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第11話

「お世話になりました」 ぺこりと頭を下げると、しわしわの顔をさらにしわしわにさせてにっこり笑ってくれた仲野の祖母で旅館の女将。淡い着物を綺麗に着こなし、髪も結ってあってお年を召されているからこそなのか、何処か凛としていてそれでいてあたたかい。 「おばあちゃん、また来るね」 仲野の優しい眼差しが女将に向き、女将も「気をつけて帰るんだよ」なんて優しい会話をしていた。律には、おじいちゃんもおばあちゃんも居ない為、祖父母と孫の関係がどんなものか分からなかった。けれど、このあたたかさがきっと全てを表しているんだな。親とは違う、愛情がある。 「さ、行こうか!」 仲野の声掛けに皆は頷き、行きと同じバスに乗り込む。帰りは皆で帰るので、バスの中は行きよりも賑やかになった。女子三人組は相変わらず女子トークをしているようですぐに盛り上がりを見せていた。律たちは行きの時と同じ座席でまた橘だけが、前の席で一人になっていた。 初めは、じとり、とこちらを恨めしそうに見ていたが持ち前のコミュニケーション能力で、女子トークにも自然に混ざりこちらにも由伊に邪険にされながらも、会話に混じっていた。 「りっちゃんはこの後由伊ん家泊まるん?それとも直帰?」 「え?なんで由伊の家に泊まるの?」 純粋に聞き返すと、橘はイタズラな顔をして言ってくる。 「家に帰ったら寂しくて泣いてまうんやろ?りっちゃん」 ニヤリと笑われ、律はカアッと頬を染める。 「そ、そんな事ない!」 「別にいいんだよ?寂しかったら来てくれても」 由伊は至って本気そうに見つめてくるのでたじろいでしまう。 「い、いや……寂しくないし、平気……だし」 寂しくないというのは大嘘だ。今の時点でもうだいぶ寂しい。だから家に帰ったらきっともっと寂しさは悪化するんだと思う。それでもその寂しささえも、旅行の後の醍醐味なのかもしれないと切り替えられたから、耐えられるような気がする。 「あ、でもお土産渡さないといけないね」 自分で選んだ菓子を、由伊の御家族に渡しにいかなければいけない。 「え、本当に来てくれるの?」 由伊の驚いた顔にキョトンとする。 「め、迷惑、かな。直接、顔みて、お礼したかったんだけど……」 まさか、冗談を本気にしちゃったのだろうか。途端に怖くなって、焦って由伊の顔色を伺う。 「ううん!迷惑なんかじゃないよ、本当に来てくれるなんて嬉しい!だいすき!」 「えっ⁈ちょ、由伊!」 ぎゅーっと抱き着いてきた由伊に顔がボッと熱くなり慌てて周りを見る。仲野達がニヤニヤとこちらを見ているし、橘もじとーっとこっちを見ていて、「や、ちがう!これは!その!」と慌てふためいてしまった。 「一緒に帰ろうね!」 由伊の語尾にハートがつきそうなルンルンさに、律は「う、うん……」と苦笑した。 みんなにバレたかな?大丈夫かな……。ふざけてる、って思われるよね、きっと、大丈夫。 「ほな、気ぃつけてなぁ〜。あ、りっちゃんは横の変態に襲われたらいつでも連絡してな!助けに行くで!」 橘の台詞にクスクスと笑い、「ありがとう」と返した。由伊はムスッとしていたけれど、橘が何やら由伊に耳打ちして結局仲良さげに別れた。駅から由伊の家まで並んで歩く。辺りは真っ暗で、通りすがる人の顔が見えず少し怖いけど隣に由伊が居るから断然平気だった。 「律くん、疲れてない?大丈夫?」 ことある事に心配をしてくれる由伊に、ニッコリ笑う。 「うん、ぜーんぜん平気!」 本当は少しだけ疲れている。体力的な面で、だけど。心は、とても元気なんだ。ずっと由伊が居てくれたから、不安なことは無かった。 