体を震わせた。
「ゅい、……ゆい、や、やらぁ……っ、ゆいぃ……っ」
あまりの快感にぼろぼろ、と泣き始めてしまった律に由伊はギョッとして、慌てて全部から手を離した。
「わ〜! 律くんごめん! あまりにも可愛くてちょっと意地悪しちゃった! ほんとごめん、ごめんね!」
慌てて白濁の付いた手を律に触れさせないように抱き起こして強く抱き締める。ヨシヨシ、と頭を撫でてやれば、律はスンスンと泣きながらも気持ち良さそうに目を細めた。
あっぶねぇ……潮吹かせる所だった。悪い癖が出てしまいかけ、猛烈に反省する。傍にあったティッシュで綺麗にしてあげていると、律はこてん、と胸に頭を預けてきた。
「……ゆい」
舌足らずにぽそりと名前を呼ばれて、由伊は律の小さな頭を撫でる手を止めずに「ん?」と穏やかに返す。
「……俺ね、うれしかったんだぁ」
うとうとと、眠そうに目をしぱたかせ、ぽそり、ぽそりと言葉を紡ぐ。その一つ一つを零さぬようにゆっくりと確実に、拾い上げる。
「何が嬉しかったの?」
拾い上げた言葉達を反芻し、繋げてゆく。
「……ゆいと、みんなとねぇ、いっしょに、あそべたこと」
ふにゃり、と目を細めて笑いかけられ胸がドキリと高鳴る。こんなにも嬉しそうに笑う律を、今自分だけが独占している。明日は、優しく見守ろう。今日みたいな感情を出すんじゃなくて、律の心に残るような思い出作りをしてあげよう。そう心に刻んで律の頬にキスを落とす。
「俺も、律くんとここに来られて嬉しいよ。これからも沢山色んなところに行こうね」
にっこり笑って話しかければ、律は安心したように「うん」と頷いてゆっくり瞼を閉じた。
規則正しい寝息を立て、胸が僅かに上下する。
「あー……可愛い」
ぎゅう、と大切なものを抱きしめるようにすやすやと眠る想い人を抱き締めた。形を確かめるように、存在がある事を己に分らせるように……。
「お〜い、由伊さんや〜。もうお布団入ってええか〜?」
襖の隙間から顔だけをこちらに見えるようにして橘が声を掛けてきた。由伊はハッとして、「ああ、うん」と返事をする。
「あらぁ、律くん寝てしもたん。可愛ええな〜」
橘は律のほっぺをぷにぷにとイタズラした。
「仲野たちは?」
「もうとっくに部屋戻ったわ」
「そう」
律を抱き上げ、布団に寝かせると、橘は窓側の布団にそそくさと入り、「う〜さむっ」と唸っていた。由伊は何となく、橘の震える背中を見て口を開いた。
「なぁ、橘」
「んー?」
橘は顔だけこちらに向ける。彼の顔を見て、ふと、言いたい、と思った。
「俺、律くんの事が好きなんだ」
何故言いたくなってしまったのかは分からない。ただ何となく言っておきたかった。
「知っとるわ~。見たら分かるやろ。仲野達も知っとんで」
「そんなに分かりやすかったかな」
「当たり前やろ。お前、りっちゃん以外にはむっちゃキツいしな」
自覚はある。あるけれど人に言われると、事実として割とショックが大きい。
「……なんか、ごめん」
「いやいや責めてへんわ。ええんちゃう? お前はいつも頑張ってんねんから」
「え?」
橘のよく分からない言葉に、首を傾げる。
「由伊はいつもりっちゃんの事いちばんに考えて行動しとる。自分を二の次にするっちゅーんは、相当なパワー必要やと俺は思うで」
橘は由伊をにっこり見つめてそんな小っ恥ずかしい事を言ってきた。
「……いいや。俺は自分の事を考え過ぎて律くんを傷つけてばっかりだ。それにこれから先も律くん以外の人間には意図せず態度悪くなると思う」
