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第10話

またいつ戻ってきて襲われるか分からない。律自身も誰かに着けられているのは気づいていた。けれど、自分というよりかは、周りに女の子が沢山いるお陰で、女の子に対してのストーカーだと思っていた。 雨寺と笹原が二人仲良く並んで店から出た時、律はふと先程までの気配が無くなったことに気づき、辺りを見回した時よく見慣れたプリン頭が律の目に入った。 「あれ? 由伊? どうしてここに居るの?」 由伊は集中して男を探し続けていたからか、いつの間にか目の前に律が現れたことにビクリと肩が揺れる。 「り、律くん……」 思わず名前を呼ぶと、律は由伊を見上げて「ん?」と首を傾げた。その仕草が可愛くて、愛らしくて、由伊は安堵と嬉しさでふにゃりと頬が緩んだ。 「偶然だよ、俺達もこっちを見ようとしてた」 「そっかぁ〜! あ、ねえ、次は由伊と同じグループになりたいなぁ〜」 純粋に無邪気な笑顔で言われ、ドキッと心臓が鳴る。……一緒になりたい、って思ってくれていたんだ。 「なれるといいな!」 ニッコニコの笑顔で見上げられて、よく自分は襲わずに居られるな。いつマイサンが爆発してもおかしくない。律の背景に花がぽんぽんっと飛んで見える。ほわほわと柔らかい彼の姿に今までピリついていた心は、ほよほよと柔軟さを取り戻す。 彼の笑顔は、自分の全てを溶かしてくれる。嗚呼、俺の想い人は今日もこんなにも愛らしい。律は笹原達に呼ばれて「じゃあまたね! 」と由伊に手を振って行ったが、結局由伊は橘の制止を振り切り、律のストーカーをしていた。 「不審者は自分やん」 橘の呆れた声と仲野の苦笑は届かなかった。 「じゃ! グループも変わったことだし、好きな時間に宿帰ってきてくれればいーから! あ、でも夕飯の時間にはちゃんと間に合わせてね!」 仲野の声掛けに皆「はーい」と行儀よく返事をする。 「さて律くん、どこ行こうか?」 後半のグループは、律が望んだ通り由伊と一緒になった。本当は、律、由伊、仲野のグループだったが仲野は私用があると言い出して、一人で旅館に戻って行ったので、律と由伊の二人になった。仲野はお詫びも兼ねて二人きりにさせてあげたかったのと、本当に用事があった。 「う〜ん。取り敢えずお土産みたい」 さっき、女の子たちに着いて行ったけれど、何故かあんまり集中出来なくてよく見られなかった。それに律は、お土産屋は由伊も居る時に一緒に見たいと思っていた。 「じゃあ、お土産屋さんが並んでいた通りにでも行こうか。途中、律くんが食べたそうに見ていたパフェでも食べる?」 「え! いいの⁈ 食べたい!」 道中、自分がパフェをチラ見したのを由伊は見ていてくれたらしい。 由伊のこういう細かやなか気遣いがモテる理由なのだろうなあと思う律は、それが自分限定だとは気づかない。 「じゃあ、行こうか」 にっこり微笑まれ、釣られて笑顔になる。何となく、少し前を歩く由伊を見上げれば、背が高くて周りの目が彼に向けられているのが分かる。スっと伸びた背筋と長い手足、端正な顔立ちは誰も目も惹くよな。このルックスに加え、相手のことをよく見て気を使えるからきっと沢山の女の子に毎日モテてるのだろうな。由伊は俺の所に来てくれることが多くはなったけど、依然として女の子に囲まれて話しかけられているのは変わらないし、今だって周りの視線は由伊に注がれているし、この旅行中逆ナンだってされていたりした。 ……女の子が由伊の隣に立つ度に思う。どうして由伊は自分を好きだと言ってくれるんだろう。由伊が居ると落ち着くし、安心して、嬉しくなる。でもそれは、友達だとしても同じなんじゃないか?