「そっか。律くんの笑顔が見られて嬉しい」 優しい笑顔を向けられて、ドキッと心臓が鳴った。頬が熱くなって、ドキドキする。他愛のない会話をして、ふざけ合いながら徒歩数十分で由伊の家へと到着した。 「ただいまー」と声をかけながら中に入る由伊の後に続いて、「お邪魔します」と声を掛けて玄関に入る。 「はる兄おかえ……」 由伊の妹の真は嬉しそうな顔で出迎えていたが、律を見た瞬間、うわ、という露骨に嫌な顔を向けた。律はドクンドクンと嫌な鼓動が鳴る。 「お土産買ってきたよ、真」 由伊は気にしていないのか、気づいていないのかそんな真の表情には気づかず、ニコニコしている。そのまま上がってしまうから、律はどうしようかと胸がぐるぐるする。 「あらお帰り。今日が帰りだったの……あら!律くんじゃない!」 普通の顔で出てきた京子は律を見るなり、ぱあっと顔を明るくして駆け寄った。 「久しぶりじゃない、元気だった?あら、おうちに上がっていってよ!お茶くらい出せるわよ」 ニコニコで笑う顔は、由伊の笑った顔と似ている。ぎゅ、と手を優しく握ってくれてさっきまでの怖さが少し減った。でも僅かに自分の手が震えている。 「……あ、俺、お土産渡しに来ただけなのでもう帰ります」 手に持っていたお菓子を、京子に差し出す。 「え⁈私達にお土産⁈」 驚いた京子は声を上げる。その声に孝が「なんだなんだ?」と顔を出す。 「あ、こ、この間、……お世話に、なったので……お礼、来れてなかったから……そ、その……っ」 注目されるのが嫌で、どんどん尻すぼみになっていく。京子は、穏やかな笑顔でにこりと笑って「ありがとう、とっても嬉しいわ」と言ってくれた。 「ねえ、律くん。送ってくからさちょっと上がっていきなよ」 由伊の言葉に、言葉が詰まる。真は明らかに律を睨んだ。嫌われている、と嫌でも確信してしまう。 「少しだけ、お願い」 返事を返す前に由伊にお強請りをされ、律は「わ、わかった」と答えてしまった。チッ、と舌打ちが聞こえ真はリビングへと戻っていった。 「じゃ、靴脱いで上がって」 京子と由伊に「早く早く」と急かされ、リビングに通される。 「律くん、久しぶりだなぁ」 にこにこ、穏やかな笑顔で孝が声をかけてくれる。ピシッと背が伸びて、「は、はい、お、久しぶりです……お邪魔します」と言えた。真はテレビの前のソファに横になり、携帯を弄っていた。隣には弟の寛貴もくつろいでいた。 「ここ座って」 由伊に促され、おずおず腰掛ける。京子が緑茶を出してくれ、「ありがとうございます」とお礼を言い、一口頂く。緊張して味が分からない。 「どうだった?旅行は」 ワクワクしたように聞かれ、律は「ぁ、う……」と言葉に詰まる。 「凄く楽しかったよね、律くん。初めて見るものばかりで」 代わりに由伊が答えてくれ、ほ、と息を吐いた。由伊達は旅先の事を和気あいあいと話していて、律はそれを時々頷きながら聞いていた。緊張していたけれど、皆の注目が自分に向かなくなった事に安堵して、隣に座る由伊に少しだけ体を傾け、息を吐く。安堵すると、同時に眠気も襲ってきて瞼が重くなる。そろそろ帰りたい、帰ってお風呂に入って眠りたい。 「律くん、眠い?疲れちゃったよね」 由伊の言葉に、ハッと意識を戻しブンブン顔を横に振った。 「だ、大丈夫です、すみません」 少し離れたところから、「はぁ」というため息が聞こえ、心臓がドクドクする。その主は恐らく、真だろう。律に向けてなのかは分からないけど、敵意をヒシヒシと感じてまたザワザワ落ち着かなくなる。 「……ゆ、由伊……俺、そろそろ」 由伊に縋るように見上げると、一瞬固まった由伊はすぐにパッと表情を明るくして「そうだね」と言ってくれた。 