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第35話 対元恋人
それから後は健志郎からの電話はなく、幾日かが過ぎて行った。
このままあいつが咲のことをあきらめてくれたらいいのに、なんて思っていた俺は完全に甘かった。
仕事を終えた夜、咲とともにエレベーターへ乗り込もうとして、社長室にスマホを忘れたことに気が付いた。
「ちょっと取って来るから、駐車場で待ってて、咲」
社長室がある最上階から地下にある駐車場までは直通のエレベーターで行けるようになっていて、咲を先に行かせる。
スマホを取りに戻ってから、再びエレベーターに乗り込もうとしたとき、着信があった。母親からである。
「ああ、母さん。この前話したこと進めてくれてる? え? もう全部終わった? 仕事が早いな。サンキュ。……うん、分かってるよ。うん。じゃ」
上機嫌で駐車場へ降りて行くと、言い争う声が聞こえて来た。
一人の声は咲で、もう一人の声は健志郎だ。
俺は声のする方へと走り出した。
ちっきしょ……あいつ……!
咲のことあきらめるどころか、とうとう直接会いに来やがった。
「……から、俺は帰らないって言ってるだろ!」
初めて聞く咲の激昂した声。
「いいか、咲、考えてもみろ、志水グループの御曹司が別の会社の社長秘書をやってるなんてみっともなくて笑い話にもならない」
健志郎は呆れたような口調で二十歳年下の元恋人を諭している。
「みっともなくて悪かったな」
「社長……!」
俺は咲を自分の体の後ろへ守ると、健志郎と対峙した。
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