まともに友達の居ない自分に、恋愛感情と友情の区別はつかない。どんな気持ちになったら、好きだと思えるの?一緒に居たい? 離れて欲しくない?嫉妬すれば好きって事?……旅館で、笹原と由伊が並んでいるのを見た時お似合いだと思った。 美男美女で、しゃがんで手を差し伸べる由伊はさながら王子様に見えた。笑い合う二人はカップルだと言われたら、納得せざるを得ない。その光景がモヤモヤして、ぐるぐるして、律は自分の性格の悪さに嫌気がさした。笑い合って欲しくない、とか、抱っこしなくても歩けんじゃないの、とか酷いことばっかり考えた。そんな自分が醜くて、八つ当たりしてしまった由伊に泣きながら謝った。由伊はそれを嬉しいと言ってくれた。……けど果たして、その感情は妥当なのだろうか。独占欲を感じたら、恋なの? どうして?……分からない。どうすれば分かるのかも分からない。ああ、こんなんだからダメなんだな。また由伊を怒らせてしまうかもしれない、追い詰めちゃうかもしれない。それは、嫌だ。 ぶんぶん、と頭を振り今は取り敢えず楽しもう、とダークな考えを引っ込める。 「由伊は、家族に何か買いたい物ないの?」 てってってと着いていき問う。由伊は「え? うーん、何かしら買ってこいって言われたけど適当にお菓子でも買おうかなーって思ってるぐらいかな」と言う。なんだ適当だな。お土産はとっても大事なのに。行けない人からしたら、行けた人からのお土産は、思い出を半分こしてもらえているみたいで、結構嬉しいんだぞ。由伊のお土産も俺が一緒に考えよう!お世話になった恩もあるし、感謝の気持ちも込めて由伊のおうちの分まで選ぼう。そう心に決めて、律は肩からずり落ちたリュックを背負い直した。 「ねぇ律くん、このTシャツ買うから着て欲しい」 「やだ」 「律くん律くん、こっちのご当地パンツめちゃめちゃ可愛いよ! ねぇおそろいで履こうよ!」 「やだ」 「あ! 律くん! うんちマンだってぇ〜! 被り物あるよ!」 「いらない」 「律くん、このサングラス加工のうんちマンのメガネ凄いなんか欲しくない? 俺欲しい。お揃いにしな……」 「しない」 さっきから由伊がおかしい。目につくお土産片っ端からキラキラした目で見つめて見せてくる。しかもそのどれもがめちゃめちゃダサい。かなりダサい。え、うんちマンてなに? ご当地ですらなくね?なんでそれをいいと思ったの?てか、うんちマン加工のサングラスってなに?グラサンかけたらうんちマンが若干透けて見えるって事?景色に薄らうんちマンが? すっげーやだわ。クソ邪魔じゃん。 「……え、もしかして由伊ってさ、かなりセンス無い?」 律はどう聞いたらいいか分からず、思わずドストレートにうんちマンに興奮している由伊に聞いてしまった。今の私服も、この間会った時の私服もオシャレだったしダサいものを身につけているのを見た事ないから、分からなかったけど、本当はかなりセンス無い……? すると由伊は、ムッとして唇を尖らせて俺に言う。 「……センス無くはないよ。だって変な服着たことないじゃん」 拗ねた子供みたいにいう由伊がちょっと可愛くて、律は少し意地悪をしてしまう。 「でもさっきから由伊が手に取る物全部、小学生男子が好みそうな物ばっかりだし、俺だったら絶対選ばない物ばっかだよ」 そう言うと、由伊はキョトンとした後時間差でカアッと顔を赤くする。 えっえっ、なんで顔赤くなったの⁈何その顔‼ 可愛い‼ ちろり、と見上げると、ばっと顔を逸らされる。追いかけて覗き込むと、赤い顔で不機嫌に顔を歪めた。 「……意地が悪いよ……律くん……」 弱々しく反抗してくるのがあまりにも可愛くて、律はクスクス笑ってしまう。 「由伊ってそういうの好きなんだ。じゃあ、Tシャツだったらお揃いにしてあげても、いいよ?」 