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第23話 キス、そして2

 俺の不躾な問いかけに、咲がきつい目で睨んでくる。  束の間俺たちは睨み合っていたが、やがて咲は目を伏せると小さく体を縮ませズルズルとその場へしゃがみ込んでしまった。  俺は咲と目線が合うように体を折り曲げる。 「咲、俺は知りたい。咲のことならどんな小さなことでも。どうしておまえはそんな無表情で、作り笑いだけが上手くなってしまったんだ? ……健志郎という男の所為なのか?」 「そんなこと聞いてどうされるんですか? 社長には何の関係もないことでしょう?」  目を伏せたまま投げられた咲の『関係ない』は俺の胸に深く突き刺さった。 「……咲。今の言葉は正直痛かったよ。でも、あきらめない。俺は咲の全てが知りたい……おまえのことほんとに好きだから。それだけは憶えてて」 「……社長……」  咲の綺麗な二重の目から涙が零れ落ちる。  懸命に表情を殺しながら、涙だけを流す咲の姿はとても痛々しくて。俺はそっと咲の体を抱きしめた。  片方の手でやさしく背中をポンポンと叩いてやり、もう片方の手は、彼のサラツヤ髪をすくようにして撫でてやる。  もう咲は逃げなかったし、抵抗して来ることもなかった。  俺のスーツのジャケットに頬を擦り付け、されるがままになっている。 「……社長は物好きですね……俺なんかを好きになったって、なんの得にもならないのに……」  咲が初めて自分のことを『私』じゃなくて『俺』と言った……そのことに気づきながらも、俺は咲の言葉の後半部分の方が気になった。 「そんなの……誰かを好きになるのに、損得なんか考えないだろ」 「…………」  腕の中の咲は何も言わずに微笑むだけだ。  その綺麗な作り笑顔を見ていると、例え言い方が『私』から『俺』に変わろうが、まだこいつに心を開いてもらっていないんだと思い知らされているようで、寂しい。  静かな部屋の中、降りやまぬ雨の音だけが聞こえる気がして。  咲が消えてしまいそうな予感に怯える。 「咲……、傍にいてくれ」 「社長……?」 「お願いだから」  存在を確かめるように抱きしめる腕の力を強めると、咲は一瞬だけ体をびくつかせたあと、その細い腕を俺の背中に回してきた。

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