それは紛れもなく自分中心だからだ。相手の都合や思いを顧みず、ただ彼が好き、という自分の自己満足の下、相手が傷つけられる。そんな自分をいけないともちゃんと分かっている。けれど要らないと思ってしまう。この世界に、彼以外の人間は。
「自己中でもええんちゃう? 結果それでお前の大切なりっちゃんが幸せなるんやったら、万々歳やん」
なれるのだろうか、今のままで。俺は彼を、幸せに出来るのだろうか。生きるのが上手くない、こんな俺が。
「……こんな事、言いたくないけど……。橘との方が律くんは幸せになれそうだよね」
橘は誰にも等しく優しい。明るくて、いつも笑顔で、裏表なんて無いように振舞っている。それがいいのか悪いのか分からないけれど、律はそんな橘を信頼して心を開いていた。
彼が本当に安心出来るのは、自分ではなく橘の隣なのでは、と薄々思ってはいたのだ。
けれど手放せなかった。これも自己中な自分のせいだ。由伊は律を手離せない。
彼が離れたいと望む時、由伊は死ななければならない。そうしなければ律は永遠に由伊の愛という名の呪縛から逃れられはしない。そんな人生を大好きな彼に歩ませるくらいならば、いっその事傷がまだ浅いうちに……、
「りっちゃんが誰と幸せになるかは、りっちゃんが決めるやろ。りっちゃんかて一人の男やで、由伊」
橘の穏やかな瞳は由伊から窓の外へと移る。景色を眺める遠い目は、いつも笑顔を貼り付けている彼のなんの感情も灯さない瞳は、酷く冷たく感じた。
朝目が覚めて、律は絶叫しそうになった。それは、目の前に美形がドアップなのと、昨日の由伊との行為を朧気に思い出したからだ。ぼぼぼっと顔が熱くなり、心臓がドキドキしてしまう。あ、あああんなえっちなこと、由伊と、しかもこの部屋でしちゃったよね⁈ お、おれ……今日、由伊にどんな顔したら……
「あれ、りつくん、もうおきてたのぉ……おはよぉ〜」
ふわぁ、と欠伸をしつつ俺の額にちゅ、とした由伊。それにまたぷしゅう、と顔から湯気が出そうになる。
「なぁに? そんな顔真っ赤にしちゃって。……あ、昨日のこと思い出しちゃった?」
「……っ! ち、ちがっ!」
「……あんまり大きい声出すと、橘が起きちゃうよ」
しー、と人差し指を口に当て妖艶に微笑んだ由伊があまりにも美しくて、律はイケメンってムカつくんだな、と思ってムッと口を尖らせた。
「……ゆい、……えっちなことしないって……いっただろ……」
拗ねたように小声でそういうと、由伊はキョトン顔になる。
「……律くんが先に感じちゃったんじゃない。ここ、かたくなっちゃったんでしょ?」
くすり、と笑われて律のモノに浴衣越しに指を這わされ律は昨日の行為を思い出して、びくぅっと肩を揺らした。
「〜っ、ゆ、ゆいのいじわる‼ ばか‼」
大声で叫んでしまったが、俺はもう怒ったのでバッと起き上がる。橘の「んあ、りっちゃあん〜?」と寝ぼけた声を出して目を擦りながらキョロキョロと顔を動かしていた。
むくりと起き上がった橘を見て律は、さっきまでの恥ずかしさや苛立ちが吹っ飛び、「ぷっ」と吹き出す。
「た、橘……、ねぐせっ……やばぁ〜っ‼」
ケラケラと腹を抱えて笑う。どうやったらそんな重力に逆らった寝癖がつくのか甚だ不思議で仕方がない。
「……お前、今日そのままでいいんじゃない?」
呆れたように笑う由伊に、橘はムッとした。
「寝起き早々なんで友人二人にこけにされなあかんねん。俺寝とっただけやん」