どうせ部屋でしか着ないし。そう言うと、由伊はキラキラした瞳で「っえ⁈ いいの⁈」と食いついてきた。 「どれでも⁈ 俺が選んでもいいの⁈」 「うん、いいよ。俺他の見てるね」 楽しそうにTシャツを選びに行く由伊が子供みたいで笑ってしまう。時々由伊は子供っぽいなって思うけれど、本当に好みも子供っぽくて、いつもは余裕で大人な感じだけど本当は甘えんぼで寂しがり屋なんじゃないだろうか。はしゃぐ由伊の後ろ姿を眺めつつ、律はある人への土産をゆっくり見て回ることにした。 「律くん、何買ったの?」 Tシャツを選び終えた由伊が律を見つけて近づいてくる。律はお会計を終え、ワクワクと袋を持つ。 「プレゼント」 「えっ誰に⁈」 食い気味で驚かれ、律も驚く。 「と、父さんだけど……」 少し引きながら応えると、由伊はビックリした顔をして律を見下ろした。 「え、何どしたの?」 首を傾げると、由伊は「もしかして帰って来るの?」と聞いてくる。 「うん、そろそろ帰って来ると思うよ」 年末年始は帰ってくる予定なので、恐らくだけど。 「……ふぅん。そうなんだ」 何か考えるような素振りを見せる由伊に疑問を持ちながらも、律は「あ」と声を出す。 「それより由伊、家族へのお土産は? 買ってないでしょ! 買わなきゃダメだろ」 明らかにさっき騒いでいたTシャツしか買ってなさげな由伊に律は驚く。そういうと律は慌ててお土産ショップに戻り、お菓子が良いか何がいいか見て回ろうとした。 「ねえ律くん、あの人達には俺が適当に後で買うから律くんは自分が見たいの見なよ」 由伊はそんな事よりも律が楽しむ事を優先して欲しい。しかし彼は許してくれないらしい。 小さな顔を頑張って横に振って、眉をムッとさせて大きな黒目で由伊を捉える。 「ぜーったいそれ買わないパターンでしょ」 じとり、と見られ由伊は苦笑した。 「いやお土産買ってこいって言われているから買うよ、ちゃんと。だから今は律くんと楽しい事したいんだ」 優しい笑顔でそんな事を言われると、心がじんとあたたまる。嬉しくてぽわぽわする。 「……じゃあ、俺から感謝の気持ちでコレ、渡したい」 主張の強くない、ノーマルクッキー十二枚入の箱を見せた。ご当地のプリントクッキーだ。 「え、いいよ! 何の感謝?」 由伊に断られ、少しムスッとする。 「色々お世話になったお返し、ずっとしたかったから……」 ぽそりと呟くと、由伊は「そんなの、俺らがしたくてしただけだから」と笑う。 なんで由伊はいつも、そんなに優しいの?俺、そこまで優しくされるほど由伊に与えられて無いと思うのに……。 なんだか嬉しい気持ちと、中途半端な自分がぐるぐると胸の中を回る。 「本当は、気にしないでってつもりだったんだけど、どうしてもって言ってくれるなら、有難く頂こうかな」 黙り込んだ律に気を使ってか、由伊は顔を覗き込んでそう言った。 「……もらってくれるの?」 見上げてそう聞けば、由伊はこくりと頷く。 「ただし、律くんから俺の家族に渡してね?」 「えっ」 ニヤリと笑う由伊に、うぐ、と言葉につまる。正直、由伊の家族は嫌いでは無いがやはり大人は苦手だ。それに由伊の姉弟には好かれてないようだし……。 「大丈夫。母さん達が会いたがってるんだ。次はいつ来るんだーって週末になる度に言われる。だからそろそろ年越す前には顔見せてあげて?」 楽しそうに笑って言ってくれるけど、それは本当なのだろうか。お世辞じゃないか? 本心なのか?……そう考えてしまう自分が嫌だけど、本当にそう言ってくれているのなら嬉しい。 「迷惑じゃないのなら、お会いしたい、な」 上手く、笑えただろうか。 由伊家へのお土産を購入し、漸く「何しよう」という感じになってしまった。 