「じゃあ俺、律くんを送ってくから」 「え、いいよ!一人で帰れる、だいじょぶ……」 「いいの。俺、コンビニも行きたいし」 由伊はまた、自分に用事あるから、という体で送ってくれようとする。正直、暗い道を一人で歩いて帰るのは怖い。着いてきて欲しい。 「……お邪魔、しました」 ぺこり、とご両親に頭を下げると京子は律の頭を静かに優しく撫でた。 「いつでも来てね?社交辞令じゃなくて、私がアナタに会いたいのよ」 細められた瞳は優しく穏やかで、心がじわぁと暖かくなる。けどこれは、由伊に甘やかされた時と少し違うな、なんて思った。 「ありがとう、ございます」 いつか、自然と笑ってお礼が言えるようになるのかな。 「お邪魔しました」 ご両親は最後まで笑顔で、手を振り続けてくれる。扉が閉まり、見えなくなった途端にどっと脱力ししゃがみこんでしまった。……やっぱり、見知らぬ他人は怖い。いや正確には、他人ではないし見知らぬわけでもないんだ。けど、親しくない大人からのお世辞なのか、社交辞令なのか、本音なのかが分からなくて怖い。扉がしまった後、何言われているのだろうと思ってしまう自分が醜くて嫌だ。ぎゅーっと自分を抱きしめて、息を吐く。 「律くん?大丈夫?ごめん、無理させちゃったよね」 由伊が駆け寄って抱き締めてくれる。ふわり、と甘い由伊の匂いが鼻腔に広がって思わず擦り寄る。……落ち着く。由伊の香りが体に染み渡るようで、固まった心が柔らかくなっていくようだ。 「……ごめん」 何をどう謝ればいいか分からず、ただ謝罪をした。 「ううん。疲れてるのに無理に上がらせちゃった俺がわるいよ、ごめんね」 よしよし、と頭を撫でてくれる。その甘さが心地よくて、ぎゅ、と抱き着いた。 「……ごめんね。由伊が悪いんじゃない……、俺が、もうすこし頑張らないと、いけないことだから……ごめん」 由伊の胸に顔を埋める。 「なんで?そんな事ないよ大丈夫。律くんは律くんのままで良いんだよ」 その真意も分からない。自分が自分のままでいても、由伊は好きでいてくれるの?こんなダメダメな俺をどうして好きだと思えるの?分からない。俺は変わらなきゃいけない。反省点はいくらでもある。大人が苦手なのも、いずれ自分が大人になり社会に出たら通用しなくなる。だから今のうちに克服しなければいけない。 ……父さんの事も。由伊は優しいから許してくれるだけで、他の人は由伊じゃないから許してはくれないだろう。周りに認められるような人になりたい。周りと同じような人になりたい。 いつまでも怯えていたくない。それなのに、手の震えはまだ止まらなかった。 「今日、一人で大丈夫?俺も迷惑じゃなきゃ、泊まろうか?」 家まで送ってくれた由伊はずっと心配してくれた。けどそこまで迷惑かけるわけにはいかないし、早く由伊を真に返さなければいけない。きっと真が律を敵視するのは、律が由伊を奪っているように見えているからなのだろう。とっているつもりはないが、由伊が家族のものという点に間違いはないのだ。由伊は紛れもなく家族のものであるのだから、返さなくてはいけない。 「ううん。もう大丈夫。せっかく呼んでくれたのにごめんな、ここまでありがとう」 にっこりと笑顔を作り、由伊を見た。由伊はまだ少し心配そうな顔をしていたけれど、「わかった」と言ってくれる。 「その代わり、少しでも何かあったら連絡するんだよ。迷惑なんかじゃないし、むしろ連絡めちゃくちゃ嬉しいから。それとこれ、着てね」 ニコッと嬉しそうに笑う由伊から渡されたのは、恐らくお土産ショップで選んだであろうTシャツだ。どんなデザインか分からないが、何となく嫌な予感はするので苦笑しつつ「ありがとう」と言った。