16 / 65
第16話 パーティ2
Rホテルには十八時十分前に着いた。
車から降りると、パーティが行われるうさぎの間へと足を運ぶ。
俺と咲がパーティ会場へ足を踏み入れた途端それまで騒がしかった会場内が水を打ったように静かになる。
俺自身目立つ自覚があるので、ある程度見られるのには慣れているが、このときは尋常じゃないほど見つめられた。
理由は一歩後ろを歩いている咲だ。
突き刺さるような視線に逆らって会場の奥へと進んでいくと、大きなガラガラ声に迎えられる。
「やーやーやー。椎名社長じゃないですか。よく来てくれました。お待ちしてましたよ」
今夜の主役であるM社社長である。
両手に自叙伝を抱えてニコニコとこちらに近づいて来る。
「まずは私の自叙伝、受け取ってください」
得意げに分厚い本を渡されて、俺は口元を引きつらせながらも礼を言う。
M社社長はひとしきり自叙伝を仕上げるにあたっての苦労話をしてから、一歩後ろに控える形をとっている咲の方へと視線を向ける。
「彼が椎名くんの新しい秘書?」
「あ、ええ。はい」
咲を紹介すると、M社社長は少し大げさなほどにのけ反り感心した。
「これはまた、イケメンだ。椎名くんと二人並んでいるとテレビドラマのワンシーンを見てるみたいだ」
そして豪快に笑う。
ただでさえ集まっている視線が更に集まるのでやめて欲しい。
M社社長は咲にも自叙伝を渡し、さっき俺に話した苦労話をもう一度一から語って聞かせる。
咲は優雅な作り笑顔を浮かべて、一見熱心に話を聞いているように見せかけ、内心では話をスルーしているのが分かる。
M社社長が、他の招待客に呼ばれ、その場を立ち去ると、俺は深い溜息をついた。
「やれやれ。あの社長は話が長いから。咲、疲れただろ?」
「いえ。私は大丈夫です」
「まあ、せっかく来たんだから、料理でもつまんで帰ろう。ここのホテルの料理はうまいんだ」
パーティは立食式で、そこここのテーブルにおいしそうな料理が並んでいる。
俺と咲が適当に料理をお皿に盛っていると、ウエイターが酒を進めて来た。
「いや。俺たちはいいよ。車で来てるんで」
俺が断ると、咲が遠慮がちに言って来る。
「社長、私のことは構わず飲んでください」
「え? いや。一人で飲んでもつまんないし。それにもうじきM社社長の出版の挨拶が始まるから、それを聞いたらもう帰ろう」
「よろしいんですか?」
「いいだろ。これだけの招待客がいるんだ。俺たち二人が抜けたところで構わないと思う」
自叙伝を作るにあたっての苦労話はさっき散々に聞かされたし、もういい加減視線の的になっているのも嫌だ。
「あ、咲。そこのパスタ、取ってくれる?」
「はい。これでしょうか……」
そのとき、後方から咲を呼ぶ男の声が聞こえた。
「咲じゃないか……!」
ともだちにシェアしよう!