朝から観光しお土産を見て、それなりに動きっぱなしだったから疲れたしお腹も空いてきた気がする。 「なぁ由伊、どこかに入って休憩しない?」 そう見上げて問うと、由伊はハッとして「うん、そうだね」と微笑んだ。 「どうしたの?」 不審に思い訊くと、「ん? 何が?」とはぐらかされてしまう。でもさっきから、キョロキョロと辺りをキツく睨んでる気がする。 何かいるのかな? それとも目が悪いのかな。 「それより、どこ入る? 何食べたい?」 にっこり微笑んでくれるから、まぁいっか、と律も気にせず「パフェ!」なんて返す。 「そういえばそうだったね、じゃあさっき見たカフェでも行こっか」 元来た道を少しだけ戻った。アンテナショップの間の狭くて少しだけ日当たりの悪い路地を通ると、控えめな看板があり「Cafe」と表記されていた。 「いらっしゃいませ。おふたり様でございますか?」 由伊が先に入店し、「はい」と返事をする。 後から入り、キョロキョロと見渡すとお客さんはちらほら居てとても静かな店内に、BGMがかかっている落ち着く店内だった。至る所に観葉植物が置いてあり、水槽もちらほら置いてある。自然に囲まれたお店なのに、日当たりがあまり良くないのが少し残念だ。 けれど、その日当たりの悪さをあたたかさ感じる電球や、植物達がカバーしているようだった。 「現在ランチを行っておりますので、こちらのメニューがオススメでございます」 ちょび髭の穏やかな店員が、メニュー表を指さした。 トマトパスタ、デミオムライス、和風ハンバーグ、ドリア……う〜ん、全部美味しそう。でも、お目当てはパフェなのだ。 「律くん、どれ食べたい?」 「全部」 デザートのメニュー見つつ即答すると、由伊はくすくすと笑った。 「じゃあ二つに絞るならどれとどれ?」 そう聞かれて、律はむむむと悩む。俺の胃袋のキャパ的に一つでも食べられるか疑問だが、二つ……二つかぁ……。 「じゃあ、チョコバナナパフェか、キャラメルプリンパフェかなぁ」 そう言うと、由伊は「飲み物は?」と聞いてくるので「う〜ん、ココア!」と言った。由伊は店員を呼んで、「チョコバナナパフェとキャラメルプリンパフェと、ココアとホットコーヒーお願いします」と頼む。 「え、由伊も同じの食べたかったの?」 驚いて聞くと、由伊は「うん」と頷いた。へぇ〜たまたま一緒だ、なんてちょっと嬉しく思う。 「ねぇ由伊はさ、海とか来たことあるの?」 何気なく飲み物が来るまでそんな事を聞いた。 「海? まぁそれなりにあるよ」 「へぇ、海水浴? 潮干狩り? とか?」 「潮干狩りはした事ないなぁ〜。でも、うち俺含めた子供三人でしょ? だから、子供が遊びに行くところは大体行ってるかなぁ多分」 「じゃあもしかして、ネズミーランドとかにも行ったことあるの?」 食い気味にきくと、由伊は可笑しそうに笑いながら「あるよ、小さい時だけどね」と言った。へぇ〜いいなぁ〜。俺は行ったことないなぁ。 「ねぇ律くんはさ、お父さんのこと好きなの?」 唐突な質問に首を傾げながら「うん、なんで?」と返す。 「……いや、何となく」 何となくで訊くかぁ? と思ったけど、由伊ははぐらかすのが上手いので聞いても意味ないなと思い問い詰めるのはやめた。 「お待たせいたしました」 その声と共に、コーヒーとココアが運ばれてきた。先程と同じ物腰柔らかな店員さんが微笑みながら運んでくれる。このお店にはこの人と、あと一人奥で調理している二人しかいないのかな。厨房は見えないけれど、調理の音が微かに聞こえる。 「律くんのこと、もっと知りたいな」 静かな店内に、静かな由伊の声が少し大きく聞こえた気がして律はカァッと顔が熱くなる。 「ほ、他の人に聞かれたら変な風に思われるだろ!」 小声で注意すると、由伊はキョトン顔で聞いてくる。 