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雨と彼と名前 第4話

「マスター顔色悪いよ?どこか具合悪いなら早仕舞いして休んじゃいなよ」 「え、そうですか?」 「マスターが倒れちゃったらここのコーヒー飲めなくなるからね。無理しちゃだめだよ?」 「いつもありがとうございます。そうですね、今日はちょっと早めに仕舞わせてもらいます」  春海が後を継いでから常連客になったこの『先生』は、昔小学校の校長先生をしていたらしい。  春海のことを元教え子たちに重ねているのか、孫に重ねているのか、とにかくいろいろと気にかけてくれる。 「うんうん、それじゃごちそうさまでした」 「ありがとうございました」 「あ~、降って来ちゃったな」  扉を開けた先生が立ち止まり空を見上げた。 「え、雨ですか?傘お使いになりますか?」 「いや、家近いしこれくらいなら大丈夫だよ。じゃあね」 「お気を付けて」  今日は朝から調子が悪かった。  風邪ではないと思うが、全身がダルく頭が重い。  ちょうど客足が途切れたし、1時間早いけど今日はもう閉めようか…… 「あれ……もう閉めちゃうんですか?」  看板を仕舞おうとしていると声をかけられた。 「あ、いえ、大丈夫です……よ」  慌てて振り向くとクラッと眩暈がした。 「え、ちょっ!大丈夫ですか!?」  誰かに抱きとめられたところまでは覚えている。  あぁ……お客さんに迷惑かけるなんて最悪だ…… ***  ツンと鼻をつく独特の消毒液の匂い。  この匂い苦手だ……  「……い……はい……そうです……じゃあ、今日はこのまま直帰します。よろしくお願いします。はい……」  誰?  この声落ち着く……  どこかで聞いたことがあるような……  うっすらと目を開けると、見慣れない天井が見えた。 「気がつきましたか?気分は?」 「……え?」  ぼんやりしながら声のする方を見ると、彼がいた。 「え!?……っあ」 「急に起き上がったらダメですよ!」  勢いよく起き上がったせいでふらついたところを彼が支えてくれた。  軽い吐き気と頭痛に思わず目を閉じる。 「ぅ……」  しばらく耐えていると、少しマシになった。 「大丈夫ですか?今看護師さん呼んできますね」  春海が少し落ち着いたのを確認すると、彼が部屋を出て行った。  看護師?あぁ、ここは病院か。 「疲労と睡眠不足ですね。ちゃんとご飯食べてますか?……あなた心臓も弱いみたいですし、あまり無理はしないように」 「……はい」  一通り診察し終わると、医師に軽くお説教をされた。  自分が無理のできない身体なのは知っている。  これでも子どもの頃よりは元気になった方だ。  大人になってからは、なるべく無理はしないように気を付けていた。  体調管理は上手くできていると思っていたのだが…… 「点滴が済んだら今日は帰って大丈夫ですよ」 「はい」 ***  病院を出ると、彼がタクシーを呼んでくれて一緒に店まで送ってくれた。  タクシーの中で、初めてお互いの自己紹介をした。  彼の名前は村雨真樹(むらさめ まさき)というらしい。  名前まで雨だなんて……   「店の2階が住居だったんですか」 「はい……あの……よければコーヒーでも飲んでいってください」 「あぁ、気にしないでください。それよりも、今日はもうゆっくり養生してください」 「でも、お礼もしたいですし……」 「お礼なんて……」 「わたしの気がすまないので!!」 「じゃあ、一杯だけ……」  半ば強引に彼を店に連れ込んだ。  だって……次いつ会えるかわからないし…… 「すぐに入れるので、ちょっと待って下さいね。あ、好きなところに座ってください」 「はい」  彼が珍しくカウンターに座る。 「あ、あの……もしかしてこの後予定がありましたか?」  サイフォンをセットしながら、今更ながらに確認する。  前回会った時に、彼の都合を考えない言動をしてしまったことを後悔したばかりなのに……  わたしは何も学んでいないな。 「大丈夫です。職場には直帰すると連絡してありますし、後はもう適当に晩御飯を食べて帰るだけなんで」 「晩御飯、家で食べないんですか?」 「一人暮らしなんで……自分で作ればいいんですけど、料理は苦手なんですよ」  彼が頬を指で掻きながら苦笑いをする。 「それじゃあ……何か軽く作るので食べて行きませんか?」 「え?いや、でも……」 「どうせ自分の分を作るので、迷惑じゃなければ一緒に食べてくれませんか?」 「じゃあ……いただきます」   ***

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