そして、それを見て思い出す。 「俺も、由伊にあげる」 ポケットからゴソゴソ取り出したのは小さな袋。会計の時レジ横にあった、ちょっとした物だけど由伊に似合いそうで思わず買っていた。 「え、なぁに?これ。くれるの?」 暗闇でもわかる、キラキラした由伊の目。 「家に帰ってから開けてね」 別に今でもいいけど、暗いからよく見えないだろうし。 「ありがとう‼とっても嬉しい‼大切にするね!」 花が飛んだような笑顔に、こちらまでふにゃりと頬が緩んだ。 「……俺も、これ大切にするね。三日間本当にありがとう」 「まだまだだよ」 由伊の言葉の意味がわからず首を傾げる。 「これからも沢山遊ぼうね。バイバイする度に最後みたいな顔、しないでよ」 少しだけ苦しそうに笑われて、ハッとした。俺、そんな顔していたかな。 「ごめん。また遊ぼ!」 努めて明るく、声を出せば由伊も「うん、また会おうね」と答えてくれた。由伊は律が玄関に入りしっかり扉が閉まるまでいてくれた。ガチャリと、扉を閉めカチャンと鍵をかけるとシン、と静寂になり途端に心細くなる。 「さみしい……」 ぎゅ、と由伊に貰ったお土産を抱きしめてしばらく玄関に蹲った。玄関の外にはもう居ないのに、まだ居るかのように扉に体を預け抱き締め続けた。何故か無性に、由伊に会いたかった。 「……ん」 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。シパシパする目をパチパチさせて、ゆっくり起き上がる。障子から心地よい陽の光が差し込んでいた。腕の中には由伊から貰ったまま袋を抱きしめていたらしい。くしゃくしゃになってしまっている。服もそのままだし、完全に寝てしまった。いつ自分の部屋に来たんだろう?律は首傾げつつ袋を抱き締めたままリビングに行く。 「えっ」 「わっ、り、律……!」 リビングを覗くと、コーヒーを注ごうとしていた男性が律を見て肩を揺らした。男性は真っ青な顔で、「わ、ちょ、ちょっと待って!」と顔を手で隠し慌ててマスクとサングラスをかけた。 「ふぅ、これで大丈夫……律!」 一息ついた男性は恐らくニコリと笑っているだろう様子で、律に手を伸ばしてくれる。 「ただいま、久しぶり」 久しぶりの姿に、恐る恐る近づき男性の胸にぽすっ、と頭を預けた。 「……おかえり、父さん」 この懐かしい香り、父さんだ……。帰ってきてくれたんだ……。少しだけ心が暖かくなる。 「帰って来たら玄関開かなくてさ、なんだーって思ったら律が寄っかかって眠っているんだもん、ビックリしたよぉ」 ぎゅーっと抱き締められ、律は「あ」と声を出す。 「父さんが運んでくれたの?ごめん、ありがとう……」 素直にお礼を言うと、父──文崇──は一層律を強く抱きしめた。 「律、その袋ずっと離さなかったから笑っちゃったよ。誰かからのプレゼント?」 首を傾げて問われ、律は少し頬を朱に染めて「……ん」と頷いた。 「そっか。大切な子が出来たんだな」 ほんわかした雰囲気を出され、律はぶんぶんと首を横に振る。 「それよりっ!今回はいつまで居られるの?いつ仕事行くの?」 文崇はしゃがみ律と目線を合わせてくれる。恐らく見つめてくれているのだろうけど、サングラスなのでよく分からない。 「年明けにはちゃんと戻るから、大丈夫だよ」 ……『ちゃんと』か。 「けど、年末も本社に顔出さなくちゃいけないから時々穴が開いちゃうんだ」 別に平気だろ?といった風に言われ、律は完璧な笑顔を作って返す。 「そっか。頑張ってね」 綺麗な笑顔を見せなくてはいけない。少しでも悲しい顔をしちゃいけない。寂しいとも思っちゃいけない。