「なんで? 他人なんてどうでもいいよ」 本気でそう思っているようで、頭を抱えたくなる。由伊は多分、本気でどうでもいいんだろうな。でも律は、何故かそうは出来ない。やっぱり少し、気にしてしまう。恋愛なんてしていないのだから、気にする必要なんて無いはずなのにな、なんて思いながら温かいココアを啜った。 目の前で、美味しそうに目を細め頬いっぱいにつめてハムスターのようにもぐもぐしている律を見て、由伊はニコニコした。そして同時に、目の前に置かれたチョコバナナパフェをみて「どうしようか」なんて思う。由伊は甘い物が苦手だ。あと、バナナも苦手だ。苦手だが、律が摘めるように律の好きな物を頼んだ。二つ来た時点で、律はキャラメルプリンパフェに目を輝かせていたからそちらを譲り、チョコバナナパフェを摘めるように小皿を貰っておいた。けれど、前々から分かってはいたが律は食が細い。パフェ一つでさえ食べ切れるか不安なのに、もう一つなんて食べられるわけが無い。ましてや、彼はさっきレストランに入っていた。何食べたかは知らないけどなんかしら食べているはず。ちょっと分けてあげて、「美味しい美味しい」と目を輝かせて食べているが、きっとすぐにお腹いっぱいだと言うだろう。由伊は目の前に図々しく鎮座するチョコバナナパフェを律にバレないように睨みつつ、ちょっとずつちょっとずつ口に運ぶ。 「由伊、お腹いっぱいだった?」 ちょぼちょぼ食べる由伊を不思議に思った律は、生クリームを口の端につけながら心配そうに聞いてきた。その姿が小さな子供のようで可愛くて、可愛くて、抱き締めたくなる。 自然に頬が緩みつつ、紙ナプキンを差し出す。 「律くん、口についてるよ」 指摘してあげると、恥ずかしそうに頬を赤らめ急いで拭いていた。その間に由伊はチョコバナナと格闘した。 「美味しいね、ゆい!」 律は満足そうにニコニコする。 「そうだね」 律は、何か嬉しい事や楽しい事があると素直に報告するのが癖のようだ。こっちが苛立っていても沈んでいても、その報告と一緒に彼のとびきりの笑顔が見られてしまうと、全部どうでも良くなってしまう。そして、律の素直な幸せな気持ちに引きずられてこっちまでぽかぽかとしてくるのだから、彼は凄いといつも思っている。彼は人を幸せに出来るすごい子だ、と。 「ねぇ、由伊、もしかして嫌いなのに無理して頼んでくれたの?」 あまりにも進みの遅いのを不審に思った律が、少し悲しそうに眉を下げて問うてくる。 う、目敏いな律くん……。 「ううん。律くんまだ食べたいかなぁーと思ってゆっくり食べているだけだよ」 「えっ! そんなのいいよ! 食べたきゃ頼むし、由伊もしっかり食べないとお腹空いちゃうよ!」 律はまん丸い目をさらに丸くさせて、ぶんぶん顔を横に振った。 あ〜、可愛いなぁ。それにしても、憎たらしいなチョコもバナナも生クリームも……。 でもまだチョコクリームはコーヒー感の方が強いから、何とか食べられるかな。彼もゆっくり食べている事だし、自分も出来るだけ味あわずに飲み込もう。お店の人には申し訳ないけど、その分完食すりゃいいか。そんな事を思い、コーヒーで流し込みながらやっとの思いで完食した。その頃には律も食べ終わっており、ココアを飲んでニコニコしているパフェを食べきれたらしく、お皿は綺麗になっていた。 「由伊、この後どうする? 俺もう行きたいとこ全部行っちゃったかも」 律の言葉に、確かにな、と思う。 「そうだねぇ、めぼしい所は全部行っちゃったよね」 観光地、と名のつくところは殆ど回れた気がする。と言っても、徒歩圏内でしか回ってはいなけれどそれでも充分歩いた。どうしようか、と話していると食器を下げに来た店員が「オススメのところが御座いますよ」と朗らかに優しく教えてくれた。 