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第11話 名前

 咲の自宅マンションは俺のマンションから車で十五分くらい走ったところにある。  さっきのうなじへのキスを咲はどう受け取ったのか、今はもういつもの無表情に戻ってしまっているので、分からない。  今夜は分からないことばかりだななんて、ぼんやりと思う。  マンションの駐車場に着き、咲が助手席のドアを開け車から降りる。 「今日はサンキュ」  その姿を見送りながら礼を言う。 「いえ。こちらこそ。色々ごちそうになってしまってありがとうございます。社長のご両親にもよろしくお伝えください」  咲はそう言って一礼し、去って行こうとする。  俺はウインドウを開けるととっさに彼を呼び止めた。 「咲」 「えっ?」 「……って呼んでもいい? 俺も」 「社長……?」  咲は綺麗な二重の目を見開いて、驚きの表情を見せた。 「だって、親父にだけ名前を呼ばせるなんてなんかずるい」  いくら趣味が同じだからと言っても父親の方が先に咲との仲を縮めたような気がして、なんだか気に入らない。  ……まるで子供のやきもちみたいだな。  自分がどうしてそこまで咲に執着するのか、これまた分からないまま内心苦笑する。  咲は驚きの表情のまま数秒固まっていたが、やがて、その口元がいつもの見慣れた作り笑いを浮かべ、 「社長のお望みのままに」  肯定の言葉を紡いだ。

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