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03 恋心(2) ~リュウジ~
アオイの家は、学校から近くのマンションで姉3人と一緒に暮らしている。
1番上のお姉さんと、その下のお姉さんはすでに社会人だそうで、末っ子のアオイはお姉さん達に面倒を見てもらっているらしい。
俺は、アオイに連れられてアオイの家に入った。
俺は緊張しながら声を出した。
「お邪魔します……」
「ああ、誰もいないから。ほら、上がって」
アオイは廊下を歩き出す。
俺は、キョロキョロしながら付いて行く。
「なぁ、アオイ。お前の家っていい匂いするな」
「ああ、姉貴達の香水だよ。ごめんな、くさかったか?」
「いいや、大丈夫。そっか、お姉さん3人もいるんだったよな?」
「そうそう、居候させてもらっている立場としては文句はいえねぇしな。だから肩身が狭いわけよ」
俺は、アオイの言葉に、はっとして言った。
「あっ、お菓子とか手土産持ってきた方が良かったか?」
「いや、いいって。仕事だったり彼氏の家に行ったりで帰るの夜遅いからさ。さぁ、ここだ」
アオイは、扉を開けると俺を部屋の中へ通した。
俺は物珍しそうに部屋の中をキョロキョロした。
綺麗に整理整頓されていて、カーテンや家具はパステルカラーの色合いで統一されている。
可愛いキャラクターの縫いぐるみやフィギュア達が、部屋の各所に置かれている。
「へぇ、ここがアオイの部屋か……何か女の部屋みたいだな。まぁ、実際、女の部屋に入った事はないんだが」
「あはは、まぁ、女みたいってのは当たってるな。大体、姉貴達のお下がりだからよ」
「へぇ……」
俺が座ると、アオイは制服を脱ぎ始めた。
「ちと、着替えるけどいいか?」
「いいぜ」
スルッと下ろした学生服のズボン。
その下には……。
俺は驚いてのけ反った。
アオイが穿いているパンツはどう見てもレディース。
しかも、刺繍があしらわれた大人の女性向けの下着だったのだ。
「おい! お前! それ何を穿いて……」
「ん? 何ってパンツだが」
アオイは、まったく動じていない。
俺は、指を震わせながら指す。
「それ、パンティだろ!? 女物の?」
「あー、そうそう。これな? これも姉貴が不要だってやつを穿いている」
「穿いているって……」
「まぁまあ、気にするなって」
アオイは、特に気にする様子もなく制服をハンガーに掛けている。
俺は、いやいや、と首を振って言い張る。
「お前! 気にするって、それ穿いて学校に行っているのか?」
「まあ、そうだけど」
「そうだけどって、おい……」
アオイは、鼻歌まじりで部屋の中をうろうろし始めた。
着替えを探しているようだ。
俺は、そのパンツ一枚のアオイの姿に何故か恥ずかしくなって自然と視線を落とした。
アオイは、ひらめいたように言った。
「ん? あっ、そっか? みんなに見られるかって事か? 大丈夫だって。体育とかある日はちゃんと男物のパンツを穿いているからよ。一枚だけはあるんだ」
「一枚だけって……」
「ああ、さすがに恥ずいからな。女のショーツ姿をクラスの奴らに見られるのはな。だから一枚は姉貴に頼み込んで買ってもらったわけよ」
「いやいや、ツッコミどころが満載で……ところで恥ずいって、俺に見られて恥ずかしくは無いわけ?」
「ああ、平気。オレとお前の仲じゃん。その……オレはお前と親友のつもりだけど……ごめん、違ったか?」
「いや、合ってる。俺もアオイの事、親友って思ってる。だからってよぉ」
「あはは。じゃあ細かい事、気にするなって」
ようやくアオイは着替えを見つけたようだ。
服を着始める。
俺は、ホッとしていた。
いくら親友同士だからって、いきなり下着女装姿を見せられたら、そっりゃビックリするさ。
そんな思いで着替え終わったアオイを見て、さらに驚いた。
「おい、アオイ、ちょっと待て! その服って……」
「ん? これか? 部屋着だが?」
キャミソールにふあふあのワンピースを着込んだアオイ。
前髪をクリップで止めて、どっからどう見ても可愛い女の子の姿。
「も、もしかして、それもお姉さんのお下がり?」
「ああ、そうだ。男子たるもの我儘は言えないからな。姉貴のお下がりで服は間に合わせているよ」
完全にフェミニンの装いで、口からはいかにも男らしいだろ? と言わんばかりの言い草。
俺は、あまりにも堂々たるアオイの態度に、通常はオカシイと気付くはずなのだが、この時は妙に納得してしまった。
「なるほど、女の格好をしてでも『男』を貫き通すってわけか……」
「ふふふ。そういうこと。さすがリュウジ、分かってるじゃないか。臥薪嘗胆ってやつよ」
アオイは、ニヒルな笑みで答えた。
とはいえ、似合いすぎている。
こんな女子の服が似合う男子がいるだろうか?