「オススメの所ですか?」 聞き返すと、店員はにっこりと笑って頷く。 「このカフェを右手に真っ直ぐ行くと、海岸に抜けられるのですが、抜けた先がちょっとした穴場になっていまして、ベンチもあって海を見ながら小休憩が出来るかと」 なんでも、良くフォトグラファーなんかが穴場として撮りに来るらしく、そういう界隈では割と有名なスポットらしい。律はそこに俄然興味を持ち、「ね、由伊行きたい」とキラキラした目で言ってきた。由伊は店員にお礼を言ってお会計をし、早速二人はそこに向かう事にした。 「結構歩くんだね」 律の少し疲れた声に、由伊は「大丈夫?」と声をかける。と言っても、休める所なんてこんな狭い道には無いしどうやら通り抜けるまでは何も無さそうだった。 「うん大丈夫」 にっこり笑ってみせるけど、その顔には明らかに疲れが滲んでいる。休憩させてあげたいけど、こんな道じゃ無理だよなぁ。彼は体も細いし、免疫も弱めだから本当はあまり歩かせたくない。歩かせて体力がつくだろ、って思うかもしれないけど元々人の免疫力のキャパは遺伝が殆どだから鍛えてマッチョになった所で風邪引くやつは引くし、倒れるやつは倒れる。倒れないかヒヤヒヤしつつ、彼を注意して見る。 「ねえ由伊みて!」 嬉しそうな律の声に少し驚いて、前を見た。 「由伊! 由伊! みて!」 嬉しそうな律くんが眩しくて、目を細める。視線の先には、太陽光を背にした律がこっちを見て嬉しそうに笑っている。波の音、風の音、潮の匂い、逆光で律くんが見えづらい。 このまま光の中に取り込まれていきそうな儚さに、胸が切なくなる。 「由伊、綺麗だね」 笑う彼が、愛おしくて、泣きそうだ。 「そうだね」 愛おしい人が、こんなにも笑っている。消えずに此処に居てくれる、こんな当たり前のことを実感してしまうと、嬉しくて幸せで泣きたくなる。ぎゅう、と胸が締め付けられ彼に手を伸ばそうとした、その時…… 「ありがとう、由伊」 唐突にぎゅう、と抱き着かれて一瞬反応が出来なかった。「……なにが?」と聞き返せば、律は抱き着いたままポソポソと言う。 「……俺、こんなに楽しくて嬉しくて新しい事するの、本当に久々なんだ。……初めてのこともいっぱい、由伊に教えてもらった」 律の言葉がじんわりと心に届く。 「俺、……由伊と出会えて本当によかった」 「……っ」 見上げて、泣きそうな顔で微笑まれ、由伊は思わずぎゅうっと強く抱き締めた。こんなにも、愛おしい事があるか。こんなにも、愛おしくて愛し過ぎて、狂ってしまいそうな気持ちを押し殺して、でも、幸せだなんて……こんなにも恵まれてしまったら、この先不幸しかないんじゃないかって不安になるけれど、自分は今が、一番幸せだ。誰がなんと言おうと、俺は律くんが存在してくれるだけで幸せだ。 「大好きだよ、律くん」 腕にすっぽりと収まる律は、「ふふ」と可愛らしく照れたように笑っていた。未だに、好きの答えは返ってこないけれど、それでもいい。腕の中でこうやって、笑ってくれる日々が続くのならもう暫く答えなんか無くても、自分はまだ大丈夫。律くんが笑えるのなら、どんな未来でも、自分を殺す羽目になろうとも、律くんの幸せのためなら、俺は何だってしよう。神様なんて信じやしないけれど、もし居るのなら誓ってやる。愛おしい人の、幸せだけを。 店員の言っていたとおり、言葉に表すには少し難しいけれど、何となく二人の世界になれる隔離された唯一の場所ではあった。切り取られた海岸線と由伊たち、そんな非現実的な世界観がより一層幸福感を高めてくれる。 「由伊は、いっつも俺のことを好きって言ってくれるね」 裸足になった律が砂を蹴りながら照れくさそうに言った。 「好きだから、言うよ」 なんの迷いも無く返せば、照れたように笑った律は続けて言った。 