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第28話 咲の過去
今は閉じられているまぶたに、そっとキスをすると、
「――私が八歳の頃でした」
眠っているとばかり思っていた咲が不意に話し出した。
「咲? 起きてたのか……」
少しばかり驚く俺に、咲はその魅力的な大きな瞳を開けてゆっくりと話を続ける。
「あの人と出会ったのは」
『あの人』とは健志郎という男のことだろう。
「あの人は母方の遠い親戚で、それまではずっと海外を旅行して回っていたそうです。そんな生活をしていた人でしたから両親をはじめとする周りの人たちの心証は悪かったみたいですが、私には仕事三昧の父親よりもとても魅力的に見えましたし、彼も私にはとても優しくしてくれました。それこそ……そうですね、年の離れた兄のように」
咲は一気にそこまで話してしまうと、小さく溜息をついた。
父さんの話では志水グループの社長、健志郎は今、四十三歳。ということは咲が八歳の頃はあいつは二十八歳か。
「私は彼にとても憧れていて、それこそ時間が許す限り一緒にいました。そして、私が十五歳になったときに告白されました……その、私に恋愛感情を持っているから付き合って欲しいと」
「……おまえもあいつのこと、そういう意味で好きだったのか?」
「正直言ってよく分かりませんでした。なんと言っても同性ですし、それまでは兄のように慕っていた相手でしたし。……ただ、あの人の気持ちを拒んでしまえば、遠くへ離れて行ってしまうという恐怖が先に立って。両親は仕事で忙しく、人見知りが激しい私には親友と呼べる相手もいなかったですから。だから、私はあの人の気持ちを受け入れて……体の関係を持ったのも、その頃です」
「…………」
「でも時間を重ねるうちに、私も本気で彼のことを好きになって行って……」
今まで淡々と話をしていた咲の表情がにわかに苦しそうになり、俺の胸に体を寄せて来た。 咲の体を強く抱きしめてやり、少しでも安心できるように優しく髪を撫でてやった。
「咲、無理に話さなくていいんだぞ」
「……いえ。大丈夫です」
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