本当は、年末年始一緒に過ごしたかったって思っても、言ってはいけない。 ……父さんを、こんな風にしてしまったのは、俺だから。俺のせい、だから。 「なぁ、律。少しの日にちしか無いんだが何かしたい事無いか?」 「し、したい事……」 本当に帰って来てくれるとは思わなかったから実際何も考えていない。帰ってきてくれれば、一目でも会えればと思っていてそれ以上は望んでなかったから、すぐには思いつかない。 ……でも、 「あ、あのさ、父さんに渡したいものがあって……」 急いで部屋に戻って荷物を漁り、あの時お土産ショップで買ったポストカードを手にしてまた文崇の元へ戻る。 「あっ、あの、これ……、実は昨日まで……と、友達と旅行に行ってたんだ……」 ポストカードを差し出すと、文崇は「え?……友達?」とぱちくり見つめてきた。 「……律、おまえ、本当に友達……出来たのか?」 僅かに震える声でそう言われ、律は恥ずかしくも「……うん」と頷いた。すると文崇はガバッと抱き着いてきた。 「……と、父さん?」 「そうかぁ〜!律に友達ができたのかぁ〜!嬉しい、父さんとっても嬉しいよ‼律‼」 ぎゅうっと抱き締められると、由伊に抱きしめられた時とはまた違う安心感がある。この温もりに包まれていたい。まどろみの中に落ちていきたい……そんな気分になる。でもそんな甘えたな姿、実親に見せるわけにはいかないし、ましてや父親相手だなんて恥ずか死ぬ。だから平静を装っているけど本当は、嬉しい。 「わ、律ごめんね。ちょっとスキンシップ多すぎだね、気をつける」 離れていく父に、寂しさを感じるけどもっとくっついても良いよ、だなんて小っ恥ずかしい事言えない。 「このポストカードは?僕にくれるの?」 大切そうに手に取ってくれて、心の奥がむず痒くなる。そんな文崇を見て、「うん、父さんと……母さんに買ってきたから」と言った。 「母さんにも?」 文崇が入れてくれたココアを飲みながら、こくん、と頷く。 「……父さんと母さん、好きだったよね花……。見に行ってきたんだ。この時期は蝋梅だったから、カードも蝋梅にしたの。二人が喜ぶのってこれしかない気がして買った……」 「律……」 「……見に行った気分に、なれる?」 こてん、と首を傾げると父は俯いてしまった。……あれ、迷惑だったかな。俺、また間違えちゃったかな、……。 「と、父さん……、ごめん、要らなかったら捨てて……い、いらないよねこんなの、ごめん、なさい……」 手が震える、末端から冷えていく気がする。怖い、怖い、怖い、─……キラワレタクナイ。 「……っごめん、嬉しくて、……ごめんな……」 涙声で震える文崇の声に、律はハッと意識を戻す。言葉通り、文崇はサングラスからも涙を溢れさせていた。ぽた、ぽた、と父の手の甲に涙の雫が落ちる。相変わらず涙脆いな…… 「……あっ、な、泣かせるつもりじゃ、……なかったんだけど……」 要らないって思われてなさそうで安心した反面、何となく気まずくてどうしたらいいか分からない。 「律、お前ほんとうに可愛いなあ」 鼻声になった父に改めてそう言われ、律はぶわあっと顔が熱くなる。 「は、な、なんだし、急に!」 どう答えたらいいか分からずあわあわしてしまう。あわあわなんかしたら、余計に変だよね……。久しぶりの親子の距離感が掴めず、思考があっちいったりこっち行ったりしている。 「ふふ、嬉しい。ありがとう!カナちゃんに報告してくる‼待っててね!」 子供みたいに仏壇にすっ飛んで行った父に、少し微笑んだ。父の戻りを待っていると、ピロンと電子音が鳴り携帯を見る。 「……ゆいだ」 通知の所に由伊の名前が表示され、律は、ぐんっと嬉しくなる。ワクワクしてチャットを開いた。 [由伊:りつくーん!