ぷんぷんしながら布団から出て洗面所へと向かう。途中、「さぶぅ〜」と震え両腕を摩っていた。確かに冷え込んでいる。律は再び布団に入り、まだ布団で座っている由伊にくっついた。
「あれ? 律くんまた寝るの?」
横になった律の頭を優しく撫でながら由伊が聞いてくる
「……ううん。寒いだけ」
寝ないけど、寒いから、もう少し由伊にくっつきたい。……そんな事、小っ恥ずかしくて言えないけど。
「そっか。じゃあ俺も寒いから横になろう」
由伊はにっこり笑ってまた潜って律と向き合った。
「別に、向き合わなくていいんだけど」
背中があれば擦り寄れるし、顔も見えないから恥ずかしくないのに。
「でも、……こうやって、くっついた方が暖かくない?」
「わ、」
グイッと腰を引き寄せられぴとりと由伊の腕の中に収まる。由伊の鼓動が聞こえるくらいぴったりだ。心音がゆっくりと刻まれている。彼の心臓はこんなにゆっくり動いているんだ。だからいつも冷静で、余裕があってカッコイイのだろうか。それに比べて自分の心臓はいつも、ドキドキして、心音が早い。落ち着きがないな。みっともない。
「どしたの? 律くん」
黙り込んでいると由伊が心配して顔を覗き込んでくる。律は自分の心臓に手を当て、ぼそぼそと答えた。
「……自分の心臓の音、早くて、……かっこ悪いと思った」
そう言うと、由伊は一瞬首を傾げ次にはクスクス肩を揺らして笑った。
や、やっぱり由伊もかっこ悪いって思ってたんだ……‼
律は恥ずかしくなって布団に顔を埋める。
「律くん。律くんは可愛いから大丈夫だよ。可愛くてカッコイイ、俺の大好きな人」
よしよし、と優しく撫でられるけど恥ずかしさは引かない。そのまま由伊の胸に移動し、ぴったりくっつけて顔を隠す。
「大丈夫だよ。律くんが自分で嫌だなぁとか、かっこ悪いなぁって思っちゃう所も、 全部俺からしたら好きな部分だから」
由伊の優しい声に、じんわりと心が暖かくなる。由伊は律の心を暖かくする方法を無意識に知っている。どうしてこんなに人に優しくできるのかな。なんでこんなにカッコイイんだろう。どくん、どくん、と心臓がハッキリと鼓動する。彼の穏やかな心音に耳を傾けていると、段々眠くなってくる。あー……眠いなぁ、寝ちゃダメかなぁ。由伊も背中をとんとん、してくれるから余計に眠たくなっちゃう。二度寝、しちゃいたいなぁ……
意識が遠のきかけたその時、ひんやりと背中が冷たくなりぱちっと目を開ける。
「なぁに仲良ししてんねん‼ 俺も混ぜろや〜‼ わぁりっちゃんぽかぽかや‼ 俺もあっためて……いでぇっ‼」
ぼすんっと鈍い音が聞こえたと思い振り返ると、橘が眉間を抑え蹲っていた。
「お前は律くんに触っちゃダメ」
ぎゅうっと、抱き締められガードされる。眠かったのに、目が覚めちゃった。
「せやけど、もう女の子達来んで‼ 自分らいつまでもいつまでもイチャコライチャコラ二人の世界入りおって! 俺いーっつも省かれるやん‼ 気に入らん‼」
おこ‼ と、頬を膨らませる橘に律はクスクス笑う。
「じゃあーみんなでギューすればいいんじゃない? あったかいよ。ね、由伊」
問いかけると、由伊は少し拗ねた顔をした。
「……やだけど。……律くんがしたいなら……別にいいよ」
ムスゥ、と眉を寄せ思い切り嫌そうな顔をする。……そんな子供みたいな由伊初めて見たかも。あ、でも由伊って時々子どもっぽくなるんだよね。たしか俺達が喧嘩した時も駄々こねてたな……。
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