「由伊の想いに上手く、答えられないのが……悔しい」 ぽそりと呟かれ、由伊は驚く。ちゃんと、考えてくれていたんだ、そんな事。最近の由伊は言っただけで満足していた節はあるし、正直に言えば期待していなかったからあまり気にしていなかった。律の行動や言動で、嫌われてないって分かるから。 「別に気にする事じゃないよ。そういうのは、好きだと思ったら好きって言いたくなるものだし、嫌いなら自然と離れて行くよ」 そう答えれば、律はふと暗い瞳になって小さく呟いた。 「……由伊も、いつか、きらいになるのかな」 「え?」 驚いて聞き返すと、律はパッと顔を明るくして無理に笑う。 「ずうっと好き、なんて有り得ないでしょ? 出会いがあれば別れもある。じゃあ、由伊と出会った以上、別れもあるんだなぁて思ったら、……いやだなぁ、って思った」 ……それは、全ての答えなんじゃないか、と言ってしまいたくなる。離れたくない、って気持ちは好きと同じじゃないか。それでもまだ、彼は「すき」という気持ちを伝えてくれない。それは、知らないから? 分からないから?律くんは前に、すきが分からないと言った。その言葉の真理は未だに分かっていない。過去に恋愛で何かがあったのか、分からない。けれど聞くことも出来ずにいた。彼に、嫌なことを思い出させたくない。 「……その気持ちをずっと持っていてくれれば、離れる事にはならないよ。俺達が離れる時は、律くんが俺を嫌いになった時だけだから」 そう答えると律は、こてん、と首を傾げる。 「なんで? 由伊が嫌いになる事だってあるじゃん」 律の言葉に由伊は「はは」と笑う。 「それはないよ」 少し困惑して律は「なんで?」と言った。なんて言ってやろうか。何を言っても、律は顔を真っ赤にしてキーッてなるだろうな、って微笑ましく思う。 「なんでかさ、これまでもこれからも一番大好きで世界一大切なのは律くんだけだって確信してるんだ」 律くんは目をぱちくりさせて俺を見上げていた。 「律くんに大切な人が出来て、結婚して子供が産まれても、俺が好きなのは律くんだから応援は上手く出来ないかもだけど、大切なのも好きなのも変わらない。律くんがこの先どれだけ変わろうと、同じかな」 「……なんで、そんなに言いきれるの?」 何故か少し怯えたような声で聞いてくる律に、由伊は微笑み、返した。 「魔法がかかっているからね、俺には」 好きな気持ちはうつろいゆくものだと知っている。だからこそ、律は由伊の言葉が信じられないのだろうし、怯えている。律には人間不信な所があるから、尚更根拠の無い言葉全部怖い。けれど俺自身の気持ちも、本当なんだ。子供かもしれない。こんな根拠の無い自信を相手にぶつけてしまうのは、子供だから出来てしまうものなのかもしれない。でも、八年間も彼だけを思って生きてこられたのならこの先も彼だけを思って生きる事なんて容易いと思う。これまでの人生、出会ってきた人数がさほど居ないからだろうって人は思うだろう。けどこの先、どれだけの人間に出会っても彼程愛おしいと思える人は絶対に二度と現れないと思う。何故なら、彼は世界に一人しか居ないから。 「……俺一人だけを想うだけなんて、つまらないよ」 照れ隠しなのか、怯えなのか、分からないけれど力なくそう呟いた律。 「つまらないのかな。他人から見たらつまらないのかもしれないけど、それが俺の幸せなんだから良いんじゃない?」 言い切ってしまうと、ぼぼぼっと顔を真っ赤にした律は「ばか……っ」と少し涙声で顔を隠してしまった。ほら、愛おしい。だから好きなんだよ、キミが。返事なんて返ってこないのはもう分かっている。期待をすると、返ってこない事に憤りを感じてしまうからもうやめたんだ。やめたけれど、キミを愛することはやめていない。