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第30話 日常

「……う、社長、聞いていらっしゃいますか?」  咲に呼びかけられて俺はハッと我に返った。  どうやら咲の顔を見つめたままぼんやりとしてしまっていたようだ。 「あ、悪い。聞いてなかった。なんて言った? 咲」  俺の体たらくにもあきれた様子さえ見せず、いつもの無表情でこの日のスケジュールを繰り返す。 「今日は十一時からM社社長と会食の予定が入っていますが」 「……ああ、自叙伝をくれたあの人ね。でも俺、あの本まだ全く読んでないし。なんだか気も進まないし、キャンセルしといてくれるか?」 「かしこまりました」  咲は頷くと、早速自分のデスクの上の電話を取り、適当な理由をつけてM社に断りの電話を入れている。  思えば、M社社長のパーティで、健志郎・桜夫妻と会い、咲の過去を垣間見て……俺と咲は関係を持った。  あの夜から一週間が経つけど、咲は何もなかったかのように、仕事をこなしている。  無表情も作り笑いも平常運転で、完璧だ。  片思いってこんなに辛いものなんだ……知らなかった。

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