俺は興味をそそられてアオイに問いかけた。
「……ところで外に行くときはどんな格好なんだ?」
「外か。外は、この手の服は悪目立ちするから、おとなしめだな。ミニスカートか、ホットパンツってところか……」
「って、そこも女物かよ……」
「しょうがないだろ? 自分で稼げるようになるまでは、お下がりで我慢なんだから」
アオイの考えは、確かに男として一本筋が通っている。
と、この時の俺は本当にそう思った。
俺は、腕組みをしながら、うんうんなるほどな、と納得していた。
「なんかそこまで行くと、すげぇな。高校生でそこまで自立心を持っているやつなんてそうはいない。正直感心したよ。アオイ、お前、マジですげぇな」
「よせよ……照れるって。さぁ、勉強しようぜ!」
で、アオイと向かい合わせで勉強が始まったのだが、俺は終始落ち着かない。
女と一緒にいる錯覚を拭いきれないのだ。
学校で一緒にいる時は全く意識しなかったのだが、女装しただけでこんなに雰囲気が変わるものなのだろうか?
無意識に髪を耳にかける仕草とか、妙に色っぽくて……もうこれ完全に女だろ。
しかも、とびっきり可愛い、ときている。
俺は勉強そっちのけで、アオイの様子をちらちらと観察していた。
すると、アオイは俺の視線に気が付いたのか、教科書から目を放し上目遣いで俺の顔を覗き見た。
俺は、ドキッとした。
「どうした? リュウジ。オレの顔に何かついているか?」
「へ? なんでもない……ほら、どんどん勉強進めるぞ!」
俺は誤魔化すようにそう言うと、アオイは素直に「おう」と答えた。
結局、その日は全く勉強が身に入らなかった。
玄関先で、「じゃ、またな!」と手を振るアオイ。
アオイはいつも通りの態度なのだろうけど、俺にはいつも学校で見るアオイとは別人のように感じられた。
だから、妙に恥ずかしくて、ちゃんと目を合わせないまま、「またな!」と手を振り返した。
帰宅の途について、俺はアオイの事を考えていた。
確かにあの時は納得した。
アオイの男を貫き通す姿に、何か信念のようなものを感じた。
それは認めよう。
しかし、よくよく考えてみれば、やはりアオイは変わっていると思わざるを得ない。
男物のパンツさえも我慢しているなんて、そんな事あるだろうか?
いくらお姉さん達に養われているからと言っても、あそこまで我慢を強いられるものなのか?
まさか、それほどお姉さんが怖いって事なのか?
何にせよ、本人は逆にこれこそ男らしいと思っているのだから、同情するのも変なわけで……。
それにしても、あの女にしか見えない容姿から、会話の端々に『男だったらさ』とか、『男同士なら当たり前だろ』といったキーワードが出てくるのが、逆にいじらしく思えて胸がキュンキュンしてしまう。
「ははは。アオイって面白い奴だぜ!」
俺は、そんなふうに思っていた。
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