だから、これからも好きでいつづける。好きだと言い続ける。もうやめてよ、って言われてもきっと言い続ける。 俺は大好きなんだよ、律くん。 「大丈夫だよ。変に考えなくていい。俺が律くんを好きな事に変わりは無いんだから」 そういった所できっと、彼の不安は消えないだろう。だからこれからも態度で示さなきゃいけなくなる。けれどそれはきっと楽しい事だから、全然構わない。むしろ楽しみだ、これからの人生、キミを追い駆け続けられる事が。 「……由伊は、変だ」 じとり、と見られ「なにが?」と聞くと、また顔を隠してしまう。 「……ちょっとおかしな人だ、初めから」 ボキャブラリーの少ない暴言に、俺は笑ってしまう。 「律くんがそう言うのなら、きっとそうだね」 なんだっていい。むしろ、ちょっとおかしいくらいの方が人生楽しいんじゃないか。律くんと居られるためなら、どれだけ狂っていても構わない。律くんに人殺しを頼まれれば喜んで殺ろう。まあそんなこと一生無いと思うけどね。隣で小さくなっている彼を微笑ましく思いながら、陽の光に照らされた水面を見つめ続けた。 「あー、終わってまうなあ〜」 橘の寂しそうな声に、律は「そうだね」と明らかに落ち込んだ。自由行動の後、律達は夕飯を食べて昨日と同じ温泉に入った。 「ついでに言うと、今年ももう少しで終わってまうな」 橘の台詞にまた律の心には寂しさが募る。皆と過ごすのがこんなに楽しいって思わなかったから、終わっちゃうのがすごく寂しい。窓の外の畝る波を見つめて、心がどんどん切なくなっていく。橘も由伊も同じ気持ちでいるのだろうか。同じだったら、良いのに。 「まあでも、俺らにはまだ修学旅行があるでしょ」 そんな当たり前のように言ってくれる由伊。そしてその言葉で修学旅行の存在を律は思い出し、ぱあっと顔を明るくした。 「そう言えばそうだった!」 「んね。それでも寂しかったらまた来ればいい。今度は違う所に行こう。行ったことのない場所なんて山ほどあるんだから」 「うん……‼」 未来の約束は好きでは無い。それを覚えているのはいつも自分だけだからだ。でも、由伊は違う気がする。また今度、って言ったら次の約束を本当にくれる。そして、本当に一緒にいてくれる。少しずつ、由伊の言葉の意味を理解してきた。未来がある、そう言われる度に苦しくて切なくて信じきれない自分が嫌いだったけれど、由伊となら、由伊の言葉ならだんだんと本物だと信じられるようになった。 「次も、その次も、作ればええもんな自分らで」 橘の言葉にも強く頷く。今が寂しくても、また次を作ればいい。終わりだと勝手に思うから、寂しくなるのだ。この時間、この瞬間、この空気、それは確かに、一度は区切りをつけているかもしれないけれど、また来られる。生きている限り味わいたいと思うこと、全部出来る。切なくなるのは、まだ早いな。 「次も、その次も、そのまた次も、また皆で来たいな!」 「うん、二人で来ようね」 「俺は⁈なんで俺省いたん⁈」 また由伊と橘が何やらバトっているが、律は気にせずニコニコとお茶を飲んだ。 あーあ、楽しいな。でも少しの間、お別れなんだな。寂しいけれど、また次を作ろう。今度は自分で、二人を誘えるかな。こんなに先の事をワクワク考えたこと無かったので、新しいことを感じられて自然と顔がニコニコした。 「なんやりっちゃんニコニコして」 「うん可愛いでしょ、俺の律くん」 「いや由伊のやのうて、皆のりっちゃんやろが」 「語弊しかないな。やめてもらえる?」 「ほんまに馬が合わへんなぁ、お前とは」 呆れた橘のため息は、気分ルンルンな律には聞こえていなかった。

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