おはよ!] [由伊:ね!律くんがくれたこの『げて猫』のストラップここにつけたよー‼ありがとう‼めっちゃ嬉しい] [由伊:(写真)] [由伊:あとさ、体調大丈夫?ゆっくり寝られた?もしよければ今日様子見に行きたいなぁって思ったんだけど、ダメかな?] [由伊:あとあと、クリスマスって空いてる?もしよければウチでクリパするんだけど、来ない?] いーっぱい通知来た!どれにどう返そう? とりあえず、げて猫が似合っているよ、って事と、体調は平気、今日は予定あるのでごめん、クリパはまた後で連絡します、と返した。クリパかぁ。した事ないなあ。家族ではした事があると思う。かなり昔で、俺が本当に小さい時のことだと思うけど……。だから、覚えてはいない。けどその時はまだ母親もいた気がする。もし、父さんが今年のクリスマス家に居ないなら……、一人でいたくない。後で父さんに聞いてみよう。携帯を閉じた時、文崇が戻ってきた気配を感じ振り向いた。 「なあなあ律、したい事とか欲しい物とか無いか?久々に会った息子を甘やかしたくて仕方ないんだ。何かさせてくれ!」 ウッキウキのワックワクっていう言葉が似合うくらいどこか浮かれている父。 えー、うーん、どうしよう。親子でしたいことなんていっぱいある。それに父は滅多に帰って来られないから、日常をすごしているうちにアレやりたいコレやりたいって思うことは沢山ある。 「……じ、じゃあ、こっちにいる間ご飯は一緒に食べたい」 ワガママを言っていいものなのかとチラリと顔を見る……あ、表情見えないんだった。 「もちろんだよ!ずっと一緒に食べよう」 その声に偽りがない事を悟り、ホッと胸を撫で下ろす。あとは……、 「……たくさん、話したい、な」 はにかみつつ言うと、文崇は「そうだな」と恐らく微笑んでくれた。 ……いつか、サングラスとマスク取ってくれるかな。俺が言わなきゃダメだよな。 「とりあえず俺、風呂はいってくる」 昨日入んないまま寝ちゃったし、体を洗いたい。 「分かった。戻ってきたらさっそく、昼飯と夕飯の買い物でも行こうか。それから、昼間に来るのは久々だしここら辺を見てみたい」 文崇の言葉に、こくり、と頷き、風呂場へと向かった。かちゃん、と脱衣所の扉を閉め律は思い切り頬を緩めた。 「……ふへ」 家の中に人が居る。家が呼吸をしている、そんな感じがした。久しぶりに、息が楽になる。この世で唯一、平気な大人。昔、それすらも自分の手で失いそうだった。けれど文崇は律と親子でいることをやめなかった。見捨てなかった。律も応えようと頑張った。でもやっぱり、難しいところはある。あるけれど、今こうやって時々会って話して、笑い合える関係が心地よくて嬉しい。本当はどう思っているのか、そんな事を考えてしまう事は辛いけど、父はちゃんと父で居てくれる。大丈夫、『あの人』とは違う。時間を楽しく過ごそう、と嫌な思い出を振り払い、服を脱ぎ風呂に入った。足の裏がひやり、として鳥肌が立ったすぐにシャワーをだして、温水になるまでボーッと待つ。いつの間にか由伊に手当してもらった体の傷は僅かな跡だけになっていた。腕の傷は長年のものだし、自分のせいなので致し方無いけれど、それ以外は普通の男と変わらない。相変わらず、貧相なのに変わりはないが一歩、普通の人に近づいた。それが堪らなく嬉しい。普通の人と同じ体になり、普通の人みたいに友達が出来て、普通の人みたいに愛し、愛される。自分にはまだ、『愛』は欠けているけれど、埋めようとしてくれる人が居る。 大切な友の顔が浮かぶ。……会いたいな、由伊。

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