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彼がここに来る理由 第5話
「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「簡単なもので申し訳ないです。足りましたか?」
「十分ですよ。今までコーヒーしか頼んだことなかったけど、今度来たときは食事もしたいな」
「ぜひ!」
彼の口から『今度来たときは』と言う言葉が出たことで、少し浮かれてしまう。
また……来てくれるんだ。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんですか?」
食後のコーヒーを出しながら、今まで気になっていたあのことを聞いてみる。
「どうして、雨の日なんですか?」
「……え?」
「あ、あの……いつもおいでになるのが雨の日なので……雨の日に何かあるのかなと……すみません、変なこと聞いてしまって。忘れて下さい!!」
「いや、いいんです。というか……バレてましたか。雨の日になるとこちらに来てたこと……」
彼が少し照れくさそうな顔をした。
「一応わたしも商売柄お客さんの顔を覚えるのは得意ですし……一回や二回なら偶然かなと思いますが、さすがに毎回雨の日だと気になって……」
「あ~そうですよね……雨の日は……少し嫌な思い出があって、気分が落ち込んでしまうんですよ。だけどここに来ると、そんな気分が少し楽になれて……仕事頑張ろうって思える。俺にとってのオアシスみたいな感じですね」
「そうだったんですか」
オアシスか……
ここに来ることが彼の安らぎになっているのは嬉しい。
思わず頬が緩んだ。
ふと視線を感じて目を上げると、彼と目が合った。
「このお店全体の雰囲気もそうですが……あなたの存在も大きい」
「え?」
「お店に入ってあなたの顔を見ると、急に心が軽くなるんです……あ、いや、あの……変な意味じゃなくて、その純粋に……って、すみません!なんか気持ち悪いこと言いましたね俺……」
彼が真っ赤になった顔を手で覆うと「忘れてください」と俯いた。
「あの……ありがとうございます。そんな風に言っていただけて嬉しいです。うちの店はどちらかと言うと若い方はあまりいらっしゃらないので、あなたのような若い方にも気に入っていただけているというのは、励みになります」
少し奥まったところにあって、昔ながらのいかにも喫茶店という感じの店なので、若いお客さんが来ることはあまりない。
「え、でも女子高生くらいの子もたまに来てますよね」
「彼女たちは、コーヒーが目当てというよりは……」
「あぁ、あなた目当てという感じですね」
「……そうなんです。若い女の子に好意を持たれるのは悪い気はしませんが、彼女たちにしてみればただ物珍しいだけなのかなと……きっとすぐに飽きてしまうんでしょうね」
彼の言うとおり、店には女子高生や女子大生の常連さんもいる。
何が気に入ったのやら、春海をからかいに来るのだ。
目的はなんであれ、来たら毎回ちゃんと何かは注文してくれるので、彼女たちも大切なお客さんだ。
大人になっても通ってくれたら嬉しいのだが、彼女たちにしてみればこんな古風なカフェの店主にはあまり似つかわしくない春海が物珍しく、一時的なブームで来ているだけなのかもしれない。
それにしても、彼はいつも窓を眺めているだけだと思っていたのに、結構店内にも目を向けてくれていたのだということに驚いた。
「それはどうでしょうね。この店はあなたあってのものですよ。コーヒーの味はもちろんだけど、みんなあなたに惹かれているんですよ。きっと彼女たちも、この店の常連客になっていくと思いますよ」
「あ……ありがとうございます」
そんなに熱弁されると、反応に困る。
さっきあんなに照れていたくせに……この人、天然なんだろうか……
「だから、あんまり無茶はしないでくださいね。今日はちょうど俺がいたから良かったものの、ひとりでいる時に倒れたら大変ですから」
彼が真剣な顔で手を伸ばすと春海の頬を優しく撫でた。
ち……近っ……!!
こんなに間近に彼の顔を見るのは初めてなので、驚きながらも見惚れてしまった。
切れ長の深い茶色の瞳と視線が絡む。
こんなに綺麗な瞳をしていたのか……
「……っ」
気がつけば、お互いの瞳に吸い込まれるように顔が近付き、口付けを交わしていた。
最初は軽く、何かを確認するかのように口唇を離しては視線を探りあって……
次第に瞳が熱を帯び、口付けが長く激しくなっていく。
彼の勢いに押されて後ろにのけ反っているうちに、背中がカウンターに当たった。
そのままカウンターに押し倒される。
彼の服を掴んでいた手が彼の指に絡め取られた。
春海は彼の口付けに答えるように繋いだ手をギュっと握りしめた。
彼が一瞬驚いたような顔をし、ふわっと微笑む。
それからまた何度も角度を変えながら熱い口付けが続いた――……
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