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第19話 咲と人魚姫

「今夜は俺が運転した方が良さそうだな」  咲の震えがなかなか治まらないので、駐車場にとめてあった車の運転席には俺が乗り込んだ。 「いえ。社長、私なら大丈夫ですから」 「だめだ。まだ顔色も悪いし。そんなんで運転したら事故る。おまえはゆっくりしてろ」  強引に言ってのけると、俺は車をスタートさせた。 「…………社長は何もお聞きにならないんですね」  車を走らせて十分ほどが経った頃、咲がポツンと呟いた。 「聞きたいよ? 色々。でも咲は話したくないんだろ? だったら聞かない」 「社長……」  咲は今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見ている。  新しく知る咲の表情だったが全然うれしくない。  だって咲が今、こんな顔をしているのは全てあの健志郎という男の所為だと思うから。  降りしきる雨が段々激しくなって行く。 「今年の梅雨はなかなか明けないな」 「……そうですね……」  窓に当たっては流れて消えて行く雨粒が、なぜか俺に悲恋の童話を思い出させる。  王子に恋をし、声を失ってまでも脚を手に入れて会いに行き、でも結局思いは叶わず最後は海のあぶくとなって消えてしまう人魚姫の話。  流れて消え行く雨粒が海のあぶくのように思えた所為かもしれない。  そして、その儚いあぶくのイメージはそのまま隣に座る咲と重なった。

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